池波正太郎をめざして

明日は明日の風が吹く

今の心境にあわせてブログ名を変更しました。どうぞよろしく。肩の力をさらに抜いてやります。

第十五回短編小説の集いに参加します。「private eyes」です。テーマは過去です。

 

 こんばんは。まさりんです。

 今回も「短編小説の集い」に参加しますよ。

 いつもいつも遅くて申し訳ありません。主催者様よろしくお願いします。

 

novelcluster.hatenablog.jp

 

「private eyes」

 「なに!?」

 飲みかけのアイスティーのストローをくわえたままそう言った。ここはバイト先であるロックカフェ「back in black」の従業員控え室である。更衣室も兼ねている。部屋は結構なスペースである。壁際には二メートル弱の簡易ロッカーが立ち並ぶ。部屋の中央には食事ができるような長いテーブルが置いてある。六人は座れる。テーブルの窓際の席は暗黙で“ボス席”となっていて、シホがそこに座っている。

 「何人目だ」とシホは眉根を顰めながら聞くと、

 「二人目です」リョウが答える。

シホの位置からは部屋が見渡せる。テーブルの左脇にはリョウ、ハル。右側にはミホ、アヤ、サチが座っている。シホの背後の大きな窓には駅前の高層ビル群が見える。今は昼下がりの休憩時間、冬なのでもう数十分くらいすれば、街は夕暮れに染まり始めるはずだ。

 「説明して」とミホに聞いた。ミホは妙に肝と目が据わっている女だ。

 「ココミがヤツらにはめられたみたいです」

 ミホの説明を聞いて、全員が凍り付いた。み全員カーキ色のエプロンワンピースを着ている。上には黒のポロシャツだ。両方とも店のオリジナルグッズでポロシャツの胸元には店のロゴが入っている。

 店の中は二つに割れていた。ふたつの派閥が競い合っていた。一つはイセシホ率いるシホ派。もう一つはヨシオカケイ率いるケイ派である。派閥はこの店の場合プラスに働いている。互いの負けん気が相乗効果を生み、売り上げが他の追随を許さなかった。みな、友人知人から始まって、街頭で呼び込み、そしてSNSを積極的に利用した営業をかけ客を集めた。

 経営陣はよく分かっていて、二派のシフトを決して混ぜなかった。二派にはフェアに行くという暗黙のルールがあった。いずれシホとケイは各々の派を率いて、店を任されるはずだった。

 「どうやって刺された」

 「男です」

 ココミという女は男に妙な幻想を抱いていた。自分をどこか知らない世界に連れて行ってくれると思っているのだ。そんな男は漫画のなかにもいない。どうしてそう思うのか、シホにも分からない。シホ派のいいところで皆が適度な距離を保っていた。

 ココミはすぐに男の甘言に乗ってしまうところがあった。

 「客と親密になったところを店長にリークされたそうです」

 何トラップ? 一人目のチエのときとは状況が違った。チエは細かいミスで揚げ足をとられた。なぜか店長が敵方につき、解雇まで行ってしまった。

 派閥同士の競い合いにもシホ自身は冷淡であった。実はSNSうんぬんもよく分からない。だが、二人もやられたとあれば話は別だ。寝覚めが悪い話だ。だいたい、派閥の競い合いも、こういう潰し合いをしないから成立するのであって、それを反故にすればすべてが瓦解に向かう。それは誰も望んでいない。でも、どうして。

 ストローをくわえ、腕組みしたまま、シホは小首をかしげた。全員シホが何かを指示してくれるのを待っていた。が、シホにとって一番根幹にある謎が解けないことには動きようがなかった。状況はすべて分かるが。ただ、それはケイの心の底にまで、手を突っ込んでみなければ分からないような気がした。

 更衣室兼控え室のドアがあいて、店長が覗き込み、「そろそろ開けてもいいでしょうか」とシホに向かっていった。だいたい、このもやしチキン野郎が、何言われてもすっとぼければ、何も起こらないのだ。シホをのぞく五人がみなもやしチキン店長をにらみつけた。シホは笑ってしまった。

 「ウーイ。お仕事しまぁす」低い声で言いながら立ち上がった。

 

 「だからね、ケイのことを探ってほしいの」

 数日後の夜、カレシであるケンジの家にボクらはいた。いつも皆でいる洋間である。一人がけの赤いソファにはボク、三人掛けにはケンジとシホが座っていた。シホはカレシとその小学生からの親友であるボクに話した。なんでボクなの。

