池波正太郎をめざして

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明日は明日の風が吹く

今の心境にあわせてブログ名を変更しました。どうぞよろしく。肩の力をさらに抜いてやります。

第十九回 短編小説の集い参加作品。「わかれ道」

 

 まさりんです。

 「第十九回短編小説の集い」に参加します。なかなか苦労した作品でした。

 主催者様、いつもながら遅くなり申し訳ありません。よろしくお願いします。

novelcluster.hatenablog.jp

「わかれ道」

 大きな川沿いの道から続く、細長い公園に向かって歩く。公園は川に沿っておらず、明後日の方向へ伸びていたが、「土手公園」という。桜の名所だ。歩いているのは大人三人が並んで歩けるくらいの幅の道で、左側には五〇センチくらいの高さに盛り上げられた道が並行している。道はコンクリートで舗装され、段差の間にツツジと桜が植えられていた。ここの桜は最低限の手しか入れられていない。大きな川沿いの道をそのまま下流に歩けば、通っていた学校がある。学校の辺りの川沿いにも桜がある。無理に枝が矯正され、下を歩く人の頭上で屋根になるようになっていた。それはそれで美しいが、自由奔放に育った感じの、この公園の桜に愛着を感じた。ここは母とよく来た公園だ。

 この辺りは学校が多い。市の政策でそういう地区にしたかったみたいだ。そのせいで町全体が落ち着いていて、昭和かもっと前に建てられた古い家も多い。

 ただ、ちっちゃいころの記憶と比べれば、公園の両側の家はずいぶんと建て直され、新しいものが多い。

 一段上の車道と「土手公園」はゆるやかに左右に蛇行していた。人工的に曲げたのではない自然さが心地よい。蛇行に沿って、桜並木もゆるやかに曲がっている。これが美しさにつながっている。水はけの良い、カラフルなタイルが敷き詰められた道を歩いていてはたと気づいた。どうして「土手公園」なのか。なんのことはない。大きな川の支流がこちらの方向に流れていて、一段上の車道が土手なのだ。立ち止まって、じっとタイルの細かい凹凸のある表面をつま先でなぞった。ものすごい発見をした気分だった。

 再び歩き始める。その交差点に近づくと、子どもの遊び場が現れる。砂場、子どもがまたがる四つん這いのパンダ。パンダは胴体から上だけが地表にある。動物の足跡が彫られた大理石の丸い椅子。

 夕方も五時に近いので子どもの姿はなかった。脇の住宅地から車道へ出るための小さな坂道が四本通っている。枝が奔放に四方に向かって伸びている桜は満開で微風に揺れる姿がいかにも重たげであった。見ていると笑顔になる。

 これからクラスの皆と集まる。皆で夕飯を食べることになっている。集合場所はもうすぐつく店であったが、遠目に見ても、まだ誰も来ていなかった。

 

 昼過ぎに校長室へ退学のあいさつに行った。私立の一貫校から公立へ移ることになったのだ。関係がもう完全に悪くなっている母親は仕事を理由に来てくれなかった。代わりにケンジさんが一緒に来てくれた。ケンジさんはこの夏に出会った人で、夏に抱えていた悩みを聞いてくれた人だ。その後、ケンジさんが塾を開くようになるとそこに通い、そしてケンジさんの実家に入り浸るようになった。

 退学に至るまでに、担任の先生が懸命に努力してくれて学校に残れるようにしてくれた。だがもう、母親の心が変わってしまった。オレへの気持ちが他に向かっているのがわかった。オレからは学校に残りたいと言い出しにくくなってしまった。いっぱいお金を使わせた上に、期待を裏切ったのだから仕方がない。

 家に帰って荷物を置き、集合時間には早いけれどもここに来てしまった。家にはなるべくいたくなかった。

 「ようシンイチ」と声をかけられて驚き、よろけた。「大丈夫か」と両手で身体を支えてくれた。学級委員のヤベだ。二人笑って、一緒に歩き出した。今日の食事会もヤベが仕切って実現した。

 「きれいだね」とヤベが桜を見上げながら言った。

 二人桜を見ながら歩く。ヤベの天然パーマが微風に揺れる。身長はオレより高い。長身で細身のモデル体型だった。笑顔になるとほほ肉が目立ち、ニャロメっぽい顔になる。

 「まだ来ていないみたいだね。あそこ」

 ヤベの指さした先に青い三人掛けのプラスチックのベンチがあり、腰を下ろした。ベンチの端が欠けていて、座ると自然と二人の距離が近くなった。座ってから、店の前にもあるベンチでなくちょっと離れたところにある椅子だと気づいた。

