池波正太郎をめざして

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明日は明日の風が吹く

今の心境にあわせてブログ名を変更しました。どうぞよろしく。肩の力をさらに抜いてやります。

スーパーが潰れるよ。困ったね。

雑記 エッセイ

 

 結局寒かったね、まさりんです。

 今日の南関東は予報ではもっと暖かくなる予定でした。もっとも昨日に比べれば暖かいのですが。

 

 カーテンを変えた。量販店で五〇〇〇円足らずで購入した。もっとカーテンは高いものなのだという刷り込みがなぜかあって、カーテン購入をためらっていた。これなら、年に一度は変えても良いな。

目の前に下がっているこのカーテンの色を何と表現すれば良いのか。「サーモンピンク」と言えば良いのだろうか。桜色にもう少し生きる気力を加えた色。その色を基調に、葉っぱの紋様が蔓と一緒に描かれている。葉っぱの色は白だ。そうか、これは染められたのではなくて縫い込まれたものだ。

 手縫いのマフラー、セーターは基本的に嫌いだ。念がこめられているからだ。大学受験をやっていたころ、叔母から手縫いのどてら? をいただいた。たいそう暖かいものだった。勉強をするとき、暖房をかけるのが好きではない。頭がぼうっとするからだ。だから、着込んで勉強をしていた。別に運動をするわけでは無いので、厚着をして動きが悪くなるのはかまわない。その頃に重宝した手縫いのどてらに対しては嫌な感情を持たなかった。念の中身がわかったからだろう。応援してくれている、という思いが素直に伝わったのだ。私も素直に着させていただいた。

 目の前に下がっているカーテンはもちろん、人力で作ったものではないだろう。織るのにかけられている熱量が違う。機械性のカーテンの方が、熱量が少ない気がする。だから、念を感じないのだろう。

 

 近所のスーパーが来年の正月で閉まる。入っている建物自体の耐震構造工事の都合らしい。横浜の基礎工事の偽装の件で聞いたことであるが、結局最終的に大地震が来ない限り、今住んでいる建物が耐震構造的に正しいものかどうかはわからないらしい。我々の国は、戦後五〇年くらい、巨大地震には見舞われないで済んだ。幸福なことだが、戦争をした後に新装開店した国なので、それは感覚に決定的な感覚を植え付けてしまう。

 東日本大震災が起こり、東北各県ほどではないが、この辺りにも混乱があり、それが復旧に向かったときに一番最初に浮かんだ言葉が「諸行無常」だ。おごれるものだって、そうでないものだって、根こそぎやられるような災害が起こることがあるのだ。地震がなかったこと、そして建物が頑丈になって、台風にやられない、火事で街全体が焼失するような自体にならない、そのようになったことは日本人の精神に大きな影響を与えていたのだということが身に染みてわかった。基本的には災害から守られるのはよいことだ。だが、全ての災害から逃げられるというのは、人知の及ぶ範囲ではなかったのだ。それを忘れてしまっていた。だから、原発にせよ、「絶対に安全だ」という蒙昧無知な言い分ができたのだと思う。

 ちなみにだが、平家物語が成立したころは、もっと人の死が身近であって、(どこだっけ?)鴨川だったか、河原には白骨死体が散乱していた。その様を見ていて、そう感じたのだと思う。ただ、その死の根っこにはやはり、旱魃や地震などの災害があったのだろう。

 

そのスーパーは、地震のあとに、時短操業をした。夕方の数時間とか、昼間数時間とかしか開かなかった。明らかに物資が足りなかった。もちろん、東北ほどではないよ。店内にいる人びとはいらだちを隠さなかった。五〇過ぎの中年婦人や、六〇、七〇の老人は店内で店員と小競り合いになった。店員に当たっていて、店長などは涙ぐんでいた。

 

もちろん、そこが閉まっては困ってしまうのだが、それでよかったかもしれ無いとも思う。

それがどういう人間かはわからないのだが、男女問わず、クレームが非常に多く、しかも辛辣だったからだ。クレームは専用の用紙に書くようになっていて、店の入り口の掲示板に張り出された。細かなミスは名指しで叩き、要望は通って当たり前という感じで書いていた。ほとんどが判別するのに苦労するようななぐり書きであった。クレームには丁寧にどう対処するというコメントがつけられた。

「この前ここで書いたものだが、まだ理解していないようだね」というような感じで、厳しい物言いで、最後同じ人間がクレームをつけることもあった。なぐり書きはさらにひどい字になった。念が籠もりすぎていて、読んでいて嫌な気持ちになった。

そうすると、あまりのことに耐えかねた、心ある客がクレームに対抗するようになった。「店員の〇〇さんのファンです。いつもニコやかに対応してくれてありがとうございます」とファンメッセージが入るようになったのだ。

ネットでもそうだが、匿名で人を叩くような人間は気の弱い人間だろうよ。だって、文句があるなら直接言えば良いのだから。言えないのなら、墓場まで持っていけばいい。とにかくそういう人間だから、空気を読んで、そういうクレームは激減した。ジュリアーニが以前ニューヨークを環境的にきれいにして、犯罪を減らしたように、環境がよくすることは大切なのだろう。だが、その過程で、レジなど直接客に対応する場所から、若い女性の店員はいなくなった。みな中高年の女性か男性になった。しかもコミュニケーション能力が高い人間だけになった。

つまり、民度が低い地域なのである。こういう地域で経営するのは苦労する。しかも、なんだかああいう目に遭いやすい店だったのかもしれない。撤退するのはよかったのだろう。すごく困るけど。

 建物自体の耐震工事が終わるのがいつなのかも、その後その建物をどういう風に使っていくのか、商業施設になるのかもよく分からないらしい。また入るのかと聞いても、「いやわからないんですよね」と言われてしまう。逆にそういう、根本的な工事が必要な建物を使っていたのだと考え、ちょっとぞっとしてしまった。やはり、最終的には事が起こらないと、真価はわからないということだ。だから、いつでも「危機感」は持たなければならないのだろう。

 

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