 「ケンジにやらせればいいじゃない」

 当然の反論だ。

 「自分の男に危ない橋を渡らせられないじゃない」

 「ぼかぁ、おまえの男の親友だぞ」

 と言うと、ボクを指さして大爆笑した。どうして。

 「だいたい今分かってる状況だけでも、なんとかなるじゃないか。それ以上深く調べる仕事はそれこそ探偵でも雇えよ。負けそうになって苦しまぎれでやったんだよ、どうせさ」

 そう、ここ数ヶ月はシホ派が優勢で、売り上げも少しだけ勝っていた。

 「店としてはね、トータルの売り上げがあればいいの。それ以上煽って頂上決戦させると、売り上げの半分くらいがごっそりなくなる可能性だってあるの。潰し合いになるからね。適度な均衡状態が一番望ましいのよ。わかる、坊や」

 ボ、ボクは年上だぞ、と言いそうになってやめた。シホの仕事のことなんて興味がなかったが、結構使えるヤツでびっくりした。世の中結果だ。ふと時計を見ると、十二時を過ぎていた。

 「なにかあると思うんだよね」

 シホは急にシリアスな表情を作った。その表情のまま、すっと目線を膝に落とした。後ろで束ねた髪がふるる、とふるえた。思わず引き込まれてしまう。美人じゃないけど。

 「たとえば、ケイが誰かお偉いさんの娘だったり、何か理由があると困るでしょ。店長の動きもおかしいの。ケイにものすごく気を遣っている感じがして。もともと気持ちが悪い男なんだけど。手を出したところで、重大な何かがあればやぶ蛇だってこともあるでしょ」

 言いたいことは分かるが。

 「でも、どうやって」

 「大丈夫。考えてあるから」

 

 それから数週間が経過したある金曜日のことだった。数週間、両陣営とも動きはなかった。

 その金曜日は冬だというのに、急に蒸し暑くなった。駅構内から店に入った。店に入ると、ケイ派の店員が出迎えた。促されるまま、立ち飲みのゾーンを抜けて、カウンターに通される。バーテンに挨拶され、右手を挙げて応えた。この数週間、何度も店に通った。常連になるためだ。行く日は必ずケイ派のシフトのときにした。

 カウンターは細長いスペースで、背後にはカクテルなどを作るためのブランデーが並んでいた。目の前にはところ狭しと道具などが並んでいた。

 蒸し暑さから、何か珍しいビールが飲みたくなってそう告げた。ベルギー発泡酒「vedett」というのと、京都のビールを勧められた。日本の苦みが強いビールというより、ちょっと酸味が強いビールが飲みたかったので、ベルギーの方にした。

 出されたビールを呑んだ。苦みと酸味とのバランスがよかった。カウンターの後ろでは、帰りがけのサラリーマンが宴会状態であった。つまみのソルトピーナッツを口に放り入れ、肩越しに後ろを伺った。大きなモニターではデイヴィッド・リー・ロスが半裸で踊り、ヴァンヘイレンがニコニコしていた。ケイ派の店員がテーブルに料理や酒を運んでいるのだが、そのときに何か紙を手渡していた。

 「あれ、電話番号とか聞くのありなの」

 とバーテンに聞くと、「いや、ええ、まあ」と苦笑いをしながらとぼけた。その様子を誰かが見ているように感じた。

 「あれぇ、なんかあやしいなあ、おれもやっちゃおうかな」

 と絡んでいると、店員が横に並んで座ってきた。プレートを見ると、「吉岡」と書かれていた。ケイだ。もしかすると、これくらい近くで話すのは初めてかもしれない。

 白いワイシャツに胸元がV字に開いたカーキ色のエプロンワンピースをケイは着ていた。髪は明るい茶色でおそらくウェイブのかかった髪を後ろで束ねていた。化粧は派手だな、と初めは思った。すぐに、顔の造作が派手なのだと気づいた。後ろでジャンプしているデヴィッド・リー・ロスほどではないが、大きな目、大きな鼻、大きな口をしていた。ハーフなのかもしれない。

 「最近よく来てくれますよね」

 下から覗き込むように話すその表情にすっかりやられてしまった。それからはびったりと横につかれて話し込んだ。彼女も一緒に酒を飲み始めた。これは違法なんじゃないだろうか、と一瞬思ったが、知らないふりをしていれば、摘発されるのは客じゃなくて店だ。放っておけばいい。

 ケイの目を盗んで後ろを見ると、さすがにキャバクラ並みに席に侍って給仕している店員はいなかった。その都度、「あーよそ見して、悪い子」と頭をげんこつでこつんとされた。

