今日の十分日記

今日の十分日記

原点回帰の雑記ブログ。十分で書ける内容をお届けします。十分以上書くときもあるけどね。十分以下もあるし。

「ソナチネ」を見ました。人間性の回復の物語。とてもおもしろかった。

 

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 ほっこりまさりんです。

 外は寒い晩秋の雨です。部屋のなかは暖かいです。独りでいるとなんとなくそら寒い。そんな一日になりそうです。今回の短編小説は少々低調ですね。もっとも一月に一回、コンスタントに短編小説を書き続けるというのは、大変な作業です。私が変わっているんですよね。文字数は五〇〇〇字以内ですが、短くてもかまわないと思います。これを見ている人はどしどし参加してください。年末にかけてもしかすると、もっと参加者が少なくなるかもしれません。逆に考えれば、それだけみなさんに丁寧に読んでもらえるチャンスかもしれません。雨の日はポイント三倍です。ふるってご参加を!

 

 

ソナチネの意味

 先週はちょっと忙しかったのですが、それがやっと抜けた土曜日辺りから、再び映画を見始めました。そんななかから感想を書こうと思います。まずは、北野武監督の作品「ソナチネ」です。「ソナチネ」というのはクラシック音楽の様式で、短いソナタのことを指します。いろいろな作曲家の「ソナチネ」があり、どれを想起しているのかは不明です。ここでは「ラヴェルの「ピアノのためのソナチネ」を参考に上げておきます。

 

 途中沖縄の夜の海で遊ぶシーンがあるのですが、そのシーンにぴったりな感じがします。簡単にあらすじを紹介します。

あらすじ 

 村川(ビートたけし)は北川組傘下、村川組の組長である。北川組傘下では実入りの良い縄張りを持っているのだが、これは以前北海道において、村川組が犠牲を出してまで北川組に貢献したからだ。北側組の、特に北側組幹部の高橋(矢島健一)はつぎは沖縄で、村川組が貢献することを願っている。高橋が言うには、「沖縄に行けば、すぐに手打ちだろう」。

 村川は高橋の言うことに裏があるとかぎ取りながらも、村川は沖縄行きに同意する。ただし、高橋のことはトイレでボコボコにする。

 村川は、村川組のケン(寺島進)、片桐(大杉漣)などを引き連れて沖縄に行く。むこうでは加勢の中松組の上地(渡辺哲)、良二(勝村政信)に迎えられるが、やはり敵対組は抗争する気満々だった。突然の襲撃を凌ぎきった村川一行は沖縄の海辺の古民家に滞在し、機を伺う。

 

 

 というのが内容です。

前半の怖さ、後半の美しさ

 全体の構成の特徴は前半と後半のギャップです。

 前半は東京でのやくざの活動です。ピリピリした空気のなかで人物たちは生活しています。見ていて、若いころを思い出しました。私が生まれ育った房総半島の太平洋側の街もそんな空気を持っていました。今は知りません。ひりひりするような緊張感がありました。もう、街に出るというのはワクワクするのと同時に、憂鬱な作業です。特に服を買うときなど、小金を持っているときはなおさら憂鬱です。なぜなら、いつ絡まれるかわからないからです。八〇年代後半、九〇年代前半の十代は、みな一度はそういう経験をしていたでしょう。ぱっと思い出したのは、駅前にいたヤンキーの話です。自転車に乗っていると、「兄ちゃん、ちょっと乗っけてって」と声をかけ、勝手に自転車の荷台に乗ります。そして人気のない所に誘導して、乗車賃を取ります。もちろん、乗った方が取るのです。逆らえば殴られます。

 もしかすると、街で中学生が十人単位でつるんでいる光景を見たことがあるかもしれません。あれはカツアゲをさけるためだと思います。そうしないと危ないのです。本当に小金目当てに十人近くで包囲するのです。日常的に売られる喧嘩は買わなければならないし、結構憂鬱でした。平和主義ですからね、私は。

 そんな暴力的な雰囲気が随所に見られます。後半と比較すると、前半は役者の動きや話し方までぎくしゃくしています。

後半がいいんだよなあ。

 一転して、後半のテーマを私は「人間性の回復」であるように推測します。面白いのはそれはバカほど早く起こる。一番人間性が早く回復したのは、村川組のペーペーの組員です。森下能幸です。村川に同行する若手として登場するのですが、「こんな奴ら連れて行っても意味がない」と他の組員に煽られ、いきなり煽った組員の腹を刺してしまいます。ところが、次の沖縄に着いた直後、マイクロバスで移動する車内では、隣の自分が腹を刺した組員に「アイス食べます?」ととてもニコヤカに聞きます。「腹が痛いんでいらない」と返されて、「そうですよねぇ」といかにも人が良さそうな返事をします。明らかに変化しているのです。

 同じように他の組員も、沖縄の空気や中松組の人々の人間性に触れたからか、笑顔が増えていくのです。映画のなかでは良二(勝村)とケン(寺島)の掛け合いが漫才のようで面白いのですが、これも良二からしつこく話しかけられて、成立していきます。成立していく過程でやはり口調や仕草などが自然な物に変化していっているのです。たぶんですが、これは計算なのだと思います。

 最終的には、一番の強面である片桐まで一時はコミカルなアロハシャツを着てます。笑顔は微妙です。片桐は最後まで人間性の逆、非人間性を維持しています。

 しかし、最後は東京から追いかけてきた暴力性、残虐性、などの「非人間性」に追いつかれます。極道にとって、人間性を持つということは「甘くなる」のと同義なのでしょう。

 

 そして全編を通して、死者に対する扱いが礼法にかなっておらず、粗雑な印象を受けます。前半ではそれは極道故の無慈悲という表現なのですが、後半になるとそれは人間性を通り越して、動物的な位置にまで昇華(だと私は思います)しています。この点のしかけも面白かった。

実際のたけしとのシンクロ 

 また村川は前半の東京のシーンでも、「もう疲れたよ、辞めたいな」と漏らしたり、沖縄でも随所で自死をほのめかすシーンがあります。たぶん、映画の公開が九十三年、例のバイク事故が九十四年、もしかすると自滅願望があったのかもしれないと思うのです。こういう節々に北野武のフィルターを通した設定などが色濃く出る所が、他の芸人監督と違う所かなあ、と勝手に考えました。

 

 とにかく、沖縄の古民家に滞在しているときのシーンがとても気持ちよいのです。Wikipediaによると、北野監督はこの作品でいったん映画は辞めようとも考えていたらしく、「撮りたいモノを撮った」らしいです。とくに強く疲労を感じている人に、このシーンだけでも見て欲しいと思います。

 

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