今日の十分日記

今日の十分日記

原点回帰の雑記ブログ。十分で書ける内容をお届けします。十分以上書くときもあるけどね。十分以下もあるし。

「第五回 短編小説の集い」出品作品。招き猫の物語。

スポンサーリンク

 こんにちは。

 小説書いて疲れた、まさりんです。

 

 

 今回も「第五回 短編小説の集い」に参加させていただきます。ぜろすけ様よろしくお願いします。

 今回は創作日記も書こうと思っています。こういうのはすぐ出すのがいいのか、一瞬間くらい待つ方が良いのか、わかりませんね。

 もしかすると、いったん出してから、ちょこちょこ間違いを修正するかもしれません。


【第5回】短編小説の集いのお知らせと募集要項 - 短編小説の集い「のべらっくす」

 

 

「女と泣き出しそうな空と豪徳寺

 

 二月の末、風の強い日曜日だった。空は今にも泣き出しそうな厚い雲が覆っていた。

 シホはぶつぶつ言いながら、熱心にお祈りをしていた。すでに参拝を終えた僕は少しだけ下ぶくれなシホの横顔を眺めていた。豪徳寺の賽銭箱は本堂のなかにあった。拳一つがちょうど入るくらいの小窓がガラス戸の一部に設えてあって、その木枠をスライドさせ、お賽銭を入れるようになっていた。そして、仏式のお参りをする。

 僕は幼少時、「神様や仏様は、わざわざお願いをしなくても全部お見通しだから、念じなくてもいい」とどこかで教わった気がして誰よりも早く参拝を終えてしまう。それにしてもシホは長い。なんという強欲なオンナなのだと呆れ、ケイスケと僕は顔を合わせる

 二人で交互に咳払いをした。「はやくしろよ」という責めが半分、からかう気分が半分だった。それでもシホは僕たちを無視して、祈りを捧げている。やがて、ケイスケが悪戯っぽい笑顔を浮かべ、声を出さずに笑い出した。よくシホを見ると指を組んで祈っている。教会じゃないんだから。

 その様子をケイスケに身振りだけで伝えた。指の組まれた手を指差し、本堂を指差し、“どうして”というように手を広げ、肩をすくめた。本堂のなかでは寺男が掃除機をかけていた。掃除機はダイソンだった。

 意味を察したケイスケが弾けるように笑い出した。この男雄弁ではないが別に引っ込み思案ともいえない。寡黙ではあるが、腹に百万言が滾っているわけでもない。腹にイチモツを隠し持っているという感じだ。どこぞの豪族の出自であるらしい。が、そのような風格はない。一言で表すと捉えどころのない人物で、どこまでも底を覗きたくなる魅力があった。

 「うるさい」

 眉根をひそめてシホが抗議するが、下ぶくれのプックリしたほほが愛嬌がありすぎで、僕とケイスケの更なる笑いを誘ってしまう。

 「どうして笑うの。アタシが必死なのどうしてか分かってるでしょ」と僕を睨む。どうしてコイツは世界中の全てのものが自分の味方につくと思っているのか。「で、アンタは誰だよ」と自分とあまり背丈の変わらないケイスケの肩を押した。バランスを崩したケイスケは、本堂の石の階段から落ちそうになった。

 

 シホはシホなりに一生懸命になる理由があった。カレシのケンジの家には一匹の猫がいた。マルスという名前の黄色いトラの雌猫だった。

 僕たちがケンジの家に集るとき、人数が少なく皆がテレビを見る時は、洋間に居た。二メートルくらいの大きなガラス窓があり、庭がよく見えた。床には赤い絨毯が敷かれ、革張りの赤いソファが置かれていた。ガラス製のサイドボードにいつも酒を置き、テレビを見ながら寛ぐ。アップライトのピアノが置いてあったが、ミとラの音がずれていた。もう十年以上調律されていないそうだ。人が洋間に居るときはマルスは無言でやって来て、誰かの膝に乗る。そのまま香箱座りで寝てしまう。もう大人の猫で重いのだが、皆かわいがり、無礙に下ろすことはない。マルスは人が騒いでいる所に混じるのが好きだ。

 このマルスがどうしてもシホにだけにはなつかない。ケンジとシホが二人きりでケンジの部屋にいるとイヤがってどこかへい行ってまう。誰かに触られるということによく慣れているのだが、シホが触ると、イヤがるところではない。目を剝いて威嚇する。全身の毛は毛羽立つ。こういう姿は他の人には見せない。抱っこしようものなら、プクプクのほっぺたをひっかこうとする。

