池波正太郎をめざして

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明日は明日の風が吹く

今の心境にあわせてブログ名を変更しました。どうぞよろしく。肩の力をさらに抜いてやります。

やっとこさブログ100記事目そして水木しげる「泉鏡花伝」

雑記 芸術-水木しげる 読書

 記念日を迎えたまさりんです。

 当ブログ、今回で一〇〇記事目に突入するようです。実感がないのです。なにせ、たった一〇〇記事を書くのに、八ヶ月・・・・・・。よくみなさんが「一〇〇記事を達成!!」って書いてあるのを見るのですが、たぶん二,三ヶ月で達成・・・・・・。一日、一記事以上を書いたとすれば、順当な結果です。それが私は八ヶ月。人には人のペースがあるので、さほど気にはしていません。でも、もう少し何とかせねばね。

 昔からそうなんですよね。スロースターターというか、のんびりしすぎた性格なんです。コツを覚えるのも、他人より遅い。勉強でもなんでも反復演習が多くかかる。頭ってそんなに簡単によくならないんですよ。

 これからはもう少しペースを上げるのを目標にします。ネタ切れするよりはマシなんですが。

 

 

 昨日の記事にも書いたが、水木しげるの「ゲゲゲの鬼太郎」は母親が唯一、積極的に買ってくれた本だった。情操教育にいいと勘違いしたのか、それとも他の理由があったのか。漫画でも小説でも、ペースというか、テンポがある。世の中で一番テンポが冗長なのは、ドラゴンボールフリーザ編だと思う。年齢から分かると思うが、リアルタイムでジャンプを読んでいた。やたらと進まなかった。

 バキ・ドカ、バリバリバリ。

 フリーザ「やるね」ニヤ

 これで一週間分。フリーザあたりでとうとう根を上げて、ドラゴンボールはほぼ読まなくなった。魔人ブウとか人造人間とか、絵柄は知っているが、物語は知らなかったりする。

 

 

 

 水木しげるはちょうどいいテンポだ。はっきりいって長閑なのである。水木氏は第二次世界大戦中、南方に従軍する。そのときの話を漫画にしているのであるが、それでさえどこか長閑さが漂っているのだ。そして、ベタ塗りを基調とした背景はどこか怪しい。妖怪などを引き立てる装置として作り出されたものだと思う。

 このタッチはなんとなく、田舎者には分かるところがある。田舎でゆったりと育った者が持つテイストだ。田舎には夜よりも暗い闇がある。夜よりも暗いのだ。あの暗さを知っている人間が書くベタが水木しげるの作品にはある。

 今回の「泉鏡花伝」も水木しげる流の図柄、長閑さが入った作品だ。泉鏡花については知っている方も多いだろう。が、一応紹介しておく。泉鏡花は明治6年(一八七三年)金沢に生まれた。父親は加賀象嵌の彫金師であった。後に尾崎紅葉に師事し、作品を発表する。有名作は「高野聖」「草迷宮」などである。

 本作では泉鏡花の人生を追いながら、彼の作品「高野聖」と「黒猫」を水木タッチの作品として書かれている。特に「高野聖」は水木妖怪などが登場して面白い。彼の作品は「浪漫主義」に分類される。「高野聖」などを読むとその理由がよく分かる。確かにロマンチックなのだ。

 この「泉鏡花伝」にある彼の人生もなんともいえず、ロマンチックなのかもしれない。もちろん、水木翁がそのように構築したのかも知れないが。幼少期は母親に溺愛される。だが、幼少期のうちに母親を亡くす。その証拠か、彫金師の父親は後添えをもらうのだが、鏡花は継母に懐かず、離縁となってしまう。潔癖症で恐がりの彼は母親が持参した草双紙にのめり込み、やがて小学校にあがると、三国志水滸伝にはまる。母親を亡くした鏡花はミッション系の小学校に転校する。明治時代の金沢の話である。

 中学校入試には失敗する。ミッション系にいたからか、英語はできたが数学はできなかった。そして今でいうニートになってしまうのだが、一七歳になって一念発起、小説家目指して上京する。上京したことのある人間にはわかるだろうが、大学進学など何もつてのない者が故郷を出るのは結構勇気が要る。なんとなく、優遇された生活をしていた鏡花は自分が成功すると疑わなかったのかもしれない。その後の人生は有名な作家として歩んでいくのだが、なんともいえない、多幸感がある。それらのことを水木しげる調の牧歌的な語り口でやられてしまうと、なんとなく幸福な気分になる。多幸感が得られる一冊だ。是非どうぞ。

 

高野聖 (集英社文庫)

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