そのスナックはラブホの前に立っていた。そこに通うおっさんたちにとっては、補給線が確立されていておあつらえ向きの店なのだろう。
そもそもが、このラブホ自体が駅の近くで、隣一方が高架線。もう一方が子どももたくさん居住しているマンションだ。
めちゃくちゃなのだが、ここは下町であり、需要がある限り結構色々なことが肯定される 。
霧雨のなか、昼間の気だるさを引きずりながら店に向かった。扉を開けると、ママが眠たげな顔で出迎えた。
「じゃあよろしくね」
私はそこの雇われママから店内の一部改装を依頼された。
ママは茶髪のロングでウェイブがかかっている。詳しくないが、90年代によくみた髪型だ。貧困な語彙で表現すると、ワンレングスで
鬼太郎のように顔の半分が隠れているような髪型だ。若い頃から、脱色、パーマを繰り返していたのだろう。まったく水分が抜けていた。店のままになる前は、おそらくOLとして事務をやっていて、その影響で猫背になっていた。
おそらく、上司との不倫で職場に居づらくなって、この道に進んだんだろう。
シャーロック並みの推理ではなくて、そういう設定なのだと、もう決まっているというのが正しい表現だ。
開店前のスナックは、入った直後の
カラオケボックスのなかに似ている。染み付いたタバコの臭い、男たちの安酒混じりの汗、なぜか傷ついた店のカウンター。さほど繁盛している店とは言えないのかもしれないが、それなりの歴史がある。
カウンターの修理を終え、テーブル席に置いた工具を片付けていると、男が独り入ってきた。
「あ~ら、たーさん」
私を迎えたときとは違う満面の笑顔をうかべ、男に相対した。
男は160㎝半ば、薄い青色の作業服 の上にファーをつけたジャンパーを羽織っていた。
ママの笑顔のこちらで、照れているのか、男はコクコクとなんども頷いた。表情はうかがえないが、満面の照れ笑いであることは分かる。
男は数ヵ月は切っていないと思われる、ボサボサの髪をしていた。後ろ髪がジャンパーのファーに少しかかっていた。ファーの下の青いジャンパーには白い粉がびっしり着いていた。
肉体作業をしていたという格好をしていたので、何かの粉状のゴミが付着したのだと思った。が、よく見るとそれはフケであった。さらに観察すると、ファーの毛先にもフケが浮いていた。見ていて気持ち悪くなった。
ママの笑顔を見ながら、サービス業は大変だと思った。二度とこの店には来ないようにしようと決めて、そそくさと店をあとにした。