 別にマルスにだけ嫌われているのなら、たかが猫一匹と相性が悪いだけだと、気にしなければ良い。だが、シホはケンジの家族にもあまり歓迎されていないようだった。社会一般に表面的には平等主義が覆っている。そのせいで大げさに言えば、「家格」のようなものが見えづらい。それがただの恋愛から一歩でも生活に踏み込むと表出する。平等にチャンスがあるのは学生のうちだけだ。田舎でケンジの家は代々続いてきた家だ。その差がシホを拒絶しているように僕には感じた。シホは片親で比較的自由に育った。イエを維持するための考え方が染みついているところがケンジにはある。シホの家にはそういう苦労がない。と少なくともケンジの家族には見えた。自分たちにはそぐわないと家族は感じているのかもしれない。田舎の旧家の閉鎖性は厳然として存在する。

 ケンジは自分たちの世界に入ってこれるようにシホを変えようとしていた。シホはケンジが好きだから、それに従おうとしていた。残酷だが僕にはムダであるように見えた。シホは窮屈であるように見えた。常に「どうしてうまくいかないの」と悩んでいた。それら抑圧の象徴がマルスだった。

 「どうしたらマルスとお友だちになれるんだろ」

 ある日のつぶやきに、「そういえば招き猫の発祥って豪徳寺だよね」と僕が応えてしまったのが間違いだった。シホの小さな目がキラリと光り、「連れてけ」と大騒ぎになった。もう二人はダメかもしれないと感じ始めていたケンジは、知らぬ存ぜぬを決め込んだ。シホが外に出る口実を常に探しているのは知っていたし、あまりにもうるさいので、連れて行くことを承諾した。二人きりはイヤなので、ケイスケを巻き込んだ。

 

 「鶴は千年、亀は万年。長寿の祈念はこの二つを置き。五月の空には鯉のぼり。ウサギはツキを呼び、財布のなかには白蛇の抜け殻、店の前には狸の信楽、これは他を抜くから。狐はいけません。これを置くと祟られます」

 翡翠色の屋根と白い石柱と欄干を持つ本堂から、杉板で作られた作務所に向かって歩いた。「駐車場はこちら」と書かれた看板のあたりに屋根もない粗末な屋台があった。そこから声をかけられた。つられるように三人でそちらに向かった。

 近寄ると、数個のトランクの上に載せた板の上に、小さいのから大きいのまで、背丈順に招き猫が並べられてあった。前に立つと、「ちょっと聞いてってちょうだい。今日はニャンニャンニャン、二月二十二日で猫の日なのに、この閑散とした有様。おじちゃんを助けると思って聞いてってよ」と言われた。

 男は薄青いステテコの上に、ハッピを着て、下は灰色のスラックスという出で立ちだった。パンチパーマにねじり鉢巻きを巻いていた。売り口上を始めた。

 「日本全国、縁起物は数あれど、ここに取りいだします、この招き猫に勝るものなし。さあお嬢さん、ちょっと手に取って見てちょうだい。そこらで売ってる招き猫とどこかが違う。なんとなく本物の猫に似ているでしょ。それもそのはず」

 シホの両手に乗るくらいの招き猫を持たせた。戯画化された招き猫に比べると、本当の招き猫に近い造形であった。白い猫の首に赤い首輪が巻かれ、金色の鈴が付けられていた。

 シホとケイスケは楽しそうに話を聞いていた。

 「その昔、世田谷のこの辺りは一面の田んぼが拡がる農村だった。この豪徳寺も鄙びた破れ寺だった。その和尚は、いたく猫を愛でる方で、自分の粗末な食事を分け与えて、一人と一匹なんとかその日暮らしをしていたそうな。そうして猫に言い聞かせていた。『レンよ』――この名前、仏さんの『蓮の台』から取ったらしい。『レンよ。お前仏縁を知るなら、恩返しせよ』もちろん本気じゃあない。なんにも起こらないから言えた。まあ、ジョークだね。坊さんのジョーク、冗談なのか、本気なのかレンにもわからない。

