今日の十分日記

今日の十分日記

原点回帰の雑記ブログ。十分で書ける内容をお届けします。十分以上書くときもあるけどね。十分以下もあるし。

第八回「短編小説の集い」に参加します。「ブーケ」の物語。

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 やあ、まさりんです。

 

 相変わらずのギリギリ滑り込み。

 「ブーケ」の話なんですけど、もうすぐジューンブライドなんですね。書き終わってから気付きました。では、ゼロスケ部長、よろしくお願いします。

 

novelcluster.hatenablog.jp

 

「ブーケ」

 

 拝観チケットと一緒に「お抹茶」と書かれた券も購入し、報国寺奥の竹林へと進んだ。報国寺の奥は一面青緑の竹林だ。竹林全体を表現すれば青緑の海という言葉がふさわしい。ただ、一本一本は色に個性がある。萌葱色に鮮やかな一本もあれば、藍鼠にくすんだものもある。生命力を誇示している褐返のものもある。枯れかけているのは岩井茶で、美しい常磐緑のものもある。綺麗に手入れされていて、竹林はまっすぐ林立している。見上げると高さは一〇メートル以上あるだろう。「ふっとい」と竹を両手で掴んでシホは言った。

 『鎌倉をイメージする場所』というオーダーを受けて、ボクとトシが選んだ場所が報国寺だった。竹林の足もとには笹の枯れ葉が敷き詰められていて、とても柔らかそうだ。踏み込めないように防止用の紐が低く張られている。紐は低い棒に結わえられ、紐と紐でできた通り道には四角い敷石がすき間無く詰められている。竹と竹の間を吹き抜ける風は涼やかだ。竹林に覆われて奥が見えないために、好奇心をかき立てられる。三人は誘われるように奥へと進んだ。

 「風になぁりたい、風に、風になりたい」

 とシホが舌足らずに歌い出す。途中から、ボクがハモった。

 「中学の合唱、これだったんだ」

 ボクのだいぶ下から見上げるようにしてニコやかに言う。

 「奇遇だね」ボクもそうだった。それにしても珍しいな、と思った。

 敷石のある細道は途中分岐する。左奥にある「休耕庵」と呼ばれる茶席に向かう。トシは後ろからついてくる。歌声の反響が少ない。竹がすべて吸い込んでしまっているようだ。

 小ぶりな茶店の奥にはカウンターがあり、作務衣を着た女性が三人いた。お抹茶券を渡すと、席で待つように促された。杉の厚い板でできた椅子とテーブルに座る。視界が竹林一色になる。しばし、放心してしまう。

 呼ばれてお抹茶を取りに行く。黒い漆塗りの半月盆の上には、黒い天目型のお椀と懐紙の上には花形の干菓子がふた粒乗っている。各人が盆を持ち、席に戻る。真ん中がシホだ。

 「アタシ不作法だけど許してね」と言われ、『だろうね』という言葉を飲み込む。「みんなそうだよ」とトシが言う。なんだかニヤけてしまう。トシはモテるのだ。高校時代に出会ったこの男は、どんな女にも優しい。育ちの良さを感じさせる。だが、シホは今日初めて出会ったときから、あまり関心がないようだ。女の子(という歳ではない)が気に入らない女子や男を敢てシカトするようにトシを扱っていた。話して欲しければ、なんか貢ぎなさいよ、という女王様の風だ。ボクはその山車にされた。だから、珍しく笑顔で話しているのだ。

 風が吹き、目の前の竹を揺らす。竹と竹がぶつかり合い、カランコロンと軽やかに音を立てる。休耕庵にはボクたち以外の客はいなかった。すぐ近くを車通りの激しい道が走っているが、行き交う車の音がしない。静寂である。さすがのシホも静謐を保とうと沈黙を保ってしまう。

 抹茶を口に含み、苦みを楽しむ。干菓子を口に入れる。口の中で、干菓子がホロリと崩れ、甘みが拡がる。三人ともこの反復に夢中になった。

 やがて初夏の陽気なのに、肌にほんのり寒さを感じる。シホが促して休耕庵を後にした。

 「着想は得られた」とボクが尋ねると、シホは「まだ」と苦笑いをした。

 ボクらは故あって、鎌倉の花、自然を見に来ていた。

 北鎌倉の駅から降り立ち、まずは東慶寺に向かった。駅前には観光客が多数歩いていた。お年寄りと同じ割合で外国人も多かった。話す言葉も色とりどりだ。韓国語・中国語など各地で増加している音も聞くが、加えてスペイン語やドイツ語の音も聞こえた。空にはバカでかい鳶がくるくる飛んでいた。

