池波正太郎をめざして

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明日は明日の風が吹く

今の心境にあわせてブログ名を変更しました。どうぞよろしく。肩の力をさらに抜いてやります。

アラビアのロレンス

 

 まさりんです。

前置き

 川添さんのアラブ紀行を読み、とても興奮した。アラブの方へ行くぜ、というアナウンスがあったとき、「まじかよ」と思った。イスラム国のことが頭にあったからだ。もちろん、どこもかしこもドンパチやっていて、危険地帯なのではないのであろうし、旅慣れている川添さんのこと、そういう事態は回避するのに違いないのですが。そういうイメージのある国々の実際を垣間見るのは楽しい。イスラエルの空港警備の女性は美しかった。また、イスラエルのそこかしこにある。

 

 そして、川添さんのブログを見ていて、またとある番組を見ていて、「アラビアのロレンス」が無性に見たくなった。「とある番組」とは「新・映像の世紀」だ。ただ、とても長い映画なので、二の足を踏んでいた。この際だから見てしまおうと、数日にわけて見た。

 

 

すげえ人登場 

 一応、映画に沿って説明する。

 トマス・エドワード・ロレンス(ピーター・オトゥール)はイギリスの陸軍の少尉である。彼は将軍から、ファイサル(アレック・ギネス)という王子と会見し、彼の革命の意思を確認するように命令される。喜び勇んで、ガイドを連れて砂漠に向かうロレンスであったが、途中、ガイドと他の民族の管轄の井戸で水を飲み、ガイドを射殺される。射殺したのは、アリというシャリフであった。それでも自力でファイサルの元にたどり着く。

 そんなこんなで、「意思の確認」という任務を逸脱し、アリを率いて、灼熱の砂漠を横断し、アカバという海沿いの都市を内陸から攻撃しようとする。当たり前だが、背後に灼熱の砂漠を抱えていれば、大砲などの防備は全面の海上に集中している。その虚を突こうというのである。まんまと作戦は成功する。

 ロレンスは奇跡的な行動をする。それは意識的なのか、無意識なのかはわからない。灼熱の砂漠を横断している最中、ガシムという男が隊列から脱落する。砂漠の行軍は、夜に行われる。昼間に行軍してしまうと太陽によって、ラクダの体力を奪われてしまうからだ。つまり、朝日が昇るまでにある程度移動しなければならず、一度脱落してしまうと、救いに行くことができない。アリの判断はそうだった。が、制止を聞かず、オレンス(発音がしにくいのか、アラブの人々はロレンスとは呼ばない)はガシムの救出に向かう。翌日、オレンスはガシムを救出して帰ってくる。この経験から、オレンスは砂漠の民ベドウィンたちから英雄扱いをされるようになる。

 だが、アリの部族の一員であるガシムは一緒にアカバを攻略した他部族の兵士を殺してしまう。それをどちらかの部族のことを考えて処遇すれば、部族同士の連帯は崩れてしまう。ロレンスは自らの手で、救ったガシムを射殺する。

失敗 

 このロレンスの行動をイギリス軍は評価する。そして少佐に昇進する。その後、砂漠に戻ったロレンスはトルコ軍の列車を破壊する工作などを行いながら、イギリス軍のエルサレム進軍を待っていた。エルサレム陥落のあと、ロレンスは軍に辞表を出す。しかし、軍はこれを受理しなかった。そして、イギリス・ロシア・フランスの間に結ばれた協定の存在をロレンスは知らせる。エルサレムにはファイサルがいた。ファイサルは協定についての情報を握っていた。ロレンスはアラブはアラブの諸民族が自治すべきだと考えていた。

 軍はロレンスにアラブ軍を率いてダマスカス攻略の一翼を担うように命令を受ける。ロレンスはアラブ諸民族のために、イギリス軍よりダマスカスを陥落させ、アラブにその実験を握らせるように画策する。

 アラブ軍はダマスカスをいち早く攻略するのだが、その途中、撤退する戦闘意思のないトルコ軍を虐殺する。

 ダマスカスでは諸民族の対立により、アラブによる自治政府は瓦解してしまう。電気・水の供給、病院の経営すらままならなかった。失意のうちにロレンスはアラブをあとにする。

実際のロレンス

 「新・映像の世紀1」によると、このアラブにおける謀略の一部らしい。オスマン帝国は、第一次世界大戦時、ドイツ・オーストリアなどと同盟を結んで、イギリス・フランスなどの諸国と戦っていた。

 オスマン帝国は「瀕死の病人」と言われ、アラブ半島にも勢力を伸ばしていたものの、独立闘争が繰り返されるようになる。イギリスはオスマン帝国打倒のため、また油田を手に入れるために、ロレンスを使って、謀略をしかけたのである。

 映画のなかでは全員が英語を話す。しかし、これはありえないことだ。映画についてここをつくのは無粋であるが。実際のロレンスはアラブ語を自由に扱ったらしい。学生時代からこの地域に興味があり、レバノンから一六〇〇キロを歩いた。

 映画のなかでのロレンスは、アラブに独立をさせようとしたが、実際には逆でロレンスも謀略に参加していたのだ。

 ロマンチック。政治家の冷酷さがみどおろ

 映画に話をもどそう。

 個人的にはとても映像が美しい作品だと思った。有名な、ロレンスがマッチをふっと吹き消すと、そこから砂漠の光景が広がるシーンやラクダで砂漠をゆくシーンなど、ロマンチックなシーンが満載だ。とても長い映画だけれども、数日かけて見ると、そういうシーンが印象的である。

 また、ファイサルをやっているのは、後のスターウォーズのオビワン・ケノービをやる、アレック・ギネスである。実際はそうではなかったのかもしれないが、ファイサルはとても政治的な人物として描かれる。英雄であるが、ちょっと向こう見ずなロレンスを、「諸刃の剣」だとして、「良狗煮られる」よろしく、ダマスカス陥落の後に使い捨てにしようとするなど、全体のことを考えれば正しくとも、冷酷な選択をする人物である。その人物をオビワンよりも少しだけ若いアレック・ギネスはとても説得力のある人物にしている。風貌と声だろう。この映画を見ていると、スターウォーズの一作目の前半はとてもこのアラビアのロレンスの影響を受けているな、と感じる。

 昨日の記事で四十代について書いた。この政治的な感覚というのも、四十代を生き抜くのに必要な要素だ。全体のことを考え、冷酷な決断も辞さない。これも必要だろう。見る人によって、いろいろなことを考える映画だと思うよ。

 

 

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