 さてある日、素寒貧の破れ寺の門前がなんだか騒がしい。出てみると鷹狩りの一行とおぼしき武士が五、六騎、馬から下りてきた。和尚を見ると、『和尚、そこなにおった猫は御寺の飼いたる猫か』と尋ねた。『はあ、さようで』恐々としながら和尚は事情を聞いた。ようするにレンが御武家さんたちを寺にさし招いたそうだ。面妖だがちょうどいいから休息させてくれろ、と一番偉そうなお武家さんが言った。茶を献じていると、破れ寺の外で、雨がざぁ~、雷がビカビカビカ~。瞬く間に嵐のような天気、とても帰れない。仕方なく和尚が仏様のありがたい話をして差し上げた。このお武家喜んでやおら身分を明かした。『我は井伊家当主直孝である。これも仏縁。これよりは深い付き合いをいたそうぞ』これよりこの寺の運が開ける。ご存じ、井伊家は徳川四天王の家系。子孫には高名な井伊直弼もいる。直弼も含めて、この寺は井伊家の菩提所となった。結局和尚のジョークが分からない猫がやっちまった、不幸中の幸いね。

 さあそこのお兄さんも手に取ってみて、違う。寝かせては分からない。手に載せてみて。重心が前にかかってるでしょ。これが本物の証拠。豪徳寺の招きものは全て右手を挙げてる。これはここが井伊家の墓所なのと関係している。武士にとって左手は不浄なのに由来する。さあどうだ。買った、買った!! 」

 楽しそうに聞いていたケイスケとシホは群がるように猫を手に取って、自分たちが買う物を決めていた。「お兄さんのが一千円、お姉さんのが三千円ね」と値段を言った途端、二人は僕を見た。納得はまったくいかなかったが、自分の分の八百円の物を足して、支払った。

 キャッキャと楽しそうにしていると、杉作りの作務所のなかから、中年の女性がものすごい勢いで飛び出してきた。おばちゃんパーマの女性だった。寺男の嫁か、住職の嫁だろう。「またあんたか!! いい加減にしなさい」といきなり怒鳴りつけてきた。

 

 急いで荷物を片付けながらテキ屋が言った。

 「お嬢ちゃんたち、もしも願いが叶ったら猫ちゃんはお返しするんだよ。そこの招き猫観音の奥にね」

 慣れた手つきでトランクに招き猫をしまう。作務所から出てきた女性が仁王立ちしている。テキ屋は愛想笑いをしておのが所業をごまかす。愛嬌のある様子に僕は苦笑いした。ケイスケを見ると、ケイスケも同じだというように目を合わせてきた。

 「ねえ、おじちゃん、アタシ幸せになれるかな」シホが聞いた。

 「なれるとも! それだけカワイイんだから」一瞬手を止め真顔で応えた。この人はモテるだろうなと思った。「猫があれば猫にかつおぶしだよ」追い立てられて、脇の木造の門に歩いて行った。

 招き猫観音と呼ばれる小さなお堂に向かった。豪徳寺自体の常香炉は新調されて立派なものだった。この観音様は古く小さな香炉が設えてあった。閑散としている今日だからか、線香に火が点っていなかった。木造のお堂には本堂と同じ仕掛けの賽銭箱があって、小窓を開け手を差しれてお賽銭を入れた。手を引いて手を合わせ黙祷した。目を開けると、華奢な手と農作業を三〇年してきましたというような無骨な手が視界に伸びていた。無理に誘ったケイスケはともかく、シホはなに調子に乗ってんだ、とムカッときた。仕方なく、二人に百円ずつ渡した。

 「なんだよ、しみったれてるな」とケイスケが舌打ちし、「本当だよね」とシホが合わせた。なんだかテキ屋を見てから二人の意気が合っている。そのまま二人で豪快に柏手を打った。お寺さんなんだけどね、と呆れた。少量、疎外感があった。

 「奥って言ってたよね」

 テキ屋の言うとおり、ケイスケとシホが二人で進む。いつしかシホの手がケイスケの肘に軽く絡んでいた。

 観音様の左奥には、細長く四畳ほどのスペースがあって、白い招き猫が大小様々、所狭しと並べてあった。ここにも一メートル弱の観音様の石像がある。観音様の足下にも手水の石の器の上にもびっしりと招き猫が置かれていた。観音様の奥には高さ二メートルの四段の棚があり、そこにも招き猫が納められていた。招き猫は全てテキ屋が売っている物だった。その光景を外国人が写真に撮っていた。

 そういう決まりがあるわけではないだろうが、猫たちは自然と参拝者と正対する向きに置かれていた。

 ここに立って気づいたが、足下の高さに置かれた招き猫と正対すると、全てと目が合った。一般的には招き猫は正面を向いている。つまり、猫が井伊公を招いた場面を再現しているのだ。

 「なんかこの神様、あのオジちゃんに似てるよね」

 観音様を見てシホが言った。自然と三人とも手を合わせてしまった。【四千八百三十三文字】

――了――