夜の上野の山に、運慶展を見に行った。
いつもは平日の隙間の時間に、美術展などに行く。今回はカミさんと一緒だったので、時間のある土曜の夜に行くことになった。
考えてみれば、夜の上野に行くのはあまり経験がない。花見にせよ、夜の上野に行ったって、桜を見てるのか酔っ払いを見てるのかわからない。
雨後の上野は霞がかかっていて、なんとも言えない雰囲気だった。
最近あまり、足の調子が良くないカミさんのために、京成の駅から、あまり階段を使わないルートをつかった。桜並木が続くルートで、外国人なども歩いていて良い風情だった。
帰りはショートカットしたら、ホームレスがいっばいいた。
良い風情の道を歩いていると、前や後ろを行く人々の目的地が概ね同じだときづいた。もちろん、香香ではない。
途中にこれから開催されるのだろう、「ニッポン文楽」の舞台を設営していて、はじめそちらに向かう人波だと錯覚した。
だが、人波は東京国立博物館平成館へと続いていた。
と書くとさも混雑しているのだろうと思われるかもしれないが、そうでもなかった。おなじみ、建物の外に野晒しにされて待つことはないし。
夜の七時半頃に入館。
はじめは、運慶のデビュー作からだ。なんでもそうだが、すごい人はデビュー作から特徴がある。序盤、運慶の父康慶の作品がならび、運慶の毘沙門天がくるのだが、父子ながら残酷なほど出来栄えに差があった。
表情、特に筋肉の描写や目の作り込みがすごかった。つい、「これは誰かモデルがいるのだろう」と錯覚するのである。あの目は玉眼といって裏から別の木をはめ込んでいる。
そこから、八大童子、四天王、重源など、教科書に載っててもおかしくないんじゃないの、というレベルの像が並ぶ。載っているかは確認していない。
個人的には、八大童子の制咜迦童子、矜羯羅童子などの童子シリーズがよかった。この辺りが、運慶の最盛期であるらしい。
運慶には多くの子どもがいたらしい。
そのうち仏師になったのは六人。有名なのは、康弁が作った、天燈鬼立像・龍燈鬼立像の二像。教科書に載ってしまうようなレベルの有名さだ。想像ではちっちゃい像だと思っていたのだが、小学校中学年男子くらいの大きさでびっくりした。
そして、突然雌鹿・雄鹿のリアルな彫像、小首を傾げた子犬の像が現れる。作者は不明。依頼者は明恵上人だと言われているらしい。近代以前に、あれほどリアルな動物の彫刻はあまり見たことがない。愛らしさ全開だ。
ネットなどを見ていると、「ただいま、チケット売り場、会場ともに列はできていない」というアナウンスが出されているが、開催二十日あまりで十万人の入場者である。そこそこ会場の中には人がいた。というのを考慮して、あまり見られるものではないだろうから、見て見たらいいと思う。