今日の十分日記

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原点回帰の雑記ブログ。十分で書ける内容をお届けします。十分以上書くときもあるけどね。十分以下もあるし。

久しぶりに「戦メリ」みたよ。朝から。ブルーだよ。

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Merry Christmas Mr. Lawrence - The Criterion Collection (戦場のメリークリスマス クライテリオン版 Blu-ray 北米版)

 雨がうっとうしいまさりんです。

 急激に秋の様相を呈してきました。でも、私が十代のころにはこれが当たり前だったんですよね。九〇年代の後半から、馬鹿馬鹿しいほど高い気温の秋が続いたのですが。今日は映画の感想です。

 

 

 雨の木曜日、朝早く起きてしまったので、録り溜めてあったHDDの映画から、戦場のメリークリスマスを見てしまいました。雨が降っているだけでも憂鬱なのに、テーマがメランコリックな作品で、ため息しか出ませんでした。

 簡単に映画を紹介すると、「戦場のメリークリスマス」は、1983年に公開された映画です。監督は大島渚です。ビートたけしが出ているということで、撮影中のエピソードに事欠かない作品です。当時のパンフレットが家にあると思うのですが、探すのが困難なので、割愛します。ゲタゲタ笑ってしまう内容で、作品のテイストと全然違ってました。

 デビッドボイが出演しているのですが、控え中は自室から全く出てこなかったそうです。また、坂本龍一ビートたけしは、あまり役者の経験がない時期で、「怒らない」というのが出演の条件だったというのは有名な話です。大島渚はすぐ怒ること、しかも激烈に怒ることで有名でした。しかし、約束があるので直接怒るわけにも行きません。坂本龍一はセリフを全く覚えてこなかったらしく、大島渚は坂本を怒る矛先を途中から相手役に変えて怒ったそうです。「お前の演技が悪いから、坂本がセリフを覚えられないじゃないか」と支離滅裂な怒り方をしたそうです。

 カンヌの最優秀賞の最有力候補だったのですが、のがします。坂本龍一のテーマ曲は英国のアカデミー賞を受賞します。

 

1,あらすじ

 ときは1943年、南洋のジャワ島にあった、外国人捕虜の収容施設。ここを仕切っているは、ヨノイ大尉(坂本龍一)です。実際に処理をしているのは、ハラ軍曹(ビートたけし)です。ある日、朝鮮軍属のカネモトが、オランダ兵デ・ヨンを犯します。それをハラは切腹として処理します。その様子を日本語を解するということで、証人として連れてこられたのが、ローレンス中佐でした。このできごとから、ハラとローレンスは友好を深めていきます。

 そんな収容所に、イギリス人少佐のジャック・セリアズが捕虜としてやってきます。なぜかヨノイ大尉はジャック・セリアズ(デビッド・ボウイ)がやってきます。セリアズは、弁護士もいない不当な裁判で、銃殺刑になりそうになったところをヨノイに助けられたのだと思います。はっきりとはそう描かれていないのですが、たぶんそうです。銃殺のシーンがあるのですが、なぜか失敗してヨノイが後ろから登場するという、「なに?」というシーンがあるのです。

 ハラとローレンス、ヨノイとセリアズの二組の人間関係がどのように展開していくかというのが、この映画の基本的な流れです。

 あと、カネモトと、オランダ兵デ・ヨンは、結局愛し合っていました。このシーンが入ることで、なんだかセリアズやローレンスは、このあとどんな扱いをされてしまうのか、とちょっと嫌な感じがします。結局そういうことはないんですけどね。

 

2,登場人物

 ハラ(ビートたけし

 一般的な日本人像です。いわゆる、日本の一般大衆です。教養があまりなく、流れに身を任せて生きています。ヨノイ曰く、「ハラに任せておけば、うまくやってくれる」という人物です。たとえば先のカネモトも、不祥事を起こしたわけですが、うまく家族が恩給を受け取れるように「戦死」として取りはからってくれます。バランス感覚に優れているといえば、そうなのですが、あまり自己がないタイプです。