 前を行く緊張感のある二つの背中に追いつこうと早足になった。二人の後から階段を上る。小さな門をくぐるとすぐ右手に拝観料を徴収する受付があって、お金を払った。「駆け込むよ」いたずらっぽくシホは笑った。駆け込まずとも目的は達せられそうだったが。

 本来東慶寺は季節を問わず、様々な花が咲いていることで有名であるが、今はあまり咲いていない時期であった。梅桜は時期はずれ、菖蒲にはちょっと早い。ツツジが終わりかけで、まばらな花がついていた。受付から少し入ったところに、鐘楼があり、手前にまばらなツツジがあった。その足もとにはポツポツとあじさいが咲いていた。受付から続く板塀の前には、イワガラミが咲いていた。板塀の手前に戻り、さらに先に進む。花というより緑が多く存在した。小道が右に心なしか折れる。その手前に、金仏という仏様があり、小さく黙礼する。二人はそのまま通り過ぎた。金仏をすぎ左手に菖蒲田があり、おばあさんが二人、腰を折って田の手入れをしていた。菖蒲はまだ咲いていなかった。奥まで歩いて行ったが、花はまばらであった。おそらくシホが求めるような花はないだろう。見上げると紅葉の萌葱色が日に透かされてまぶしかった。

 

 東慶寺を後にして、建長寺へ向かって歩いて行った。二車線の車道を行くと全身が汗ばんできた。相変わらず、色々な言葉が飛び交う。建長寺の入り口にはいくつかの観光バスが止まっていた。混んでいたらいやだなと思いながら、門をくぐる。すぐ右手で拝観料を納めた。駅前にいた人たちとは別のドイツ人らしい集団がいて、窓口の女性が「英語のパンフレット要りますか」と聞いていた。要らないだろうと思ったが、EUはみな英語が話せるのか、と思い直した。

 受付からまっすぐいくと、大きな三門が立っている。その手前にはきちっと手入れされた植え込みがあった。東慶寺の木々、花々は自生であるように手入れされていたが、建長寺の植え込みは人工的であった。優劣の問題ではなく、思想の違いであるようだった。両方とも禅寺である。どこが違うというのは説明ができない。

 初めて来たのであろうシホは三門を見て、「すごーい」と驚いていた。三門の前ではツアーであろう、無国籍の外国人の集団が記念撮影をしていた。三門を越えると、巨大な柏榎が数本立っていた。細長い葉をくぐり、木の中に潜り込んでみると、太い幹がうねり、ねじれていた。木皮に縦の筋が入り、ねじれが強調されていた。

 「あ、これ、明恵上人が座ってた樹に似てる」

 とシホが言った。よく知っていたね、とトシが褒めると、鳥獣戯画展に行ったら、これにお坊さんが座ってる絵を見たんだ、とボクに話しかけた。ボクはあまりの子どもっぽさに笑いそうになる。表情を隠すように、拳で口元を押さえた。仏殿で参拝し、その奥の方丈に入る。大きな玄関で下履きを袋に入れ、奥に進む。何十畳もの畳が敷かれているだけの空間があらわれる。座布団ぐらい敷かないそこに豊穣さを感じてしまう。その方丈を囲むように、ぐるりと渡り廊下が通り、時計回りに進む。方丈の六時のあたりには木柵が置かれ、観光客が座禅を組めるようになっていた。白人男性が二人ほど、座禅を組んでいた。

 そこへやってきたシホが、「お前らに禅の何が分かるんじゃ、出てけこのやろう」という裂帛の気迫を送り、白人を追い出した。知識素養共々、その外国人の方があるのかもしれない。代わって、座布団を折って尻に敷き、ボクらが座禅を組んだ。素養のないシホは、予想に反して二〇分ほど、半眼で座り続けた。

 さらに時計回りに行くと、一〇時あたりにお手洗いがあって、その先にちょっとした庭があった。トシがトイレに行った。

 庭に面する廊下には長いすが置いてあり、ボクとシホはそこに座り、庭を眺めながらトシを待った。

 「今日はずいぶんじゃない」空を飛ぶ小鳥の声を遮らない程度の声で言った。

 「だって私には関係ない人だもん。関係のもてない人」。膝を見つめながら言った。

 「座禅組んでるときのキミのほうがよっぽど浮世ばなれしてたぜ」

 「そう。でもわかるでしょ」

 分からないでもない。学校のクラスでも、みんなで飲んでいても、この人とは話したこともないし、接点もないという人はいる。なぜそう思うのか、お互いが嫌いというか無関心だから、としか言えない。だがこうして少人数で行動すれば、いやでも接点は生まれる。その時だけは無視しないというのがマナーだろう。次の日から一切接点がなくなっても。半分しか納得してないというボクの気持ちを悟ったのだろう。

