池波正太郎をめざして

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明日は明日の風が吹く

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夏の課題消化シリーズ5 第153回芥川賞受賞、羽田圭介「スクラップ・アンド・ビルド」を読んだので感想を書くよ。

雑記 読書 芥川賞 デビュー作

 本について語りたがりのまさりんです。

 関東地方はジトジトしています。天気予報ではしばらく涼しいとのことですが、二九度もあるというのは、涼しいことになるんですか。私にはわかりません。

 

 

 さて、今日は又吉直樹氏と一緒に芥川賞を受賞した羽田圭介氏の「スクラップ・アンド・ビルド」について書こうと思います。羽田氏は会社員をやりながら受賞したようですね。今はパソコンがあるので、そういうことができるのでしょう。また専業で小説家というのも難しい時代なので、賢いやり方なのかもしれません。

 羽田さんは(急に「さん」)「綿矢りささんが芥川賞を受賞したときに、先を越されたと思った」と感じたようです。今回も又吉氏の二番手になってしまいました。運命でしょうね。でもね、故立川談志曰く「三番手は一番手になれるけど、二番手はずっと二番手のまま」だそうです。本物は二番手かもしれません。

 

 ◆あらすじ

 親戚中をたらい回しになりながら、長崎から健斗の家にやって来た祖父。身体が肺水腫で入院してから、緩慢に不自由になってきている。医者から与えられた不必要な薬を飲み、柔らかいものしか食べず、「もうじいちゃんは死んだらいい」というのが口癖。もう一つの口癖。それは「じいちゃんは邪魔やけん部屋に戻っちょこうかね」というひと言。テレビを見ていて、ちょっと複雑な展開になると、健斗曰く、脳の処理が追いつかないので、自室に籠もってしまう。

 ある日、健斗は気づく。祖父が言う、「死んだらいい」という言葉を形骸化して聞き流していたのではないか、と。ここでなぜか、健斗は祖父の願いを叶えることを決意する。

 そんな祖父は、苦痛を怖がる人間が楽に三途の川を渡るための唯一の手段ともいえる服薬自殺にも、一度失敗していた。かといって、一度目の緊急入院時に約二ヶ月間利用した、患者を薬漬けにして弱らせる病院へ社会的入院をさせようにも、介護関係の診療報酬が下げられた今は簡単に入院などできないし、できてもすぐに家に帰される。つまり、薬漬けの寝たきりで心身をゆっくり衰弱させた末の死を、プロに頼むこともできないのだ。

 <中略>

 苦痛や恐怖心さえない穏やかな死。

 そんな究極の自発的尊厳死を追い求める老人の手助けが、素人の自分にできるだろうか。

 

 

 妙な決意だ。この決意が話の終盤になっていくと、まるで逆の意味にすり替わる。その部分がこのお話の妙味である。

 一方で、健斗自身も人生の大きな岐路を迎えている。三流大学を出て務めていた、外車のディーラーを辞めて、資格試験勉強をするという仮面浪人をしながら、再就職先を探すというややこしい状態にある。結局健斗と祖父は似ている側面がある。

 健斗には亜美という彼女がいる。DCブランドの店で働いている。定宿にしているラブホが新宿と八王子にあり、そこで二人で過ごすというルーティンなデートをしている、ちょっとマンネリなカップルになっている。

 またある日、身体を鍛えることを決意する。若い頃はスキー部だった二〇代後半の健斗は昔のリズムでジョギングをする。心身が蘇る感覚に虜になった。それからはまるで、「タクシードライバー」の主人公、トラヴィスのように、来たる日に備え、身体を鍛え続ける。

 そんな日々のうち、祖父の不可解な行動を目にする。身体が利かず、杖無しではあるけないはずの祖父が、小動物のようなものすごいスピードで部屋を移動したり、あまり食欲がないようでいて、ピザを食べていたり、デイケアセンターで若い女性介護士の身体をまさぐっていたりした。まるで生に執着しているかのように。戦争で戦闘機「桜花」に乗って、特攻するはずだったというよくきいたエピソードが嘘だと発覚したり、後半になると祖父の怒濤の如く意外な一面が出まくって、二人の関係性は変わっていく。

 

◆健斗という人物

 健斗という人物はちょっと面白い人物です。行動にまったく理由がないのです。おじいさんを安楽に死に向かわせたい、という欲求をまず抱くのですが、これに理由がない。自分はおじいさんの言葉をきちんと受け止めていないのではないか、と思ったというのが理由なのですが、他人を死に導く理由としてはちょっと納得のいかない理由ですよね。またいきなり身体を鍛え始めるのですが、これにもそこに至った理由や葛藤がないのです。

 ただ、自分も含めた現代人というか、これは人間という括りにしてしまっていいのかもしれませんが、きちんとした理由が先にあって、それから行動するというものでもないとも思います。行動にいちいち思想性などを入れてしまう、昭和時代やそこに至る近代化における人間像がいびつなのかもしれません。というか、たぶん行動があって、その後に理由付けがあるのだと思います。その理由に近代人は思想性であったり、複雑なものを乗せるのです。我々現代人は「快」、「不快」などの身体反応になるのだと思います。

