今日の十分日記

今日の十分日記

原点回帰の雑記ブログ。十分で書ける内容をお届けします。十分以上書くときもあるけどね。十分以下もあるし。

第十一回短編小説の集い 感想集 テーマは祭りでした。

 朝のゴールデンタイムを有効利用しているまさりんです。

 朝起きてから三〇分をそう呼ぶのだそうです。最後のゼロスケさんの作品を拝読している最中に、心地よく眠りの世界に入ってしまいました。だから、起きてカロリーメイトで朝食をとり、とにかく感想を書き上げました。それでは行ってみましょう。

 

 とその前に、これは9月12日に書いています。鬼怒川近辺では台風による大雨で大きな被害が出ています。また他の地域でも同様に苦労されている方もいると思います。お見舞い申し上げます。

novelcluster.hatenablog.jp

 今回の作品群を読むと多くの方が、「喪失感」と「リンゴ飴」を共通のモチーフとして使っていたと思います。「リンゴ飴」は置きます(^_^;) 「喪失感」は面白かった。やはり、いつしか終わってしまう、祭りの宿命からか、喪失感を描こうという気分になるのですね。拙作もちょっとそういうところがあります。その部分も書いてあります。

 その喪失感が著者によって様々な描かれ方をしているというのが、今期の面白さだったと思います。

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「夏祭りでリンゴ飴を買うときのあれこれ」 水城さゆ

 近所の祭りに本当は友人と来るはずだった西崎真奈美は、友人の裏切りにあい、何とも思っていない男(菅直樹)と祭りに行くハメになった。そんな真奈美には実は・・・・・・。

 今回多くの女性参加者がこぞって近所の祭りに行くという設定を使われています。祭りの種類にもよるのかもしれないですが、やはりこういう祭りは女性の晴れ舞台なんだということを、この作品でも感じてしまいました。放っておけばいいのに、菅みたいに好きでない男ならば。男からすると、こういう態度を取られると、「脈がないわけではない」と勘違いするもんです。もう「この人痴漢です」って警察に突き出されたり、完全にシャットアウトしないとだめなんですよ。はっきりと他に好きな人がいるって名前入りで言わないと、だめです。

 この断りかただと、また直樹は来るな、と恋の戦場に散っていった、学生時代の友人の顔を思い出しながら読みました。かわいらしい作品でした。

 この作品は喪失感がないようで、やはり恋人? に会えない気分というのがきちんと裏にあるわけです。その寂しさは菅では代替品にはならないということでしょう。

 

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「夏の幻」 葉月

 きつねでよかった。

 始めは座敷童的なものかなと思っていました。女の子にとっての近所の祭りは、着飾った晴れの舞台であるとすれば、そうか男にとっての祭りは「欲望のはけ口」なんですね。食べ物、金魚すくい、射的、そしてかたぬき。あの暗い物陰で座り込んで懸命にかたぬきをやっていたもんですよね。お金がもらえるんでしたっけ。私はやったことないのでわかりません。

 今ちょっと思ったんですけど、どうしてきつねは人間に自分のことを伝えたのでしょう。女の子が物の怪の類いならば、子どもにしか伝えられないからか。同族に知らせたところで、何もできないからだろうか。ちょっと考えてしまいました。

 きつねの命がなくなっているという意味では、やはり「喪失」があります。「喪失の復旧の依頼」がテーマですからね。

 

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「甘ったるい紅」 ねぎさらさ

 中学生のころの恋は実らないものですよね。好きだって気持ちはあるんだけど、どうしたらいいのか分からな勝った気がします。なんで付き合っている奴って、戸惑いなく動けるんだろう。なんて気になったあの頃。まだ、こういう関係の女子が転校してくれれば良いけれども、同じ高校に行ってしまった日にゃ、大変な騒ぎです。。

 「下を出して飴をぺろりと舐めるのではなく、飴を吸うようになめていた」という部分。実際に好きな子にやられたらたまらない気分になります。あとリップクリームの描写、やっぱりあの唇は色つきだったんだ。我がクラスの女子は、担任が男でよかったね。

 それにしても、ねぎさらささんのこの文章はなんともいえない。昔のことを思い出しているようで、実際にあったあの日、というか実際にあるべきあの日を描いているような気がします。喪失感が非常に強く感じられるんですよね。自分の青春はこうあるべきだったはずなのに。そういう気持ちがそこはかとなく見えます。うがった見方だろうか。

