今日の十分日記

今日の十分日記

原点回帰の雑記ブログ。十分で書ける内容をお届けします。十分以上書くときもあるけどね。十分以下もあるし。

シャーロックと英国演劇史

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マクベス (新潮文庫)

 まさりんです。やっとアップできた。
 ヨーロッパでは演劇と人々の生活が密接に絡み合っています。
 徐徐にそういう体験が少なくなってきていますが、日本でも昔は共有体験がたくさんありました。関東地方で言えば、昔はみんな巨人戦を見ていたし、子どもの夜八時と言えば全員集合でした。関西なら阪神戦と新喜劇なのかもしれませんね。明日の話題作りだけでなくそういう場で思想などが生まれ、共有されていく訳です。書物だけが思想文化を生む場ではないのです。
 
 実際にドリフターズの学校コントを見て、
 「これわかる人」
 「はいはいはいはいはい」
 「じゃあ、志村くん」
 「わかりません」
 というやり取りを実際の教室でしたかった小学生は多かったはずです。ここに思想が? 全員集合のコントの基礎はいかりや長介が作ったのですが、いかりや曰く、コントの根底には「反権力」というテーマがあったと言います。このやりとりだって、人を食ってますよね。かならずいかりやは偉い人で、そのいかりやを志村、加藤以下からかう形でコントが成立していました。このような者を為になる形ではなくて、おもしろい形で押し出すことで、思想的な影響を与えることができます。
 よくよく考えれば、我々三〇代はテレビの多大なる影響下にありました。小学生の頃はドリフ、中学生になってからはダウンタウンと皮肉れたものに影響を受けました。ある意味不幸な世代です。
 
 さて、ヨーロッパに話を戻すと、まずは表面的なおもしろさから、また都市文化を継承する意味から、ギリシャで演劇が隆盛を極めます。演劇論も発達します。ローマではギリシャの演劇論と土着の宗教が混じっていきます。
 ギリシャでは特に悲劇が発達します。志村けんの例ではありませんが、「何に哀しいと思うか」というのは、文化によって微妙に違います。その機微というのを共有体験によって育んでいくのでしょう。
 
 このような傾向を中世から教会が布教に利用しました。ただ、「ためになる」より「おもしろい」方が思想を波及させるのに役立つのです。劇作家も役者も、おもしろくしよう、おもしろくしよう、と工夫していきます。観衆を魅了しようとすれば当然です。そして本末転倒になるのでしょう。だんだん退廃的になっていきます。
 
 ルネサンス期には宗教と様々なものが分離していきます。演劇もそうです。
 そして、世俗的な人間を描く劇が増えてきます。ここらあたりから、お国柄というのと結びついて、国ごとに独自の演劇が出てきます。たとえばイタリアではオペラ、フランスでは「ことばの演劇」(言葉がすべてを描写する演劇)、スペインではこのころ黄金期を迎えます。スペインでは人生をいっぺんのドラマと捉えるために、演劇が文化で大きな位置を占めています。
 
 イギリスではルネサンス期に、シェイクスピアが登場し、イギリス国内だけでなく、全世界的に多大なる影響を与えます。
 シェイクスピアの作品の特徴はその人間考察の鋭さです。
 シェイクスピア自体は大学を出ていないようですが、この人がいたからイギリスで演劇が未だに盛んであると言っても過言ではありません。哲学などはドイツやフランス、というように棲み分けをしていったっときに、イギリスが誇る文化的なものはシェイクスピアのおかげで演劇になったのです。
 
 そして、時代は過ぎ、時代は戦後まで移ります。もちろん、この間も演劇は新しいものが出ていました。
 二次大戦の10年後、戦争で抑圧されたものが爆発するように様々な演劇作品が登場します。それは従来の演劇のスタイルに対する反逆でした。1956年にジョージ・ディヴァインによって、England Stage Companyが結成されます。同年、ジョン・オズボーンの「怒りをこめてふり返れ」が上演されます。この作品のインパクトは凄まじく、旧来の演劇に関わるものを戸惑わせました。これをきっかけに、「怒れる若者たち」が次々に作品を発表します。
 アーノルド・ウェスカー(キッチン)、ジョン・アーデン、シーラ・ディレーニー(蜜の味ハロルド・ピンター(帰郷)が代表作家とその作品です。
 
 こうして内から起こった演劇革命は、同時にブレヒトなどの海外の演劇という外からの刺激も受け発展していきます。教育における
効果も認識され、学校教育に取り入れられています。現在のイギリスの役者はこのような土壌から出てくる実力派が多く存在すると言
うことです。
 
 カンバーバッチはハーロー校という超名門パブリックスクールを出ています。パブリックスクールといっても、日本の公立学校とは違います。私立の学校で学費がバカ高いようです。ただ、身分社会であるイギリスのなかで、身分に関わりなく進学できる学校らしいです。そして、そのなかでもうカリキュラムとして演劇が存在し、課外活動でも、演劇活動が活発に行われるようです。同じパブリックスクールであるイートン校では、寄宿舎対抗の演劇合戦などが行われるそうです。シェイクスピアなどの古典でも、現代劇でも構わないので寄宿舎ごとに演目を出し合うのです。このような活動から演劇にはまってしまう若者が多く出るそうです。
 
 このような学校生活で、カンバーバッチも古典劇などに出演していたそうです。
 つまり、日本の早稲田出て演劇にかぶれました、というのとちょっとレベルが違うのかもしれません。社会にも演劇がきっちり食い込んでいて、そこでの成功者が演劇・映画の世界で活躍するわけですね。
 
 さて、次回はシャーロックの続きについて書いていきます。(当初予定していたのと、全然違う話になってしまった)
 

 

リア王 (新潮文庫)

リア王 (新潮文庫)

 

 

 

新リア王 上

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新リア王 下

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