 戦後も引き続き、このタイプの人間を育てるのが教育だったりします。バランス感覚に優れ、トップの汚い部分を引き受けるタイプ。日本におけるトップとは社会人になる段階で、なれるかどうかは決定していて、ハラのようなタイプは絶対になれません。戦後には一転して英語を学んでいるというのも一般的な日本人のタイプである証拠でしょう。 

 

 ローレンス

 ハラと同じように、よくいえば柔軟な人物です。日本で生活した経験があるらしく、日本語を解することから、ハラと友好を深めていきます。

 なんとなくですが、ローレンスもどこか、英国的な意識とは距離がある人物で、セリアズや俘虜長が英国的な誇りにまみれているのとは対称的です。だから、ハラと友好を深めていったような気がします。

 それがよく現われているのが死生観で、どこかでセリアズは誇りをもって死ぬということを受け入れています。傷病兵も含めて、全員捕虜を連れて飛行場建設現場に連れて行かれるのですが、その待遇に怒った俘虜長にも、「お前は日本人をよく分かっていると言うけれども、オレだったらハラキリしている」と言われます。それでも、生きるということに執着している部分が他の英国人兵とは違います。

 

 ヨノイ

 描かれ方としては、戦中のエリート将校として描かれています。2・26事件のときには満州にいて、「死にそびれた」と思っています。

 絵に描いた、日本的な武士道や死生観を背負った軍人です。冒頭で、「精神家」と紹介されます。始め「精神科」と紹介されているのだと思って、以前見たことがある映画であるのにかかわらず、「カウンセリングのシーンがあったか」と思ってしまいました。日本人から見ても、精神的に潔癖宇田ということでしょう。ただ、きれいに生きるために、汚い部分はハラに背負わせていることへの違和感はない。

 セリアズのなかに自分と同じような精神性を感じ、彼を救います。ただ、救った後に、何をしようと思っていたのかはよく分かりません。セリアズが死にそうになったときに髪を切り取って、神社に納めたようです。たぶん、セリアズはクリスチャンなので、それは迷惑だったでしょう。靖国に対する批判かな?

 セリアズ

 パブリックスクール出身です。つまり、(日本の公立学校とは違い)英国に対する信頼や誇り、逆転して階級意識、差別意識が強く持っています。若いころ、弟を裏切ったという思いを強く持っています。そのせいで弟とはわかり合えず、その意識を薄めるために軍隊に入ったと述懐します。

 カネモトが切腹し、デ・ヨンが舌をかみ切って自死します。同時にヨノイに「行」をするように言われます。死を弔うために断食を皆で行なうという行為ですが、自分たちの宗教や文化慣習と違うから反発したのか、弔い用の赤い花をセリアズは摘んできて、それを食べるように周囲に指示します。つまり、ヨノイの行為に反発しているわけです。セリアズはヨノイに救われているのですが、「受け入れられないものは受け入れられない」と、反抗も辞さないという誇り高さも持っているのです。

 

3,第二次世界大戦とはなんなのか。

 物質的な分析は様々あるでしょう。ここで描かれている戦争の精神的な構図は、「ハラ&ローレンス」、「ヨノイ&セリアズ」の二つが象徴している気がします。当たり前ですよね。一般市民にとって、戦争はない方がよいに決まっています。

 前者は深くわかり合えて、後者が物別れになっています。前者の関係は戦争にならなければ表出せず、後者の関係は戦争になる前、正義とか大義という仮面を被るのです。

 これは今の国と国の様相にも当てはまります。「安保法案」が成立しましたが、「ハラ&ローレンス」の関係を深められれば、この法案を行使せずに済むのですが。「ハラ&ローレンス」の関係は、いわゆる友人関係で、これは直接的な接触がないと深まらないのかもしれません。ネットはその役割はできていないように感じます。

 

戦場のメリー・クリスマス

戦場のメリー・クリスマス

 

 

 

 

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