 

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「メロスは道の途中」みどりの小野

 高校時代に大学生と付き合う女子高生って昔からいますけど、どうして女子大生とつきあう男子高生っていないんでしょうね。不思議なもんです。直樹って、女子高生と付き合うというタイプじゃないですよね。やっぱり女子高生と付き合うような大学生ってマメなんですよね。

 直樹は逆のタイプです。釣った魚には餌をやらないと、いったら言い過ぎですが、あまり相手の女の子をかまってやるような男ではない。昔の男なんでしょうね。だからこそ、純粋に相手が好きだともいえる。マメなのは相手を信用していないから、だらしなく甘えているのは、相手を信じているから。(そういっておけば、丸く収まる?)

 ここには既視感があります。「LINE」という文言があるので、最近だと分かりますが、すべてを赤外線通信で送るのではない匂いがしています。紙に書いたIDを想像してしまう。何だか懐かしい匂いがするのです。新聞配達だからかな。そんな過去の感覚があると思います。

 

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「きみのようにはなれない」添島譲

このハシモトさんのそそっかしさったらないです。暗がりだといって、間違えないですよね。また名前が「やまなか」と「やまうち」、「や」というところがいいね。きっと席なんか、出席番号順に並んだら、後ろの方になってしまって、目立たないんだろうね。二人の気持ちもそういう感じです。ハシモトさんが告ってくるくらいだから、クラスの他の連中も知らないんでしょう。

恋愛感情を抜けば、こういう濃密な関係って若いころやってたな。バディなみに近い感じで。だから、ちょっとだけ懐かしい。で、二人で「オンナできねえな」とか、女子を見ると「紹介しろ」とかいってるんだよね。たぶん、お互いがいるから彼女もできないんだけどね。

このあと、ハシモトさんは振られるんだと思う。そして、ハシモトが二人の関係に気づいて・・・・・・。どうなるんだろう。やまうちは認めるだろうけど、やまなかはどうするのか。バディ関係が崩壊するのか、それとももっと距離が近くなるのか。

 

zuisho.hatenadiary.jp

「祭りおじさんと浩介」ズイショ

ズイショさんらしい、踊っているかのような文章です。祭り囃子が聞こえてくる感じがします。ブログでもそうなんですけど、fktackさんとズイショさんは違う感じなんだけど、両方ともはまってしまう魅力がある。そんな魅力が満載の小説です。

「祭りおじさ~ん!」というルフランがとても効いています。ヒョコヒョコ踊っている祭りおじさんが、ちょっとずつ近づいてくる感じがします。こういう人って地域に一人はいますよね。私の地域では工務店のオヤジがいつも「祭りオヤジ」でした。いっつも酔っ払ってて、お調子者で、なんかテンションが高い。息子はどう思っていたか分からないけれども、金持ちだったから放っておいたのかもしれませんね。

浩介も喪失している男の子です。たぶん、祭りおじさんにあっても、何一つ解決しないし、何一つ進展しないですけど。始め、浩介のお父さんが祭りおじさんかもしれないと当たりを付けて読んでいました。違ってて、良かった気がします。

 

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「ラインバッカー」川添

 周りとちょっと意味合いの違う祭りを書いている作品です。

 ・・・・・・なぜ世界の祭りを書かない!? みんなを代表していちおうツッコんでおきます。期待してたと思うぜそれを。あらためて経歴を読んだけど、書けると思いますよ。

今だって、オーストラリアにいるんだからさ、地域の祭りにしたって、こちらと色合いが違うわけでしょ。読みたかったな。もう、ひねりすぎてチャンネル取れちゃったよ。

さて、本作品について。マインドマップが好きでたまに書くんですけど、テーマからブランチと呼ばれる枝を伸ばしていって、その上に思いついたことを埋めていくんです。何も思いつかないときには、ブランチを伸ばしてしまって、それをじっと見ていると、脳はそこに何かを埋めたくなるんだそうです。そういう人間の心理をついている話ですよね。

私の場合、静観して、おっちょこちょいが出てくるのを待つタイプです。必ず特攻していくやつが出てきますからね。

 

kazagurumax.hatenablog.com

「青森にキリストの墓がある説」 Kaz

 以前から、青森にキリストの墓があるというのは知っていて、興味を持っていました。あと徐福の墓ね。徐福は始皇帝に命令されて、子どもをたくさん連れて、蓬莱島を目指して出航していった人です。日本各地に墓がある相です。