 正面には平屋で一階建ての家があった。オレの身長でも頭が少し出るから、一六〇センチくらいの古めかしい、低いブロック塀が家の前にあり、塀の真ん中よりも少し右側に引き戸があった。引き戸の向こうにまた引き戸の玄関が透けて見える。小さいころ、引き戸の向こうにある引き戸と、それぞれの引き戸の木でできた桟が交錯する様子が不思議な文様を描いているように見えたのを思い出した。

 腿に肘をつき、そのまま顔だけを右に向けると、先ほどの遊具が、車道につながる坂道の向こうに見える。象の形をした滑り台だ。こちらからはお尻しか見えないが、鼻を滑るようになっていて、鼻の先は砂場に突き刺さっているはずだ。

 初めての記憶と呼べるのが、ここでの記憶で、小さいオレは飽きることなく鼻を滑っていた。本当は母親にその姿を見せたかったのだが、母親は動物の足跡が彫られた丸い椅子に座り、いつもため息をついていた。目線はオレではなく、いつも明後日の方を見ていた。夢中になっているオレが母親のそんな表情を覚えているとは、母親本人も思っていないだろう。ちょうど両親が離婚した時期だったと思う。

 「ママ」と幼いオレが呼びかけると母親はこちらを見て、弱々しく笑った。そんなことがたびたびあれば小さい子だって気づく。正直言って夢中になって滑り台をすべり降りているのも、そうすれば母親がいつか喜ぶかと思ったからだ。

母親の期待に応えなければ、と過剰に思いすぎているのではないか。特に中学校に入って、成績不振になってからはそう悩んだ。公立に移ろうと決めてから、成績が向上し、勉強が好きなのだと気づいて何か吹っ切れた。今は母親の期待から抜け出るべき時期なのだ。だから担任から学校に留まるように勧められたときも迷いはなかった。ここにいれば、いつまでも母に妙な期待を持たせる。もう自分のやりたいことをやろうと決めていた。母親に嫌われているから、と言い訳して担任の勧めを蹴った。母には悪いと思いながら。もちろん、まだこれがやりたいというものが見つかったわけじゃない。けれども、身体や心が拒否するものだけはやるまいと決めた。

 身を起こし、大きく両手を広げて背もたれに乗せた。そのまま夕空を見た。時間は夕方からちょうど夜になる境目だ。空は透き通る深い藍色で、わずかに夕日の残り香があった。深い、透き通るような藍色に薄桃色の桜が浮かんでいた。鈴なりの桜が枝にしがみつき、ゆらゆらと浮かんでいた。見ていると、頭がぼうっとして、夢なのかなんなのかわからなくなった。

 

 「なあ、聞いてるか」

 とすっかり存在を忘れていたヤベが言った。大声に夢想から引き戻された。

 「おわっ、なに」

 ベンチに座ったまま両手両足を上げて、大げさにリアクションしてしまった。ヤベの顔がものすごく近くにあった。

 「なんでもない」

 なんなんだ、コイツは。ヤベの向こうに女の子二人が歩いてきた。店の前の同じく青い三人掛けのベンチがあって、二人はそこに座った。サキとカナだった。

 いつもの軽い調子で話しかけようと思った。

 「だから聞けって」

 軽く右手を挙げながら腰を浮かしかけたオレの肩をつかみ、引き戻した。「だから、なにを聞くんだよ」と、オレは眉間にしわを寄せて言った。ヤベの顔とサキたち二人を交互に見た。その視線に気づいたヤベがムッとした顔をした。怒った顔がドラ猫というより、リスの顔になった。前歯が目立った。

 何でムッとするんだろう。わからなかった。

 二人で女子と話せばいいじゃないか。二人は何かを食べていた。が、不自然に無口だった。こちらを気にしているみたいだった。

 そわそわしているオレの様子にヤベは少し焦っている様子だった。

 「ちょっと聞け。実は・・・・・・、たぶん・・・・・・、シンイチのことが好きなんだと思う」

 「わかった、わかった」

 ――は?

