池波正太郎をめざして

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明日は明日の風が吹く

今の心境にあわせてブログ名を変更しました。どうぞよろしく。肩の力をさらに抜いてやります。

映画「ソーシャルネットワーク」を見た。朝から疲れたよ。

 じめじめしていて身体がとけそうなまさりんです。

 梅雨ですね。きっとこのじめじめした空気が、若いころの私に雨に濡れながら下校するという暴挙をさせたんでしょうね。今日も出がけに雨が止んでいたので傘を持たずに出かけてしまい、驟雨に濡れながら移動しました。結構気持ちいいですよね。なぜか、帰宅後鼻が詰まり始めましたが。

 今回は映画の感想を書きます。

 

 

 デヴィッド・フィンチャーの「ソーシャルネットワーク」という映画を見たよ。

 以前TSUTAYAで借りて一度見ていたんだけど、今回BSでやっていたのを録画しておいて、今日出かける前に見たよ。朝五時から。目が覚めちゃった。

1,あらすじ

 ハーバード大生のマーク・ザッカーバーグジェシー・アイゼンバーグ)は、その日彼女に振られた。その夜、自分の寮に戻ったマークは、他の寮の名簿にハッキングをかける。それをもとに下らないゲームをインターネット上で行う。「フェイスマッシュ」といって、二人の女子大生の顔を並べて、美醜を比べる。繰り返すことで女子大生の美醜の順位をつけるというサイトを作ったのだ。親友のエドゥアルドにも協力を依頼した。その後、女子大生からは嫌われ、理事会に呼び出される。だが、午前四時にスーパーボール開催中並みのアクセスを稼ぎ出す事に成功する。そして、マークは大学で有名人となる。

 その手腕に注目したのが、ウィンクル兄弟だ。彼らは自分たちの写真と自己紹介を載せたページを作り、友だちになりたい女性に紹介する、いわゆる出会い系のようなものを作るように、マークに依頼する。そのアイディアだけをいただき、マークは「フェイスブック」をひと月あまりで作成する。共同経営者として、エドゥアルドも参画させ、資金提供をさせる。彼は石油で一儲けしていたのだ。

 その後、さらなる事業拡大を目論むなかで、ショーン・パーカー(ジャスティン・ティンバーレイク)と出会う。彼は典型的な山師であった。エドゥアルドとショーンは何かとそりがあわない。性格が正反対なのだ。やがて、二人は反目し合うようになる。

 

2,登場人物の魅力

 マーク・・・・・・マークは思考に遊びがない人物だ。彼女と別れるところから映画は始まる。二人はバーで話しているのだが、いまいち話が噛み合わない。なんというか、ザッカーバーグは率直に何でも言ってしまう。彼女はボストン大学の出身だが、

「(クラブに)入会したらいろんな人に会わせてやる。君とは別世界の人に」

「“君とは別世界の人に会わせる” どういう意味よ」

「君はボストン大学だし・・・・・・、エリートには縁がないと思っただけ」

「勉強が」

「必要ない」

「どうして?」

「どうせボストン大だ」

「レベルが低くて悪かったわね」(劇中より抜粋)

 

なんて、平気で言ってしまう。文面だけ見れば見下しているように思うだろうが、たぶんだが、そんな気はマークにはなく、素直に浮かんだことを言っているだけだと思う。悪びれもなく、そう言ってしまうのだ。

 フェイスブックが成功するのと同時に、マークはいくつかの訴訟案件を抱える。当事者同士のやりとりのなかでも、マークはそのような率直すぎる言動をする。だが、友人の気持ちが分からないわけではない。それは最後に分かることだ。彼女のことも本当に恋している。

 ただ、この率直過ぎる部分と、思考の飛躍が彼を成功させる。振られた腹いせに「フェイスマッシュ」を作成する。彼女を刺すでもなく、復讐に自殺するのでもなく。飛躍しているのだ。この辺りがマークの魅力だ。

 

エドゥアルド・・・・・・マークの親友だが、彼と関わったために「とんだピエロだぜ」な生活を余儀なくされる。すごく真面目なのだ。今は成功してシンガポールに住んでいる。映画のなかでは振り回される、一見すると無能な人物に映ってしまうのだが、実際は本当に優秀な人だろう。彼女も偏執狂的な嫉妬深い女で、しつこく追い回される。踏んだり蹴ったりな役回りだ。

 

ショーン・パーカー・・・・・・彼は悪名高い、「ナップスター」というソフトを作成した人物だ。「ナップスター」は無料で音楽を配信してしまうという、悪魔のソフトだ。業界の風雲児である。それをジャスティン・ティンバーレイクが演じている。ぶっ飛んでいて、カッコイイ。ホリエモンの数千倍カッコイイ。

 

3,おすすめポイント。

 ネットでは成功したいという人がたくさんいる。けれど、成功するということが、どういうことなのかがよく分かっていない人が多い。もちろん私もだが。成功する人っていうのは「成功してやる」って、奮起するわけじゃないんだよね。「おれビッグになるから」と力んで生きているわけじゃない。昔のヤンキーものとか、ずいぶん前の芸人さんの「天下とったる」的な力みはないわけ。普通にしてても、そこに向かって進んでいるんだよね。周囲からは、異常なことに見えるかもしれないけどね。

 たぶん月並みな言葉でこの映画を語れば、「成功。その代償はあまりにも大きかった」とかいうことになるんだろうけど、もっと深いテーマや描写がなされているんだと思う。デヴィッド・フィンチャー自身が成功者なわけで、そこにはデヴィッド・フィンチャーにしか共感し得ない内容も入っているのだろう。私以外の人が見れば、また別の感想が出てくるのだと思う。

 他の人がどこに着目したのかというのを聞いてみたい映画だ。とにかく、ジャスティン・ティンバーレイクの演技だけでも見物だから、見てみたらいいと思うよ。笑えるよ。

 

 

 

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