池波正太郎をめざして

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リチャード・ギア主演「キング・オブ・マンハッタン」に見る、家族制度の崩壊

 

 

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 先日、リチャード・ギア主演、「キング・オブ・マンハッタン」という映画を見た。リチャード・ギアの代表作といって思い出すのは、やはり「プリティ・ウーマン」だろうか。それとも「愛と青春の旅立ち」だろうか。どちらにせよ、個人的にはあまり好きなテイストの映画ではなく、もしかすると全部見通したことがないかもしれない。なんかすかしたテイストが嫌いなのだ。リチャード・ギアにはすかした映画に出る、いけ好かない役者いうイメージしかない。だから、フランスのジュースのCMにリチャード・ギアが出て、寅さんのパロディをやったとき、寅さんが嫌いではないので、心底不愉快になり舌打ちしてしまった。

 この映画も見通すにはかなり我慢を強いられるだろうと覚悟をした。

 

 

 冒頭、幸福な家族の誕生会から始まる。リチャード・ギア演じる、金融王の誕生日だ。表面的には夫婦仲も悪くなく、子どもたちも家長であるミラー(リチャード・ギア)を尊敬している。会社は順調で、もう充分稼いだから、半年後には引退してゆっくりしようと思う、なんてことを家族に言えるくらい余裕のある、アッパークラスの家族である。ミラーは投資会社のトップである。

 

 結論を急いでしまえば、この家族像が徐々に崩壊していく過程を二時間の映画で描いている。ミラーはフランス人でギャラリーのオーナーであるジュリーを愛人としている。誕生日にも、家族のパーティの途中でジュリーのもとへ向かう。

 仕事では実は帳簿の改ざんを行い、利益を水増ししている。自分が引退するために、銀行と自己の投資会社との合併を進めている。が、相手の銀行に監査が通らないという情報をキャッチされている。失敗すれば、倒産せざるを得ないばかりか、詐欺師として懲役20年を喰らってしまう。また、その帳簿の改ざんを同じ投資会社で働く娘に悟られてしまう。綱渡りだ。

 ジュリーはある日個展を開く。その日ミラーは合併に関する大切なミーティングをレストランで行う予定で、遅い時間にしかジュリーのギャラリーに向かえなかった。いったんは帰宅するが、ジュリーに会うために妻(スーザン・サランドン)が寝るベッドを抜け出す。ふて腐っているジュリーを懐柔するために、深夜に北にある別荘で朝を一緒に迎えようという提案をする。二人はジュリーの車で別荘に向かうのだが、途中自動車事故に遭ってしまう。ミラーは合併や監査についてのストレスで不眠気味で、運転をしながら寝てしまうのだ。

 事故が露見すれば、不倫が発覚し家族が崩壊する。過失致死には問われてしまうからだ。そこでミラーはある黒人の若者をアリバイ工作に利用する。その青年の父親は以前ミラーの投資会社で働いていて、青年はミラーに恩がある。それを利用するのだ。もちろん、その青年に事故の責任を押しつけるまではする気がない。きちんと彼が逃げ切る目算はしている。

 ところが、その事故を担当した刑事は事故としては矛盾していることに気づく。証拠はないが、これがミラーの関わっている事故であるというところまでは勘づく。

 事態は事故とこの銀行との合併の話が同時進行で進んでいく。ミラーは問題を一つ一つ片付けていく。事故の矛盾に気づいた刑事は写真を偽造してまで、ミラーを追い詰めようとする。ミラーは偽造に気づき、逆に刑事を追い込む。粉飾に気づいたのは実の娘なのだが、何とか丸め込み、合併の契約にまでなんとか漕ぎ着ける。

 だが、最後の難関はさすがのミラーにも突破できそうもないないようだった。相手は妻だった。実は、事故のあった日の夜、全てを終え、ベッドに戻ったミラーに妻は気づいていたのだ。離婚して全財産を妻に渡すか、それとも事実を刑事に告白して破滅するか選ぶように妻はミラーを脅した。本人はこうなった原因を、娘を悲しませたからだとしていた。それならば、別段ミラーの全財産を奪う必要はない。娘に対して贖罪をすればいい。

 ミラーがどのような決断をしたのか、最後まではっきりとは描かれていない。が、もしかすると要求を呑んだのかもしれない、と思わせる結末で物語は終わる。

 

 リチャード・ギアは今回悪役だった。しかし、なんというのだろうか、リチャード・ギアにしか出せない味があった。最後までリチャード・ギアリチャード・ギアなのだ。いらついていても、怒っていても、二枚目なのは二枚目のまま終始推移していた。スタイリッシュな外面と利己的な内面という二面性は、それまでのイメージ通りのリチャード・ギアでなければ表現できなかったように思う。「悪人は笑顔でやってくる」という感じであった。

 冒頭の幸福な家族というのは、アメリカだけでなく、多くの国家社会においての理想像である。金持ちで仲がよく、誰も病気に苦しんでいるわけでもない。高級そうなマンションに住む。仕事もプライベートも充実している。家族の誰もがそんな充実した生活を送る。だが、その理想的な状態が、如何に表面的な姿であるかがその後描かれる。

 父は仕事と家族と愛人と、ほしいものを手に入れるために奔走する。娘は自己のキャリアにしか興味がない。一番強烈なのは妻である。スーザン・サランドン演じる妻は、慈善団体を率いている。Wikiで調べてみると、ミラーはヘッジファンドのトップであるらしい。別にリスクヘッジ自体法律違反でもなんでもない。原理的にいえば、もともと穀物などの取引で行われる先物取引がでも行われるものである。別に悪いことではない。しかし、売り浴びせをかけて意図的に株価を下げるから悪いのである。90年代後半あたりから、ヘッジファンドは悪の権化のようなイメージが特に欧米にあるのかもしれないと、映画などを見るとときどき思う。ヘッジファンドのトップの妻が慈善団体をやるというのは、税金対策ということもあるのかもしれないが、同時に妻が夫に対する反発を表現しているのかもしれない。ヘッジファンドへのイメージや妻の気持ちは、最後の夫婦のやり取りに集約されている。特に、夫に全財産を委譲せよというのは、ヘッジファンドのトップにとって金というのが一番大事なものであって、それを全て剥奪するというのが、一番効く仕打ちなのだ、というほぼ偏見に満ちた設定だと思った。

 表面的には華麗な家族は、そもそも家族として成立するはずのないものであり、それを成立させているのは、「愛」ではなく、「金」だということは根が深い。日本でも言われているが、イメージの上で金持ちのほうが幸福な家族になりやすいように思う。しかし、本当に金持ちでもこうならば、家族制度がもうすでに成立する土壌が、なくなっているということかもしれない。

 

 

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