 現状に不快になり、いつのまにか走り出すものなのかもしれませんし、いつのまにか止めてしまうものなのかもしれません。「夢」を持つためには、「どうして夢を持つのか」という理由がいるとなると、その上の「どうして夢を持つのか、と考えなければならないのか」という理由が必要になります。切りがありません。それほど、人間というのはあれこれ考えている訳ではありませんから。

 

 余談ですが、昔は(私が言っているのではないですよ)、このような身体反応に応じて行動するのは女性的だといわれていたのです。今はそういう括りは消失しかかっています。男はそれに対応できないのですが、女性はそのままですから、女性の方が今の時代生きやす・・・・・・くもないですね。村上龍が以前言っていました。「今、元気なのは、バカだけだ」

 

 思考でもそういう部分があると思います。

 

 チャンネルを切り換えた先の公共放送で、国民年金不払い増加のニュースが報道された。健斗と同世代である二〇代の実に五割が、国民年金保険料を納付していないのだという。それを健斗は始めて知った。<中略>現在無職の身でありながら、口座引き落としで国民年金保険料も国民健康保険料も、律儀に払い続けている。テレビでは年金システムが破綻し高齢者の生活がままならなくなるおそれがあるという高齢識者の見解が述べられていた。だから将来年金を受給できるかどうかわからない若者も今の年寄りを労るため身銭を切ってちゃんと保険料を納めろということか。途端に健斗は怒りにかられた。今まで衆参両議院選挙や都議会議員選、都知事選といったすべての選挙で真面目に投票してきた健斗だったが、そんなことをしている場合ではなかったと気づいた。投票より、国民年金保険料不払いのほうがよっぽど直接的な作用をおよぼす政治的行為だ。自分は老人や老人的なシステムをただ生かすだけの今の政治に不満を抱いている。

 

 と怒っているのですが、では年金が要らないのか、と言われれば要るのだし、では代わりに何をして欲しいのか、と言えば、別にそういうことは書かれていない。自分が老人にならないのか、と言えばなる。では福祉は必要ないかと言えば必要がある。今年金を整備しなければ将来の自分だって困るはずです。

 作中そんな場面はありませんが、その矛盾を突かれれば、またどこかで聞いたような言い訳のような話をするのでしょう。すべての原因は自身の不遇にあるのですが、その不遇は社会とは関係がないと言えば関係がない。

 どうにも、上滑りしているような感じがします。なにか刺激があると、その刺激の種類に応じて自動的に反応する、代謝のような反応。そこには近代からあるような葛藤、逡巡などがやはり見受けられない。そう思えて仕方がないのです。

 

 その点を、自然と書いていて面白いと思います。

 

◆亜美

 読み終えた直後は、この亜美という彼女がなぜ物語に必要だったのかが分かりませんでした。彼女として当初から存在しているのですが、物語の後半には前触れも何もなく、存在を消します。

 ただ健斗と付き合っているということは、一般的にいう「価値観」みたいな浅いレベルではなく、あっているだとお互いが思える部分が存在するからこそ、二人は付き合っている訳です。そのことが意味を持ってきます。

 たぶん、亜美はおじいさんが長崎からやって来たことでずれてしまったということを示す役割をしているのだと思います。亜美は駅に着いたとき、迷わず障害者用のエレベーターを利用して改札前まで行きます。また、電車のなかでも、老人が立っていようがいまいが、率先して座ります。座れないと損をしたと感じる人物です。

 以前の健斗はたぶん、そういう人物だったという暗示が、亜美という人物の一つの側面です。おじいさんが来てから、日常に介助が必要な人物が存在しているのですから、当然スタンスが変わります。健斗はそれを意識的にかき消しているような記述があります。ですが、その行動にも迷いもあります。

 亜美が表わしているプログラミングの条件が変わった「以前の自分」はもう必要がないと感じているのかもしれません。亜美が途中で消えたのも、合うと思っていた二人の核の部分に変化が起きたからかもしれません。

◆おすすめ

 「スクラップ・アンド・ビルド」の意味は、「老朽化して非効率な工場設備や行政機構を廃棄・廃止して、新しい生産施設・行政機構に置き換えることによって、生産設備・行政機構の集中化、効率化などを実現すること」です。建築用語です。

 一見するとおじいさんを「スクラップ・アンド・ビルド」するように感じてしまいます。しかし、それでは芥川賞は取れません。「スクラップ・アンド・ビルド」するのは二人の関係です。それは物語終盤に突然起こります。読んでほしいのでどう変わるのかは書きません。なんどもリフレインするフレーズの肌触りが突然変化します。そこが個人的には好きな部分です。

 芥川賞の選評委員の評価は・・・・・・はっきり言って、読んでいると又吉中心なんですよね。でも、悪くはないのだと思います。リンクではアマゾンの単行本と文藝春秋を入れておきます。お好きな方を、って普通文藝春秋を買うのかな。

 

スクラップ・アンド・ビルド

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文藝春秋 2015年 09 月号 [雑誌]

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