池波正太郎をめざして

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明日は明日の風が吹く

今の心境にあわせてブログ名を変更しました。どうぞよろしく。肩の力をさらに抜いてやります。

川崎の中一殺人事件についての私見。

 以前CMで本田翼さんが「セーラームーン」の替え歌を歌っていて、本当はいい歌だなと思ったまさりんです。

 

 

 皆さんも頭の中で常に何かの音楽が流れていると思う。今日はこの「セーラームーン」の替え歌がずっと流れていた。こういう場合は実際その音楽を聞くと折伏できる。ということで、この記事を書く前にCMを見た。

 元のマーチ? のようなアレンジを聞いたときは何とも思わなかったが、本田翼一人でシンプルなアレンジで歌うと、何故かいい歌に聞こえた。哀しいかなカバーの方が好きという曲がいくつかある。いずれ書こう。

 

 本題に入ろう。

 先週、神奈川県川崎市で中学生一年生が殺害されるという事件が起こった。被害者と容疑者の高校生は同じグループに所属していた。ネット上は加熱しているが、まだ確定してはいないので、一応容疑者としておこう。(確定するとは思うが)

このグループがどういうつながりか、よく分からない。結局は近所の公園に集る若者たちであるというのがつながりか。リーダーの十八歳と被害者の中学生は、好きなアニメで繋がったという。

これでアニメが原因であるというのは短絡的で、それはアニメを見る十代がもっと特殊であった時代の名残であろう。「アニメを見る層が、不良にまで拡がった」と見るのが妥当だ。よくアメリカの心理学者の研究を例に挙げて、アニメを見る害を挙げるが、アメリカで十代になってまで、もっといえば日本のように二十代、三十代になってまでアニメにどっぷりはまっているというのは、特殊な人間であろう。それが普通のことであれば、関連性は低くなる。

 

結論から言ってしまえば、オウム事件のときに書いた、「閉鎖的な集団」の特異性が現れた事件であったと思う。閉鎖的な空間にどっぷりと浸かってしまうと、自分が特異な思考をしているとは感じなくなってしまうのだ。

 

 

オウム真理教の一連の事件はなぜ起こったのか、から見る日本の組織。 - 池波正太郎をめざして

 

 

はっきり言って、殺人を犯して、しかも川崎市という都市部で逃げ切れるわけがないのだ。これを知っているかは分からないが、現場となった多摩川べりは、監視カメラの巣であったらしい。事件などで、「都市部は監視カメラがあるから逃げ切れない」ということが喧伝されているし、たぶんアニメでもそういう話が出てくるだろう。それでも、自分たちはバレずに逃げ切れるという心理の根底には、閉鎖的な集団の罠が潜んでいる。

「チクったらやられる」というよりも、被害者が「チクったのに、呼び出しに応じてしまった」というのもこれだ。どうやっても逃げ切れないという意識が根底にあるのだろう。

 

 ならば対抗策として、ネットを利用して内情を暴露するという手があるはずだが、それをしたという形跡もない。もっとも、我々が承知しているほど、ネットが味方についてくれるかは怪しいが。

 若い方が技術に親和性があって有利だから、IT機器をどんどん使わせるべしというのも、かなり眉唾な気がする。ビルゲイツジョブズが、自分の子に小さい時にはコンピューターを使わせずにアナログに勉強させたというが、それが正しいあり方な気がする。

 事件の経緯を見ていて思ったことがある。日本人は外国に無邪気に憧れてしまうところがある。占領されていたのに、これだけアメリカが好きな国もないだろう。昔は中国にも、ヨーロッパにも同じ感情を抱いていた。外部の目を持つというのは、もしかすると日本人が「和を尊ぶ」つまり「閉鎖性を作る」ときの安全弁となっていたのかもしれないと思った。

 日本人は閉鎖的な組織を作るのが本質的に好きなのだ。次の記事にその実感がよく表れている。

 


川崎で起こったことと、いま、ここで起こっていること - いつか電池がきれるまで

 

 もちろんこの記事の集団が「外部の目」を持っていたかどうかはわからない。が一般的に閉鎖的な日本の組織が暴走するのを、「外部の目」が防いでいるのかもしれないと思うのだ。ただ、閉鎖的な組織で外部の目を持ち続け、そちらに組織を動かそうと考えるのはとてもストレスフルではあるのだが。