池波正太郎をめざして

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smap木村拓哉主演「武士の一分」。サラリーマンは辛いよ。

 

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 侍? 武士?

 外国人が封建時代の日本人を指して「サムライ」と呼ぶ。それが封建時代のどの時代の武士なのかは不明だ。忍者の場合は明らかに戦国から江戸初期だろう。

 「サムライ」のイメージは「もののふ」のようだ。日本人にとって「もののふ」と「サムライ」はハッキリと違う。「もののふ」のなかでも、宮本武蔵などの剣豪のイメージだろうか。

 「サムライ」は「侍」、主君に仕える武士のことである。諸国を回って他流試合をしたりする剣豪とは違う。外国の人にわかるように言えば、「サムライ」はいわゆるサラリーマンに近いということになる。

 

 

 今回取り上げる「武士の一分」は本来の侍に近い。

 主演は木村拓哉、監督は山田洋次

 木村拓哉扮する三村は、ある藩の毒味役を務める三十石のあまり裕福でない侍。「~がんす」という方言から推測するに山形の庄内弁らしい。が、妻加世(壇れい)に「この役目が嫌じゃ」と言うほどこの役を嫌ってもいる。くだらないと考えている。

 

 ある日もいつものように、下男徳平(笹野高史)を連れ毒味役を勤めるために登城。藩主の朝餉の毒味をすると中ってしまう。貝料理の処理があまかったのだ。

 幾日苦しんだのち、三村は失明してしまう。

 当然失明をすれば、働きがないということで禄を召し捕られ、お家は断絶しなければならない。が、そうしなくても済む。藩から「三村は終生養生すればいい」というお達しがあり、今まで通りの生活をすることができるようになる。しかし、その影では加世が、以前から加世に憧れていたという島田に身をゆだねる。そうすれば助けてやると言われるのだ。(この島田余り評判がよくない)

 

 結局、加代はだまされていたのだ。禄は召し捕りにはならなかったが、それは普段暗愚だと思われていた藩主が、たまさか英明さを発揮し、三村に温情を掛けただけで、島田はなにも運動をしていなかったのだ。

 妻を寝取られ、三村は島田に復讐を誓う。せめて一太刀を浴びせたい。その一念で三村は剣術稽古を始める。

 

 木村拓哉といえば、キラキラ輝く主役のイメージだ。昔信長をやっていたが、どちらかといえばそのイメージのほうが木村拓哉が務めてきた役に近い。

 だが、この三村という役は、キラキラとしたところがあまりない。ぱっとしない禄高の武士で、しかも失明してしまう。侍であるためによく頭を下げる。どちらかといえば、礼儀正しくも侍のように頭を下げるイメージを木村には持たない。

 風邪のときを思い出せば良いが、身体が不自由だというのは、それだけで多大なストレスだ。しかも、失明してすぐは凄まじいストレスだろう。だから、徳平など身近な者に強めに当たる。そこへきて妻の裏切りだ。もちろん、妻は夫を慮ってしたことなのだろう。が、妻にそこまでさせなければならなかった情けなさと裏切られた衝撃の両面が彼を襲う。もっとヤケクソになってもおかしくはない。

 

 いや、なっていたのかもしれない。

 島田というのは江戸で剣術を学び、免許皆伝になったほどの腕前、三村自身も剣術をやっていたとはいえ、目が見えない状態で島田に挑むのだから。

 「ただそうしなければ、武士の一分が立たない」

 つらいのう。

 

 日本が「パックスジャパーナ」と呼ばれていた80年代までのサラリーマンはなんとなく、こういう感じに見えたのではないか。外国の人からすれば、やせ我慢に近いことをしているような。自らの美学に陶酔しているような。

 90年代を経て、今はサラリーマンのメンタリティーも変化してしまった。その象徴がもしかすると「ブラック企業」という言葉にあるのかもしれない。

 

 自身が成長しようと躍起になっていたとき、また同じ組織にいて青雲を掴むように出世する人を見たとき、そのときの努力の仕方というのは尋常ではない。他人がそのようなことをしているときは決して自分にはマネができない、と感じてしまうものだ。さすがに、個人が成長している姿しか見ていないが、組織やチームが成長するときというのもやはり尋常ではない努力を全体がしているのではないかと思う。

 こちらはフィクションで申し訳ないが、「フェイスブック」という映画などはそのような様子が映し出されている。

 

 「ブラック企業」という言葉は、このような「尋常ではない努力」を粉砕する力を持つ。なぜ「ブラック企業」という言葉が出てくるのか。それは企業を成長させたいという思いが共有できないからだ。「フェイスブック」で描かれるベンチャー企業は、その思いは共有されている。

 この流れからすると、「だからブラック企業という言葉を使い、士気を削ぐようなマネはすべきではない」という流れを予想するだろう。全く逆だ。

 いくら経営者が頑張っても、若者などが自社は将来伸びないのではないか、と及び腰になってしまう理由もわかる。企業が成長しない(給料も伸びない)うえに、身体を壊す、下手をすれば自殺に追い込まれる、なんてまっぴらごめんだ、と思う心情がよく理解できるのだ。

 組織はバラバラ、コミュニケーションを新入社員に求めるが、当の先輩たちができない。このような状態で、「この企業は伸びる」と思う方がおかしいのだ。

 上記したが、個人や企業が成長しているとき、伸びるだけのことができているから成長するのだ。

 いまのサラリーマンに矜持や一分を期待するのは酷なのだ。

 

 何はともあれ、普段と違う木村拓哉が見られる本作をおすすめする。

 

 

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