 「だってさ。なんかあの人、私とは関係ない世界で生きている感じがするんだもん。きっとね、友だちにもなれないし、ならない方が幸せになるだろうし、恋人にもなれないし、ずっといても道をすれ違っただけの人みたいな感じしかないんだもん」

 どういう人にそう感じるのかは人それぞれだけど、分からなくはない。

 「座禅しながら考えていたのは、それだけじゃないよね」

 「座禅は空っぽにしなきゃいけないでしょ」

 「そうしようという意思は感じたけど、それは空っぽにできないからだろ」

 「そりゃね、明日のことを考えれば雑念も湧くよ」

 「お前がムチャ言うからだよ」

 明日ボクらは結婚式に出席する。鎌倉へは前日に入った。観光ついでに頼まれごとをこなすために。というより、シホが作った強引な依頼だが。明日結婚するのは、フリーターであるシホと同じ職場で働く先輩女性であった。シホがこんな性格であるから、相手が気に入らない相手なら、上司でも性別問わず揉めてしまう。それを先輩はフォローしてくれた。可愛がってくれた先輩だ。先輩の相手の男性が鎌倉に実家を持つ人で、男性の実家側たってのお願いで、鎌倉で式を挙げることになったのだ。

 結局、相手の実家の言うなりになっている先輩に妙な同情をしてしまい、わがままを言ったのだ。

 「それじゃないよ。それは後悔はしない。というより、私の人生に後悔はない」

 「じゃあ、なんだよ」と言いかけて察しがついて止した。ケンジとの関係に決まっている。「それは悩みなさいよ」とつっけんどんに突き放した。

 「悪い答えが出たら」

 「駆け込みゃ良いじゃない。東慶寺に」

 シホが鼻で笑ったとき、トシが帰ってきた。明日の式にトシは出ない。今は湘南に住んでいて、近いので誘った。帰りは江ノ電で帰るのだと思う。ヒマしているなら会おう、ということになった。

トシが帰ってくると、無視するように立ち上がり、じゃあ行くよ、とそそくさと玄関の方へ帰っていった。

 小声でトシに「申し訳ない。難しい人なんだ」と耳打ちすると、「そうらしいね」といつものように優しく笑った。

 このあと昼食を取ったのだが、何を考えたのか、駅前の不二家のレストランをシホが選んだ。昼食代はまとめてボクが払った。幾分か、他の土地のレストランより高い気がした。

 

 翌日、鶴岡八幡で式は行われた。

 鎌倉駅の方から入ると、本殿の前に舞殿がある。静御前が舞ったことで有名な舞台だ。そこで式は行われた。舞台の上で神官が榊を振り、舞台の脇では笙、篳篥などの雅楽の調べが流れ、厳かに行われる、はずだった。舞台を降りたところで我々は式を見守る。このあと、舞台の前で記念写真を行う。厳かに、と言いたかったが、周囲は修学旅行などの小中学生が集団で大騒ぎをし、すぐ近くの幼稚園から出てきた子どもがかけずりまわり、空気を察しない勤勉な女性小学校教師が、「おしっこ行きたい人はついてきなさい」と必死の形相で児童に呼びかける。まったく落ち着きがない。ボクとケンジは苦笑した。

 披露宴は近くの会館で行われた。新郎新婦は洋装に着替えた。宴が滞りなく終了し、最後会館のロビーで、シホが念願した儀式が行われた。花嫁は、竹に刺した花を持っていた。ブーケのデザインを担当することはシホが押し切ってやったことだ。あまりに手頃の花がなくてよいブーケができなかった。せめて、ということでそれを竹に刺した。デザインしたものを、ケンジと二人で見せてもらったとき、二人とも鼻白んだ。が、シホは満足しているのか高笑いしていた。

 ブーケトスが行われた。他の人間に取らせる気はないと張り切っていたシホは、何を思ったのか「取って」と言って、ボクとケンジの背中を押した。花嫁は花だけを投げれば良いものを竹も一緒に投げた。先を斜めにカットした竹のブーケがボクの眉間あたりに飛んできた。そのあとの記憶はしばらく途切れる。最後に聞こえたのはヤツの高笑いだった。

 ――了――(四九三四文字)

 

書き終えた感想はあとで改めて書きましょう。では。

 

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