池波正太郎をめざして

明日は明日の風が吹く

今の心境にあわせてブログ名を変更しました。どうぞよろしく。肩の力をさらに抜いてやります。

「クールランニング」。そこに引っかかるとは。

 

 ありがとう。まさりんです。

 なんだか、いそがしい。なぜだか、いそがしい。なんで私が忙しいのかわからない。詳しくは書けないが、これでもかというくらい文章を書かされている。しかも同じ文章を何度も別パターンで直す作業をしていた。もう文章を書きたくないと思いながら、またこうして文章を書いているのです。

 あらすじ

 あまりにも辛い作業だったので、ものすごく単純で元気の出る映画を見たいと思って、「クールランニング」を見た。ずいぶん昔に見たものだった。

 ストーリーはご存じだろう。雪上ソリ競技であるボブスレーを常夏のジャマイカの選手が挑戦するというものだ。コーチであるアービングは「陸上選手はボブスレーに向いている」という心情を持っている。転倒という形で夏期五輪出場を逃したデリースはその友人サンカとアービングを尋ねる。同じ陸上選手のジュニア、ユルブレナーを加え、八八年のカルガリー冬季五輪に出場する話。実話を元にしている。

 記憶にあるのは、様々な困難を乗り越えて、カルガリーまでたどり着くという話であった。しかもジャマイカの陽気なやつらが明るく壁を乗り越えていくという話。それを期待して見たのだが。

感想

 実際に描かれていた物で心にひっかかったのは、「人種の壁」であった。見た時期が今だということもあるのかもしれない。以前見たのは、今ほど人種の壁や宗教の対立が顕在化していなかった九十年代だったのだ。

 ジャマイカ出身の選手だということで、はっきり書いてしまえば黒人だから、協会は予選通過のタイムを出しているのに、失格にしようとする。他の国の選手はみな白人ばかり。というより、冬季五輪は白人の大会だ。なぜかというと、冬季スポーツはお金がかかるから。このお話のなかでも、大会に出るための資金の工面で苦労した。また、雪が降るのは、北半球の上のほうであるから。南半球の特に赤道の辺りには雪が降らない。当時はあまり貧乏だった。南アフリカは別だろう。

 ジャマイカからボブスレーで五輪に出るというのはそれだけ意味があるのだ。

 以前「怒り新党」で、紹介されたフィギュア選手「スルヤ・ボナリー」などを思い出した。夏季五輪も実は水泳なども黒人の選手はほとんどいない。もちろん、だからといって懸命に練習にははげんで出場した選手たちの価値は落ちない。むしろ、それを高見の見物している委員会などの人々に問題があるのだろう。

 

 アメリカのアカデミー賞のノミネートが全て白人だったとして物議を醸している。これはたまたまなのかな、と思う。昔から、アカデミー会員は白人が多く、また高齢者が多く、その意思を反映していると言われる。

 組織にいれば自覚することもあるだろうが、トップが変わると組織全体の空気も変わる。一番わかりやすい例が、野球などのスポーツチームの監督だ。監督が替われば全てが変わる。会社などの場合、そうならないように組織が作られていなければ、皆が右往左往するはめになる。だから、そうなってはいないだろう。ある程度は影響があるのだが。

 アメリカの大統領選では二月二六日現在、まだ人種による排斥などを訴えているトランプ氏が共和党の候補としては一位であるとおもう。一度二位に転落したのであるが。その影響がアカデミー賞に・・・・・・。実証不可能な話、個人の雑感である。

 元気になろうと思ったのだが、結構つまらないことを考えてしまった。

 タイミングが悪かったね。この時期だし、疲れてるし。

 

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