 祭りがあるというのも本当なんでしょうかね。調べてませんけど。あったとして、その偽の祭りのお話です。この地域には女の人しかいなくて、男はこうやってたまたまやって来た人間を・・・・・・。ということなのでしょう。

 それにしてもリンゴ飴です。実はリンゴ飴は食べたことがないので、どういう感じが分からないのです。どちらかといえば、バナナチョコの方が好きでした。もっといえば、しょっぱい系の方が好きです。お好み焼き、大阪焼き、焼きそば、フランクフルト・・・・・・。

 それとも、女子にとって、リンゴ飴とはなんかの隠語なんでしょうか。私には分かりません。

 

buntenka.hatenablog.com

「卑劣なるbon祭り」デス気分転換

 昔、昔の盆踊りって、こんな感じだったという話を聞いたことがあります。農閑期に行なわれる祭りなので、みな夜通し踊り狂っていたらしいです。それがその後のディスコになり、クラブになっていったのです。日本の盆踊りはいつのまにか形骸化して、地域の婦人部の方々が着物を着て、上品に踊るものになっていきました。

 本作は、その盆踊りのエネルギーを再び復活させたというお話なのかもしれません。昔、ダンス甲子園ってありましたね。「メロリンQ」です。「LL Brothers」です。「下高井戸オリンピック」というのは、そういう感じのものを想像すれば良いのかな。でも、ゴシックジャズやドープが入るということは・・・・・・、どういうことだ? 東京音頭のゴシックジャズって。音楽は難しいですね。

 ああ、そうか、盆踊りを使った強制移民政策なのか!! しかも優秀な人材で、日本を愛するものを強制敵に移住させる! 彼らは戦力になるはずです。でも死んじゃしょうがないか。家族が残るのでそれでいいのか。

 

chihiron-novel.hatenablog.com

「祭り囃子の外の外」 いわきちひろ

「ぐちぐちしたカップルの物語」。そんな感じは否めません。でも、六年くらい待ってくれる異性は素晴らしい。六年くらいなら待てるのかな。未奈の泣き方がすごいです。顔もぐしゃぐしゃなのが、セリフで想像できますね。私はちょっと引いちゃうかな、そういう泣き方されると。「いや、うれしいのは分かるけどさ」って。でも、それが隆志にとっての未奈の魅力なんでしょう。子どもっぽいというか、純粋というか。行動に性格は表れます。二人の若者らしい純粋さが、彼女の泣き方にも、六年間意地の張り合いというか、待っていたというか、二人の行動によく表れています。

「素直です」って書いてあるだけでは、小説になりません。素直に何かをしないと。そういうなんというか、肝のようなところを押さえている小説だと思いました。

 

hjsmh.hateblo.jp

「やきそばのない祭り」 不じ

 私の田舎では「ドロケイ」だったんですよね。地域によって差があるのかな。それとも、私の田舎の権力に屈さないという反骨精神が、こういうところにも出ているのか。どうでもいいですね。

 健太郎が祭りを彷徨うという行動の書き方が良いと思います。なんというか、ムダがないというか、淀みがないというか、場面の流れも行動に呼応してて良いと思います。案外難しいもんです。想像していることをそのまま原稿に落とすのって。

 確かに薮の奥に何かがあった方がいいですけど、なくてもきちっと成立していると思います。お兄さんがたこ焼きを買ってきてしまうというオチがあるので。私もですが、とにかく丁寧に書くことだと思います。

 それにしても、やきそばがない祭りというのも珍しい。どうしてなかったんでしょうね。ああいうのって、担当と場所って、事前に割っていると思うのですが、急に出店を止めたんですかね。型抜きの隠微な世界がきちんと描写されててよかったです。

 

nerumae.hateblo.jp

「欠損」卯野

 このお話も、チンピラの指は喪失しています。なにかチンピラはヘマをしたのだと思います。ただ、精巧な指の描写から判断すると、それは結構前の話なのでしょう。ボクが十歳くらい。もしかすると、四〇前後くらいの年齢かな。

 それも、ヘマをしたのを取戻せずに、屋台などのカスリを管理させられている。その憤懣もあるのだと思います。なんとなく、指をみせた男は自分とは違い成功しているオンナの息子を、面白半分で脅してみようという気持ちがあるのでしょう。

