池波正太郎をめざして

明日は明日の風が吹く

今の心境にあわせてブログ名を変更しました。どうぞよろしく。肩の力をさらに抜いてやります。

ままならない人生。もう一度挑んでみませんか。

 こんにちは、まさりんです。

 今日は本当にゆっくりしています。なんだか分からないけど、朝からHDD内の「怒り新党」を見まくりました。そんな一日です。近所のパスタ屋さんに行ってきたんですけど、いつもの日曜日よりも混んでいた気がします。ショッピングモールにあるパスタ屋さん。そこでアンパンマンショーをやっていたからでしょうか。さて。

 

 

 今回の話題であるが、「軍配者シリーズ」を紹介しようと思う。軍配者と軍師はちょっと違う。軍配者の方がより広範な専門知識を習得しなければならない。観天望気、占術、兵法などを学ぶ。そして、知識を駆使して戦をする日時や方角、作戦などを作る。そして、戦の後には首実検の作法もアドバイスする。君主のそばに常にいて、刻々と変化する情勢に合わせ助言をする。なんとなく、三国志演義のなかの諸葛亮孔明に近い気がする。一方で竹中半兵衛などの軍師は兵法に特化したものだ。

戦国時代は今と違って、そこらじゅうに書物が溢れているわけではない。だから、それらの知識を得ようと思ったら、書物がある場所に行かなければならない。関西の名所は、京の五山の建仁寺で、関東では唯一軍配者を専門に育成する機関があった。足利学校だ。

 この足利学校、名前は高校の日本史でも習う名前だ。確かに高校生のとき、これがどんな機関なのかよく分からなかった。「学校」とつくのだから学校なのだろう。江戸時代と一緒で、儒学を学んだり、仏教の経典を読んだりするのだろう、と漠然としたイメージを抱いていた。もちろん、この作品ではという限定であるが、こういう学校だったのかと驚いた。著者の富樫倫太郎はそれなりに調査をして書いているだろうから、そこまで的外れなことは書かないと思う。

 足利学校の同期生が、小太郎と勘助、そして冬之助である。

 小太郎は伊豆からやってきた。その伊豆を治めているのが、先日紹介した北条早雲である。そう北条早雲のお話はここにきちんと繋がっていくように設定されている。読み返してみると、重なる部分がきちんとある。後北条家の初代が早雲、二代目が氏綱である。二人とも名君として名高い。早雲は、農民のための国を建設した。それは人間扱いされていない、他の国の農民からはうらやましがられる。

 三代目が幼少期に、小太郎は早雲に見込まれる。その後北条氏康となる三代目を全面的に補佐する軍配者になれる資質があると早雲に期待されるのだ。そして足利学校へ向かう。

 四郎左は山本勘助の下僕であった。下僕とは文字通りの奴隷だ。小太郎が足利学校へと向かう旅の途中出逢う。病気になった小太郎の護衛を看病するために立ち寄った村で、村人に襲われてしまうのだ。そこで死んでしまった主筋である勘助と四郎左は入れかわる。そのまま勘助になりすまし、一行は足利学校まで行く。

 もう一人、曽我冬之助。彼は扇谷上杉の家宰の曽我兵庫頭の嫡流である。普通は学問をする間、寮生活をしながら学んでいくのだが、彼は実家から通っている。もともと武家七書と呼ばれる、『孫子』『呉子』『尉繚子』『六韜』『三略』『司馬法』『李衛公問対』の写しを実家から持参していて、それを四郎左と小太郎に写させることを条件に親しくなる。それぞれの書についての講義を受けるためには、自力で写本を用意しなければならない。例えば、「孫子」「呉子」などは借りようにも予約が殺到していて奪い合いになる。それを専用に借りることができるのだ。その代わり、冬之助にとってちんぷんかんぷんな講義内容を議論して理解する機会を得られるという交換条件にした。

 冬之助の主家と小太郎の主家は諍いのなかにあり、冬之助と四郎左はどうもそりが合わない。そんな三人の共同作業が始まった。小太郎と四郎左は冬之助の持ち込んだ書を写し、講義に出る。そのあとに三人で話し合い、話し合いのなかで冬之助は学問の理解を深めていく。「耳学問」という言葉があるが、冬之助は耳学問が向いている正確で、書物などを読んでも理解できないが、例えば兵書についての講義内容を小太郎と四郎左から教えてもらうと、それを理解し、実際の戦の例に当てはめ、さらに高度に昇華させることができる。天才的な才能を持っていた。

 やがて早雲が亡くなったのをきっかけに、三人は小田原まで旅をする。小太郎が早雲と祖母を弔うためだ。弔いの旅の終り、三人は袂を分かつ。四郎左は京都に軍配者の修行へ、冬之助は駿河で名軍配者の弟子になるために、そして小太郎は足利学校でさらに学問を続けるために、それぞれ旅に出る。

 数年経ち、小太郎は足利学校で並ぶものもまれな軍配者として成長する。そしてやがて北条と扇谷上杉家の戦いのために帰国する。その戦いで敵軍には冬之助がいた。

 

 特に勘助は苦渋に満ちた人生を送り、ギリギリの駆け引きをしながら、やがてご存じの通り武田家の軍配者となる。曽我冬之助も主家の滅亡でやがて上杉の軍配者になる。人生というのは辛いものだが、三人の若者の人生は口の中に苦いものが拡がっていくような感覚を覚えるほど辛い人生だ。

 だが、何か手はないかと模索する姿は、ちょっと勇気づけられる。自分の持っているものだけ、地形などの条件を駆使して戦うのは、ただの会社員にとっても参考になる精神だと思う。そして、鮮やかな軍略は胸の空く思いがする。ここに書かれているのは、「早雲の軍配者」という一巻の概要だけだ。「信玄の軍配者」や「謙信の軍配者」もとても面白い。人生辛くて当たり前だ。ならば、それを生き抜く強い精神を学ぶこともむだではない。

 

 

 

早雲の軍配者(上) (中公文庫)

早雲の軍配者(上) (中公文庫)

 

 

 

 

信玄の軍配者(上) (中公文庫)

信玄の軍配者(上) (中公文庫)

 

 

 

謙信の軍配者(上) (中公文庫)

謙信の軍配者(上) (中公文庫)

 

 

にほんブログ村 本ブログ 読書日記へ