池波正太郎をめざして

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明日は明日の風が吹く

今の心境にあわせてブログ名を変更しました。どうぞよろしく。肩の力をさらに抜いてやります。

生きにくいと感じる人へ。前田慶次に見る、物語と人生。

 誕生日を迎えて、アラフォーに磨きがかかったまさりんです。

 

 

 「短編小説の集い」という大会? や、「はてな文芸部」というグループに参加している。小編の物語を公に上梓していると、私のような泡沫ブログの持ち主でも考えてしまうことがある。それは「どうして小説を書くのか」や、「人々にとって小説とはどのような価値があるのか」というような問いである。考えていると無間地獄に落ちるような問いだが、「面白きゃいいじゃん」というノリができない性質で、第五回の小編を土曜(二月二八日)に投稿してからも少し考えた。

 別にこれが正解という固定解が得られるようなものでもないだろうが、私がこれも機能の一つと思うものがある。それがタイトルにもあるとおり、物語と人生に関わるものである。つまりは「最良の人生の模索」と「人生に迷ったときの代弁」である。この表現が堅いなら

「かっこよく生きるため」と「よくぞ言ってくれた」でもいい。この二つが物語の機能だ。

 

 ここで「一夢庵風流記」と「花の慶次」そして「前田慶次と歩く戦国の旅~『前田慶次道中日記』を辿る」の三作を紹介する。

 「花の慶次」文庫版第一巻の巻末には、作画原哲夫と原作隆慶一郎の出会いが描かれている。それによると、前田慶次の人となりについてはよくわかっていないらしい。そこから慶次という人物を立ち上げていったものが「一夢庵風流記」である。

 慶次はかぶき者でいくさ人である。かぶき者は常軌を逸した派手好きで、服だけで無く生き方も奇矯を好む。いくさ場では命を惜しまず、勝ち戦ではなく、負け戦で戦うことを花としている。前田利家の甥で本来、前だけの家督を継ぐべき所を利家の横槍で奪われてしまう。その後妻子を置いたまま、加賀国を出奔。京の町で暮らすようになる。加賀忍の出で慶次の家臣となる捨丸、博多で慶次をねらった金悟桐を従者とする。莫逆の友、加賀の奥村助右衛門、上杉景勝の家臣直江兼続結城秀康等ともであう。

 実際の慶次は公家との交流もあり、顔も広いが、この小説や「花の慶次」で描かれるのは狭く深くつきあう交際であるように思う。まあそうそう「莫逆の友」が現われるわけもなし。

 恋にも一途で、あの「利家とまつ」のおまつをわりなき仲になってしまう。(史実そうであるのかは知らん)

 出自がしのびであるためか、百姓出の利家と違い、雲のように生き、路傍で野垂れ死にすることを厭わない、そういう生き方を肯定している。しがらみのない囚われない生き方に出会う人、出会う人が憧憬を抱くのだ。

 

一夢庵風流記 (集英社文庫)

一夢庵風流記 (集英社文庫)

 

 

  「花の慶次」は始め、刑事の若い頃を描くという企図だったらしい。が、連載初期に隆慶一郎が亡くなってしまった。だからなのか、わりと晩年の方の慶次まで描かれている。少年ジャンプ連載だったからか、かなり慶次のキャラクターも分かりやすく改変が行われている。おまつとの関係も肉体関係など無く、すっきりしている。お互いに原作同様の感情は存在している。

 原作では朝鮮出兵の前に半島へ偵察に行かされるのだが、漫画では琉球へ行っている。美姫を連れ帰るのは一緒だ。

 三作品は割りと補完死合うように存在しているのだが、漫画版慶次は人柄がすっきりしていて、子どもにも読めるようになっている。

 

 

 

 連載当時、私は高校生だった。バブル経済が弾け、みるみるうちに経済環境が悪化していった。ちょっと上の世代が就職のとき、「就職戦線異状なし」的なハシャギ方をしていたのに、徐々に弱い者から切り捨てられていくようになっていった。女子大生が就職氷河期に突入。太りすぎた雇用状態を改善するために、リストラが始まった。本作が連載を終了し数年経過すると、大学生が男女の別なく氷河期に突入していった。自殺者もどんどん増加した。失われた十年と後に呼ばれた時期の頃だ。

 個人的にもそうだ。中学に入った頃から父親が始めた自営業が軌道に乗らず、家庭も火の車だった。もともと母方の実家の援助があって、やっと成立していた家庭であったが、ますます依存度を増した。

 思春期には皆そうであっただろうが、親子の会話は減っていく。物理的に話す時間が無くなっていくのだ。夕飯のときにはさすがに母親と顔を合わすのであるが、そんなときには母は愚痴しか言わなくなる。「お父さんが生活費をくれない」、「電話代を払ってくれない」、「電気代くれない」そんな話ばかりずっと聞かされた。中学・高校とずっとである。

 本当によく電話が止まり、携帯がなかった時期で、よく連絡の電話をかけてきて迷惑をかけた。電話が止まると独特のメッセージが流れるらしい。当事者である私は聞いたことがない。だが、「火事で焼けたと思った」とよく同級生に言われた。何故か父親が払うことになっていた高校の学費が滞納され、よく担任に呼び出された。

 それでも割りと勉強が好きで(下手の横好き)、音楽が好きで、と好きなものが精神的な支えとなり、人生が破綻するのを防いできた様に思う。特に支えたのが、友人と三国志と「花の慶次」かもしれない。よく考えると、馬鹿な高校生だ。

 若い頃は、「どこかに所属する」というのは、悲劇にしかつながっていない様な感覚を強く持っていた。

 「花の慶次」を読んでいると、「いつでもここから出ていってもいいんだぞ」と行ってもらえるような気がしたのだ。「自由にすりゃ良いんだ。でも野垂れ死には覚悟しろよ」そういうメッセージがそこかしこに存在し、慶次の生き方がそうであった。

 「好きにすればいいさ」

 後年、実家とは袂を分かち、生きていくことになる。そうしなければ、両親とは殺し合いになっただろう。理由を書く勇気は今の自分にはない。実家を出る勇気をくれたのも慶次だったのかもしれない。もちろん、慶次のように華麗な生きちゃいないけど。

 

 長くなったので、続きは明日。