 男のもくろみは失敗します。そして、それが性的な興奮とつながる。それが尾を引いて、重大な事件を起こすわけでもない。なんとも不思議な話です。

 個人的な感想ですが、なんとも冷たい感じがする文章だと思いました。「祭り」というテーマとはまるで逆の。それが面白いと思います。

 

masarin-m.hatenablog.com

「九月一日」 まさりん

拙作。

一応振り返ったので、リンクを張っておきましょう。

自作を振り返ります。第十一回短編小説の集い「九月一日」です。 - 池波正太郎をめざして

 

「邦題:未

roland29.hatenablog.com

定 現代:for your eyes closed 著者:Yukie B.bartlemy 翻訳者:不明 発表年:2011年2月」 Yukie B.bartlemy

読む前には2011年2月というのが、東日本大震災の前月ということで、なにか引っかかってくるのかなと思ったんですけど、震災ではなく、リーマンショックから二年なんですね。それは作品の内容に関わってきます。

 一読すると、結子(先妻)に同情が行く書き方になっていますが、冷静に考えれば同情の余地はない。株で儲けて遊び呆けて、というこの作品の二年前、いやもう少し前か、にいたヒルズ族的な感じに描かれています。家庭を顧みない行動は、おそらく家裁での調停でも問題になったのでしょう。「親権、監察権」などの文言から裁判か、代理人同士の話し合いがあったのだろうと推測できます。

 同時に大輔が非情であるように感じさせます。大輔がもし自身の友人で、上の状況であり、「他に好きな女ができたんだ」と言われたら、「しょうがないよね」と答えていると思います。だって、そこまで家庭を顧みないで、文句を言われる筋合いはないです。

 未華にとっては、むしろ結子に優羽を連れて行って貰った方が好都合だったのだと思います。おそらく今後子どもができた場合、必然的に優羽は邪魔になるわけですから。読むと「ひでえ、このオンナ」という感想を持ってしまいますが、彼女なりに努力をしているわけだしね。逆に未華に同情させる書き方もできるよね。だって、かいがいしく優羽の世話をして、情も感じてて(「愛着が」と書かれている)、それでもやはり生みの親がおいしい所をもっていってしまうという書き方をすれば、逆に解釈することも可能です。

 優羽だって、それだけ世話をしてもらっているのに、懐かないというのは、酷い子どもだとも言える。大体、「生みの親より育ての親」と相場が決まっています。そりゃそうです。日々世話をして貰っておいて、感謝しないなんて。子どもだから言わないけど。

 正解がいないのです。ただ、人生なんてそんなものだとも言えます。人物が微妙なバランスで存在しているのはすごいです。書き慣れてくるとすごい作品を書くかもしれませんね。是非、書き続けて欲しいと思います。

 

nogreenplace.hateblo.jp

「祭り囃子が聞こえていた」 虚無透

 というわけで、最後ははてな文芸部部長、ゼロスケさんです。

「卑劣なるbon祭り」でも書いたのですが、盆踊りというのは昔はみなトランス状態になって踊っていたものらしいです。早苗が経験した盆踊りというのは、そういう時代のものだと思います。というのも、トランス状態が解けたときに、周囲に流れていた曲と踊りの様子は最近の婦人会のみなさんが中心に穏やかに、たおやかに、踊られている盆踊りなわけで、あれでトランスはできない。もっと、囃したてる打楽器も盛大な感じが“トランス盆踊り”には感じますね。それにあわせて踊っているうちに、早苗の思考が溶けていっている様子が面白い作品でした。

 さらにいえば、盆踊りは時宗のお祭りでした。時宗は一遍僧正の時宗です。踊り念仏ですね。司馬遼太郎「箱根の坂」では、その様子が描かれています。京都の河原に掘っ立てられた櫓の上には時宗の坊さんがたくさん乗り、念仏を唱える。それを櫓の周りにいる人々が見つめる。もしかしたら踊っているかな。お経って節回しが気持ちいいですからね。つまり、さらに時代をさかのぼれば、盆踊りは死人の供養のためにあるもの。

 だから、トランス後には少女も消えている。「お姉ちゃんのようになりたかった」つまり、死んでいるからなれなかった、ということです。

 両者が入り交じったものになっていました。そういえば、時宗の坊さんがかっこいいって、話題になってたな。ふうむ。部長は宗教や民俗学がお好きですかね。ショートなお話のなかに、テクニカルに様々な要素がぶち込んであって面白い作品ですね。

 では感想集これまでとしましょう。ありがとうございました。

 

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