池波正太郎をめざして

明日は明日の風が吹く

今の心境にあわせてブログ名を変更しました。どうぞよろしく。肩の力をさらに抜いてやります。

日記的雑記 今日と昨日

 こんにちは、まさりんです。

 なんとなく、朝晩の暑さの攻勢が弛んでいる気がしません? とはいうものの、冷房が要らなくなるほどではないですが。今日は、この数日やったことを日記的に書いてみましょう。

 

 

八月十五日

 終戦記念日。前日十四日には、総理による「戦後七〇年談話」が発表される。(偉そうだが)まあまあの平均点に仕上がったと思う。よく中韓とかニューヨークタイムズが「直接的謝罪は避けた」的なコメントを出しているが、これは日本語の文章の修辞方法で、直接的な表現で書かないほうが日本語の文章としては美しくなるからそういう書き方をしたのではないかなあ。文句を言うという前提で読んだら、どういう文章でも揚げ足は取れるだろう。

 結局は国外にもメッセージを発しているが、「コメント出ることで国内世論が分断されるのを避けたかったのだろう」という分析が読売新聞に出ていたが、そんなところだろう。

 昼過ぎからどうにもこうにも眠たいので外出して、プラネタリウムの様子を見てきた。去年はNHKの取材が入ったために、チケット争奪合戦が展開されて難儀した。午前中でその日のプラネタリウムのチケットは完売していた。

 そして、去年は大平貴之さん自らの解説入りでプラネタリウムを見た。会場回りを携帯片手にうろつく大平さんも見かけた。普通の中年だった。当たり前か。身長はちょっと低めかな。携帯でやはりtwitterをやっていたのだろうか。すごく熱心に見つめていた。そういえば独身だったと思う。やはり、夢を追ってしまうと、婚期を逃してしまうのか。その辺りはよく分からない。

 今年は結構空いていて、例年通りといった感じになった。

 テレビが次は4Kだと騒いでいるなか、このプラネタリウムは現在12Kである。昨年夏の宇宙博のデモンストレーションの映像が8Kで、「プラネタリウムで見たのは12Kだぜ」となぜか、我がことのように威張っていたことを思い出す。

 あのプラネタリウムは、知っている限りで三代目だと思う。新しい機種が出るたびに、ギミックが凝ったものになっていく。今度のやつは、星空と地上の星として、いろいろな場所の夜景を見ながら、星を求め旅をし、北極ではオーロラを見る。やがて、地球を飛び出し、銀河を飛び出していくという内容だった。人の目で見るより、よっぽどきらびやかな星空だ。まだやったことはないが、双眼鏡で見ると、さらに緻密で綺麗な星が見えるそうだ。

 夜行列車に乗り、飛行機に乗り、そんな場面の動きがどんどんよくなっている。よく考えると、去年とは違うプログラムであった。

 

masarin-m.hatenablog.com

 

 田舎暮らしの自分にとって、星空はとても身近な存在だ。中学生のころは塾の帰りに、長じてからは夜遊びのお供に、必ずといって良いくらい星が見えていた。流星群を見たこともある。真冬に天の川を見たこともある。夜の海の空(これは「短編小説の集い」で書いた)のことも忘れられない。

 そのときの星空と比べても、とても綺麗な星空が写し出される。とても懐かしい気分になる。

 

八月十六日

 昼食で和食料理の店に行った。

この店は、ちょっと高級である。親戚一同が法事などで使うような店である。そういう日には店が団体客で一杯になってしまって、入れなくなる。今日は昼時なのに、まずまずの混み具合で、団体はいなかった。

 通された席に座ると、隣の席にはお父さん、お母さん、二十代半ばくらいの娘さんであった。もうすぐ帰るのだろう。お母さんが独りデザートを食べていた。

 二十代半ばの娘さんは大きな丸い眼鏡(最近はやっているヤツ)をつけていて、ショートカットだった。そして、大きな声で話していた。

 「最近の若い人ってテレフォンカードを知らないじゃない。この前、ネットでね、『テレフォンカードってなに』っていう記事を見つけてね」

この間、0.5秒。

 娘:「黒電話のかけ方がわからないのよね」

 父:「そんなの簡単だよ。押すだけだよ」

 娘:「え、黒電話って押すの。でもさ、FAXが付いている電話だって最近無いでしょかけかたなんてわからないよね」

この間、0.2秒。(『父親タイム』は間引いてます。もしかして、本当にお相撲さんのように電話を押したりして)。

 秒数は体感だ。そのくらい早口なのだ。お父さんとお母さんは普通の速度で話していた。どうして、娘だけが早口なのか理解できなかった。早口で声が大きすぎて、冒頭の話題だけ聞くと、無意識に耳が聞くのを拒否してしまう。なんせ聞き始めると、メニューを選ばなければならないのに、まったくメニューが頭に入ってこない。騒音公害とはこういうものを指すのだろう。意識的に娘の話をシャットアウトしてなんとかメニューを選んだ。そしてはっと気づくと、話し終えた娘さんが、すっと背を伸ばして座っていた。「あ、対局終了なんだ」と思ったら、すかさずお父さんが、「じゃ、帰ろうか」と促し、三人で帰っていった。

 変わりに入ってきた夫婦は四十代前半だった。メニューを決め終わると、夫はガラケー、妻はスマホで、必死にニュースを読んでいた。ひと言も話さなかった。

 

 昔、お好み焼きを食べに行ったら、奇妙なカップルがいた。男は一人で食べに来たとばかりに、ずっと本を読んでいる。女の子はお好み焼きが来れば作るが、いたたまれないといった感じで、私など周囲の人間に笑いかけていた。当然、見ず知らずの人間なので、我々になにができるわけがない。一応、拉致された女の子だと面倒なので、観察して怪しいところがないかと観察した。二十代半ばくらいの二人は、別段怪しい所はなかったので、結局放っておいた。そういうプレイなのだろう。男の泰然とした様子に笑いを堪えるのに必死だった。

 

 二組の家族とも、典型的な現代の家族なのだろう。過度に子ども中心の家族、冷淡な夫婦。良くある話である。娘さんはきっと「私が家族を回している」と妙な錯覚をしているのだと思う。もう独りでも変わらないという夫婦も、やっぱり休日には食事に行くのである。家族というのは面白いものである。

 

ブログランキング・にほんブログ村へ