池波正太郎をめざして

明日は明日の風が吹く

今の心境にあわせてブログ名を変更しました。どうぞよろしく。肩の力をさらに抜いてやります。

欲望をコントロールするのって難しい。テレビで面白い特集をしていました。

 千葉県民の日を満喫しているみなさんこんにちは、まさりんです。

 千葉県民の日といっても、現実的には学生しか関係ないイメージですが。学生として県民の日を迎えると、県民意識が妙に高まりました。だって、休みだもん。今日も多くの若者が街を闊歩していましたよ。

 

 

 今日は家人が休みで、テレビをザッピングしていました。「まれ」に目がとまり、そのまま「あさイチ」を見ました。多くのご家庭でもこの流れでしょう。普段はこういうワイドショー的なものは見ないのですが。ただ、多くの人がこの番組が面白いと思っている理由はよく分かりました。

 「デジタルデトックス」「“つながらない” 生き方」というのが、この日のテーマでした。

デジタルデトックスでは、鎌倉で五時間ほどスマホから解放されるという試みを紹介していました。その時間、静かな寺でボーッと鳥の声を聞いたり、スマホを頼らずに目的地まで辿り着く、などのオリエンテーリング? をしていました。

ただ、これがデジタルに対する依存症が元になっているのであれば、日常生活でこれができなければ意味がないのかもしれない、と感じてしまいました。現に、取材後四人の体験者に連絡を取ると、二人は今まで通りに戻ってしまったようです。

 

昨日、意識的にPCを全く立ち上げず、ブログもほとんどチェックしないですごしました。やっぱり楽なんですよね。自分でそこんところをコントロールをしなければならないと分かっているのですが。

 

次に「“つながらない” 生き方」です。このコーナーでは逆に依存症が行きすぎてしまうとどうなるかを紹介していました。

 朝の時間帯なので、女性視聴者が多いのでしょう。取材を受けていたのはみな女性でした。みな育児期で子どもを抱えながら、LINEやメールで他のママともと頻繁に(という言葉では弱いと感じる頻度で)連絡を取っています。みなが強迫観念に囚われています。「自分だけ社会に遅れているのではないか」、「すぐに連絡を返さないと悪いのではないか」。

 ある女性は涙ながらに言うのです。「こういう自分が嫌いだ」と。子どもよりも、夫よりも、両親よりも、鳴り続けるLINEを気にする日々が自分らしくないと感じているようです。

 そこで、蛭子能収登場! 過剰に繋がらない生活をしているという蛭子にそんな女性たちの相談に乗っていきます。一言で表現すれば、「考えすぎなんじゃない」ということに尽きる答え。たぶんそうなんですよね。昔は、というには、自分の若い頃を飛び越えた話になるのですが、高倉健でもそうですが、なんとなく「孤独で無口」なのがかっこよいとされている時代もありました。それが変化していくのが、たぶん九〇年代でしょう。ポケベルや携帯の登場。インターネットの登場。これらの技術革新と、それらを利用するためのハードを売る企業やNTTが過剰に「つながる」ことが美徳だと喧伝してきたのです。それから人々の意識が変わってきたように思います。みな平均点を狙うようになり、個性的な0点の存在を疑うようになり。個性も「許容範囲」という制限がついたり。あまりいいことではないですね。以前にも書いたのですが、高校くらいからクラスなど「無目的な集団」とは距離を取るようになりました。だから、この「つながる」感覚とかは好きではありません。ちょっと、距離が近いんですよね、一般的な対人関係の距離って。

 スタジオに返ってくると、ちょっとしたディスカッションになりました。どうも、このような感覚は、女性的なものらしいです。女性の心理をついているようです。「みなと同じでいたい」という意識。仲間がSNSでハワイに行ったという内容を見れば、「私もいかなければ」と思ってしまう。有働さんも「学生時代から女性にある感覚だ」とおっしゃっていました。ふうん、そういうものか、と思いました。

 なんとなくですが、2chは男性的な心理を突いているのかもしれません。夢中になっている人間の大半は男だと思います。逆にSNSは女性に合っているのかもしれないと思ってしまいました。

 それにしても、SNS以降の動きって出てきているんですかね。気になるところです。以上、まさりんレポートでした。

 

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