池波正太郎をめざして

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明日は明日の風が吹く

今の心境にあわせてブログ名を変更しました。どうぞよろしく。肩の力をさらに抜いてやります。

「幸福の黄色いハンカチ」幸福になりたいね。

雑記 映画

 

 本年本格始動か、まさりんです。

 唐突ですが。幸せになりたいよね。幸せって何だろうね。物質的な幸福? 金銭がたくさんあって、なんでも買えるという状態かな。それも悪くない。それともミニマリストじゃないけど、物質的な幸福よりも精神的な幸福を優先する状態? 求道者のような生き方はたしかに生きてるって実感がわくかもしれないね。毎日が充実するから。

 でも私が考えるに、「この人は絶対的な味方だ」って思える、できれば異性が一人いるって、それだけで結構幸せな気がするんだけど(LGBTの方々は異性を恋愛対象に置き換えてね)。今の若者が異性に対する欲求が少ないというのは、ひとえにこの経験がなく、恋人がいたことがあっても、恋人よりも絶対的な味方がいるから、その貴重さが分からない。たいていそれは親ね。実家にいて、親が自分を世話してくれていたら、そりゃ親がずっと世話してくれる状態に身を置きたいよね。

 逆に一人暮らしが過ぎてもダメなんだろうね。もう誰も必要なくなっちゃう。

 それでも、やっぱり「絶対的な味方」がいたという経験があれば、恋人はほしくなるかな。

 

幸福の黄色いハンカチ

監督:山田洋次

配役

島勇作:高倉健

  光枝:倍賞千恵子

花田欽也:武田鉄矢

小川朱美:桃井かおり

※原作はピート・ハミルの「going home」。「幸せの黄色いハンカチ」(tony orlando & dawn)は「going home」と同じ民間伝承を元にして作られた曲。

 


幸せの黄色いリボン (ドーン)

 ここに九州出身のやさぐれた男(高倉健)がいる。三十まで刑務所に入る経験をしていて、逆にそれが自分に箔がつく行為だと勘違いして、肩で風を切って歩ってた。三十になるとそんな自分じゃいやになってしまって、北海道に出る。後年財政破綻をしてしまう、夕張の炭鉱で働こうと思ったのだ。

 男は父親を戦争で亡くしている。母親もようわからん。そんな男は上で書いた親という絶対的な存在がない。夕張では仲間もできず、男は孤独であった。自然と女という存在が必要になる。夕張の寂れた街のスーパーで一人の女(倍賞千恵子)に惚れる。まるで何かを強奪するように、男は女と一緒になる。

 女は男に尽くしてくれる。寒い夜遅く、女が眠ってる時間に帰り、男が寝床に入ると、それに気づいた女は男の懐に身体を入れる。そういうことをしようというのではない。自分の身体のぬくもりで、男と男の布団を暖めようとするのだ。もちろん、自分も寒いのかもしれないけれども。

 二人にやがて赤ん坊ができる。産婦人科に確かめに行く日、一刻でも早く結果を知りたい男に女は約束する。「あの竿の先に目印を付けとく」「どんな」「そうね、黄色いハンカチでもくくりつけとく。そうすれば、お風呂屋さんからでも見えるでしょ」二人にとって、黄色いハンカチはそういう意味がある。

やがて、男は再び刑務所に入ることになる。お互い絶対的な味方であった夫婦はどうなるのか。黄色いハンカチは再び上がっているのか。

 

 男が刑務所から出た日にひょんなことから出会った三人組の奇妙な車旅が始まる。

 

 なんつって。結構、女性からすれば身勝手な男の話に感じるだろう。男からしても、身勝手でどうしようもない男だ。そこんとこは昔の男女ということでご勘弁願いたい。なんとなく、武田鉄矢桃井かおりの関係も相まって、「だから女って」、「だから男って」って、語りたくなる映画である。

 

 なんともシンプルな映画だが、だからこそ強さもある映画である。

 

 

 

 

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