 聞き流せない言葉が耳に止まった。なに言ってんの。思わず二度見した。

 ヤベははにかみながら、今の気持ちを語り始めた。

 「自分でもおかしいと思うよ。本当は女子にそういう気持ちを持つでしょ。でも、女子には友だち以上の感情を持てないんだ。シンイチへの思いとちょっと違うの。自分でも困ってるの。どうしていいか。なんか、だんだん好きになっていってね。とめられないの。ねえ助けて」

 知らねえよ、と言いかけてとめた。感情が表情に出ないように気をつけた。これが女子で、「知らねえよ」って突き放したらどうなるんだろう。ていうか、オレだって女子が好きっていうのがよくわからなかった。女子と話したいとは思うけど、誰か特定の女子が好きかと言われれば、よくわからない。よく周りのヤツには「サキが好きだろ」ってからかわれるけど、果たして本当に好きなのか、といわれると、好きってヤツがよくわからないから、よくわからないというのが本音だった。ただ、サキと話すと、照れてしまっていつもの調子が出なくて、そして心と身体がムズムズした。サキのために暴れたから、それが原因で退学につながったのだけれど、あれが恋かと聞かれれば、あれは正義心だしな。

そう思ったら、ヤベってすげえやつなのかもしれないと思った。オレなんかより全然進んでいる感じがした。

 ただ、今願うことはサキたちにこのやりとりが聞こえないことだ。交差点はバス通りで車の行き来も激しいから大丈夫だと思うけど。とにかくなんとか処理しなきゃいけない。

 「そうか・・・・・・。正直言うと、好きだと言われれば、相手が誰であってもうれしいよ。でも、オレ、好きな子がいるし、おまえの気持ちに応えられないよ」

 どうするのが正解かわからないけど、好きな子がいないのに、好きな子以外から告られたらどうすると必死に考えてこう答えた。ちょっと間が開いてしまった。

 「そうか・・・・・・、そうだよね」

 ヤベは笑顔だけれども、ちょっと寂しそうな顔をした。

「でも『うれしい』って言ってくれて、僕もうれしい」

 ――泣くんじゃないよ。

 ヤベは人差し指の関節で、目尻をぬぐった。

 優しくヤベの肩をさすってやりながら立ち上がった。サキとカナの向こうから、数十人の若者が歩いてくる。

 その群れを見て気づいた。

 「もしかして、今のを言うために、今日の食事会もセッティングしたの」

 ヤベは天然パーマの頭を小さく縦に振った。

 「最後だもんね。もう言う機会もないから、言わなきゃと思って。なんか言って良かった。すっきりした」

 ヤベはベンチから立ち上がって、伸びをした。なんか昼休みのOLさんみたいだ、と見たことないのに思った。

 本当にコイツはすごい。正直に感心した。“言わなきゃ”という一心が原動力になって、これだけの人数を集められるのだから。向こうからくる群れには、普段こういうイベントに参加しそうにもない、勉強だけしているヤツらも混ざっていた。

 サキの方をじっと見てしまった。

 「そうか、やっぱりサキが好きなんだね」

 とヤベは腰のあたりで手を組み、のぞき込むようにしてオレの顔を見た。

 それには応えず、オレは走り出した。サキとカナの前を通り抜け、「オオ」と右手をあげてあいさつをしてきた男子たちに、フライングボディアタックをかました。

 ――なんだこの野郎。

 みんなで軽く殴り合ったり、ヘッドロックをしてじゃれあった。その後ろで女子が本当の母親みたいに呆れて様子を見ていた。

 今日の夕食は地中海料理を食べることになっていた。店は平屋の民家の二件隣にあった。この辺りで味の評判の良い店で、ヤベが予約した。あまり大きくない店で、人数からいって貸しきりだろう。それにしてもよく親が許可した。

 みなではしゃぎながら木製の階段をあがり、店に入っていく。みな背伸びしていることに興奮していた。オレはサキの後ろからお尻を見ながら入店した。

「すけべ」

 左の肩に顔を寄せてヤベが言った。ヤベの方を見ると、五つ又の交差点を母が歩いているのが見えた。母の身体は見知らぬオヤジの腕に絡まっていた。

 全身の毛が立ち上がるのがわかった。胸にあるのは怒りとも哀しみとも、はっきりしない思いだった。

 身体の力を抜こうと、あえて肺の中の空気をはき出した。

 もう子どもも卒業か。

 ちょっとはやいけど、お互いそれでよかったのかもしれない。

 そう思い直した。

 正面を向くと、頭を触られる感覚があった。「付いてるよ」サキが頭に付いた桜の花びらを取ってくれ、それをオレに見せながら、にっこり笑っていた。

ーー了ーー〔四九九七文字〕←Word調べ。

 

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