池波正太郎をめざして

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明日は明日の風が吹く

今の心境にあわせてブログ名を変更しました。どうぞよろしく。肩の力をさらに抜いてやります。

ピース又吉の小説「火花」と合わせて見ておきたい映画「ボクたちの交換日記」

雑記 映画

 なんかゆっくりしてしまうまさりんです。

 先週は忙しかったのですが、昨日、今日とちょっとゆったりしています。たっぷり寝て、ゆっくりと行動を起こす。本を読み、映画を見る。なんという贅沢な時間。今は「笑う洋楽展」を見ながらこれを書いています。

 

 

 「ボクたちの交換日記」という映画を見た。原作は鈴木おさむ、監督は内村光良である。この二人の名前を見ただけで、ちょっと「うっ」となってしまって、拒否感も出てしまう人もなかにはいるかもしれない。いったん、この名前を忘れて欲しい。もしかすると、テレビ出身だということで一段下の映画であると考える諸氏もあろう。原作があるからか、ウッチャンらしからぬ内容だった。ウッチャンはこれまであまり残酷な設定やシュールな設定をしてこなかったようなイメージがある。今回の映画には冷酷さ、シュールさがある。というものの、救いがないほどの残酷さではないのだが。

 今という時代には、残酷な、冷酷な設定や人間の業というか、負の部分を前面に押し出すような書き口というのは好まれない。なんでラノベが受けるのか、的な内容をブログでお書きになった人もいるが、この辺りが原因だろう。実に現実的で、写実的な文章で冷酷であり残酷な設定の文章を書いてしまうと、それだけで読み手は本を投げ出したい心境になるのだ。ではラノベはどうして平気なのか、「ラノベだって残酷な設定があるよ」という意見もあろう。だが、ゲームと同じ、あくまでフィクション、仮想現実、仮想の世界として読むというお約束がある。現実世界の距離とラノベの世界の距離が通常より遠い気がするのだ。

 ここで一瞬「純文学」という言葉を出そうと考えたが、それはよしたい。よく分からないからだ。純文学を規定するのは書き方の様式であって、取り上げるテーマでジャンル分類がはかられるわけではない。「私文学」というのは存在する。自分のことを書いてしまう、もしくは自分の体験をもとに、話題を挿入して小説を書き上げるものだ。それを「純文学」と呼ぶなら、書き方によってはそうだろう。今思いついたのは、教科書に載ってしまうような文章、というのもある。まあとにかく、「純文学」なんて言葉を相手にしても仕方が無い。ピースの又吉は本当に自分で「純文学を書こう」と思って書いたのか。果たして、あの作品がどうして純文学と呼べるのか。私にはわからない。

 もちろん、漫画でいう背景にあたる、「世界観」の作り込みの甘さや、人物の設定がステレオタイプ(陳腐)である場合、ジャンルがどうのというより、つまらないということはある。あまり読んでないのでこう書いてはいけないが、ラノベは「世界観」がみんな同傾向になる気がする。が、これもミステリーでも、ホラーでもそういうことはあるだろう。どうしても、「動物化するポストモダン」の影響と、書店で見たラノベの表紙がみんな一緒に見えるからそう感じるのかもしれない。これも、小説でも漫画っぽい表紙が流行れば、装丁はそこに飛びつくのであるのだから、他の小説はそうだ。

 なぜこんなことをくだくだ書いているのか、分からなくなってしまった。ああ、そうそう。結局、残酷になり得ない状態であるラノベ内村光良の映画は心地よいので、内村の映画はもっと「好きです」という人間が増えてもいいはずだ。

 今回の北野映画「竜三と七人の子分」は100万人突破だそうだ。アーティスティックな映画より、アウトレイジや今作のような映画の方が心地よいし、受けるのだから。

 さて、「ボクたちの交換日記」の内容を少し紹介しよう。

 

 田中洋平(伊藤淳史)と甲本孝(小出恵介)は「房総スイマーズ」というお笑いコンビを組んでいる。コンビを組んで一〇年、もうすぐ二人は三〇になろうとしている。なかなか芽が出ない二人は、普段からまともな会話もしなくなってしまった。そこで意思の疎通のために甲本は「交換日記」をすることを提案する。始め拒否する田中だが・・・・・・。久美(長澤まさみ)は甲本の彼女で、昼間は薬局で働き、夜はキャバクラで働く。彼女の所に甲本は転がり込む。

 一念発起して二人はコント大会に出場する。甲本と久美の間には子どもができた。甲本はこれが最後のチャンスだと自覚している。

 

 

 とここまでで、話は中盤である。ここからは見ていただこう。

 結構リアルだな、と私が感じた部分を二つ挙げよう。

 一つは、コント大会に出るときの二人のネタだ。田中がネタを作るのであるが、二人の間に起きたことは交換日記で知るのであるが、身の丈に合わせてネタを作ることを提案する。これが功を奏するのである。勝負に出るときは、自分の手札で勝負すべきだ。自分にとって分野外のことを無理矢理やろうとすれば必ず失敗する。田中は良い選択をしたと感じた。

 もう一つは、このあと久美や田中の妻などに最終的に二人は救われる。詳しくは書かないが大会のもっと後の話だ。いやな言い方だが男は女に救われることはある。が逆はないのかもしれない。二人を知る男はたくさんいるが、二人を救ったのは全部女性だった。これが妙にリアルだった。男って冷たいのだろうか。

 

 佐々木蔵之介がテレビ局のディレクター役で出演している。敵役だ。ただ、いるんだろうなという感じだ。コンビの片方だけ買っていて、もう片方を疎ましく思っている。

 日記を交換するのだが、日記における力関係やのめり込み具合が、徐々に変化していくのもとても面白い。ピース又吉の「花火」と合わせて見ておきたい一本だ。

 

 

 

芸人交換日記~イエローハーツの物語~
 

 

 

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