 十時に店に入ったが、いつのまにか十二時を過ぎていた。その間ずっと中身のない話をしているのだが、目を離すと悪いという感じがした。なんとなく危なっかしい感じがした。後ろの気配を伺っていると、三々五々客は帰っていった。

 「ボクもそろそろお暇するよ」と告げ、脇の席に置いておいたナップサックを背負おうとした。すると、肩を掴まれ、「まだいいでしょ」と引き留められた。「いやだって、閉店でしょ」と腕時計を指さして言うと、「いいの」と言った。確か、JRやおもしろいお客さんがくる時間帯が、閉店後にあるらしいが、あれはシホ派のやっていることで、ケイ派はやっていないはずだ。

「ゆっくり話をしたいと思っていたの。だって、あなたシホの回し者でしょ」

 やっぱりばれていたか。一回この店には来たことがあるし、ケンジと一緒にシホを迎えに来ることもあった。あれ、シホがそれに気づかないわけがない。アイツ。本当の探偵なら、とぼけて振り切って逃げるのだが、あいにくボクは探偵じゃない。ただ、後が怖いだけだ。

 「何が知りたいの。何かあやしいことがある?」

 「いや、実は君のファンなんだ。店のことより、君のことが知りたい」

 すごい美人が、ボクから目をそらして、フッと鼻で笑った。「いや、嘘です。嘘です」と言いそうになったが、腹に力をいれてこらえた。 

 「いいよ、なんでも教えてあげるよ」

 覚悟を決めた。

 「この店にほかの日に来たことがあるんだ。ほかの曜日の店員と今日と全然メンバーが違うじゃない。どうしてなの」

 言った後にしまったと思った。ケイのことを知りたいと言いながら、店のことを質問していた。ただ、ケイはこちらの要求に乗る気分なのだろう。それをとがめなかった。バーテンにぞっとするほど鋭い目線でめくばせをした。バーテンは洗い物を途中でやめて急いで席を外した。

 後ろを見るとそこには店員も客ももういなかった。掃除の途中で全員どこかへいったようだった。後ろではジャスティン・ティンバーレイクマイケル・ジャクソンの「love never felt so good」が流れていた。場の空気にそぐわない、ハートウォーミングな曲調と映像にいらつき、消してほしかった。

 ケイは「知っているくせに」と、数週間前にシホが言ったのと同じような説明をした。 「他の曜日の店員が、辞めたって言うじゃない。どうして」

 「潰したからよ」

 「そこまでするのは、店の方針からするとよくないでしょ」

 「だって、お父さんが困るから」

 どきりとした。彼女の奥底にある過去の記憶に触れた気がした。表情が三度変わった。横についたときのフレンドリーでにこやかな顔、こちらの意図を見抜いたときの顔、今は・・・・・・。

 「私はろくな人生じゃなかったの。いつも『お前は無能だ、お前は無能だ』って怒られて。母親には厳しくされた。でもお父さんだけは私の味方なの。妹もお父さんのことは好きで、だから妹のことは許せなかった。いつも二人でお父さんのことを取り合ってた。妹のことは追い出したの」

 何言ってんの? お父さん? へ?

 「お父さんは数年前に死んでしまったの。でもね、そのときの感じがいつも残っていてね。それを味わいたくないって、いつも思うの。仲間がいてね、いつも一緒で、しかも仕事でうまくやって、店長さんに認められて。私がこれまでほしかったものは全部この店で手に入れたの。でもシホはそれを奪い取っていくの。あの嫌な感じを味わわせてくる存在なの。どうしてか分からないけど、憎いの。だから、アイツだけは潰すの」

 すがりつくような目つきでケイは、ボクに訴えてきた。気持ちが悪かった。美人だということの相乗効果で、救いがたいような気持ちにさせた。

 ボクは逃げるように店を後にした。

 数日後、ボクの話を聞いたシホは行動を開始した。シホはケイの行動の根っこには「ファザコン」の気質があり、それを満たしてくれる男が現れると、理非もなく尽くしてしまうのだと判断した。おそらく店長とケイに癒着があり、不正が行われていると考えたのだ。ストレートに言うと、ケイは派のメンツに身体を使って営業をかけていた。もともと、彼女らはそういうことに抵抗がなかったようだ。不正を暴かれて、ケイ派と店長は一掃された。

――了――

(四九九五文字)

 ふう。つかれた。公正が甘いかもしれません。

 

 

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