池波正太郎をめざして

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明日は明日の風が吹く

今の心境にあわせてブログ名を変更しました。どうぞよろしく。肩の力をさらに抜いてやります。

ソーシャルネットワーク2

 

 おなかが痛いまさりんです。

 今日もさくっと。

 と思ったら、この映画前にもレビュー書いてた。しかし、前回とそれほど重ならない内容なので、今回も出しちゃおう。よかったら、前回も見てほしい。それにしても、前回も同じような時期に見たんだな。

 

masarin-m.hatenablog.com

1,物語

 久しぶりに「ソーシャルネットワーク」という映画を見た。ご存じ、フェイスブック創業の逸話が物語の核だ。

 二〇〇三年、マーク・ザッカーバーグは、恋人であるエリカに振られる。その報復に、ブログに彼女の悪口を書き、学内の女子の顔写真を比較して、序列を作るという極悪非道なサイト「フェイス・マッシュ」を公開する。大学はたぶん面倒であったので、学生全員をデータ化するのはかなりの時間がかかると言い訳していたのだが、マークは閣僚ごとにあった名簿をハッキングして統合することで、数時間で顔写真のファイルを作り上げる。プログラム自体も数時間でくみ上げる。プログラム作りには、エドゥアルドの協力も欠かせなかった。

 目立った行動を取ったことで、女子に嫌われるのと同時に、彼の才覚を利用しようというものも出てきた。それがウィンクルボス兄弟だ。この双子兄弟はボート部に所属していて、「ハーバード・コネクション」という、ハーバード大学の学生の紳士交遊録を作るように依頼する。これに女子が群がると、ウィンクルボス兄弟は考えたのだ。

 この着想にヒントを得て、マークは「ザ・フェイスブック」の構想を得る。ただ、同じことを他者がやってしまえば、後発はビジネス的に不利になる。だから、ウィンクルボス兄弟を牽制して、「ハーバード・コネクション」を作らせないようにして、「ザ・フェイスブック」を完成させてゆく。

 そして、周囲とトラブルを抱えながら、完成させたフェイスブックは他大学にも進出、やがては世界中を巻き込む形で拡散してゆく。

2,感想

 個人的に楽しかったのは、ショーン・パーカー役のジャスティン・ティンバーレイクの演技だ。胡散臭く、はったりが聞き、説得力というか蠱惑的な魔術を使い、相手を取り込んでいく。ジャスティンにぴったりな役である。まあ、最後こけるだろうな、と思っていると、期待通りにこけてゆくところがいい。

 デヴィッド・フィンチャーらしい、派手なところのない暗い映像も特徴的だ。この映画は日本にも共通するIT企業経営者、創業者に共通する、いやらしさみたいなものが凝縮された作品である。もっとも、若者はあこがれてしまうのだろうが。音楽がナインインチネイルズのトレント・レズナー。彼らしい音が随所に出てくる。

 

 映画のなかでは広告が否定される。「広告はクールじゃない」とショーンもいい、マークもそう考える。エドゥアルドは広告収入を視野に入れていたみたいだが。では最終的に何によって「フェイスブック社」は収益を上げるのだろうか、それがわからなかった。ちょっと調べてみると、やはり広告収入であるらしい。

 IT系の創業者のいやらしさは、このような二面性と金の使い方に出る。その多くが高学歴であるためか遊び慣れておらず、金持ちになると高校生のようなはしゃぎ方をする。金の稼ぎ方は見当が付いても、使い方は分からないのだろう。

 映画のなかでも、そういうシーンがあった。勢力拡大を狙って、西海岸に移動するのだが、借りた家では大はしゃぎ。煙突に滑車をつけて、滑空してプールに飛び込んだりする。挙げ句の果てに煙突とその下のテーブルを破壊してしまう。ホリエモンなんかもそうだが、「もう二〇歳越えてんだよな」と正直思ってしまう。もうちょっと遊び方も変化する時期なのだと思うのだが。まあ、おしゃれな遊び方されても似合わないのだが。

 この広告の否定が日本のネットでも共通する。だが、そういうことを言っておいて、裏ではきっちり収益のモデルを構築しているのがネットの世界でもある。みなが嘘をつき、自己の利益に誘導している。それを忘れてはいけない。

 

 最終的にほっこりとしたシーンを用意するのも「ゲーム」と一緒だった。「ゲーム」と一緒なら、これはなんとでも取れるのではないか、と勘ぐってしまうのだが、そういうシーンではないようだ。

 

 フェイスブックやツィッターに代表されるSNSはネットのあり方を変えてしまった。日本的に言えば、2ちゃんねるまでの基準が完全に廃れ、SNS的なコミュニケーションになった。コミュニケーションは公論ではなく、フォロワーと自分のためにあり、小さなソーシャルに貢献する話がもてはやされる。円環が閉じているのだ。閉じているからこそ、いわゆる「馬鹿ッター」のような騒動も起きる。円環の外の人が見ているという感覚が彼らにはない。

 ブログも例外ではなく、完全にSNS的な利用方法になったのだと思う。完全に取り込まれたのだ。しかし、このSNS的なあり方を交わすことは現状では不可能だ。受け入れるしかない。だからこそ、はてなも半SNS的な部分を作ったのだろう。

 

 それにしても、はてなでも、「昔のはてなを返せ」的なレコンキスタが頻繁に巻き起こる。が、もはやそれ自体が集客目的であり、うまくSNS的に利用されているような気がするのは勘違いだろうか。つまり、それを巻き起こしている人間もIT企業経営者的な二枚舌、プロレス感覚で集客をしているのだ。きれい事を言っておいて、それ自体が自己の利益に結びついているような。「おれは最後まで戦うぜ」とか涙を流しながら宣誓した人間が本当に孤立すれば、そういうヤツらは陰で笑うのだろう。そういうヤツいたよね、テスト前に。

くわばらくわばら。

3,基本情報

監督:デヴィッド・フィンチャー

出演

マーク・ザッカーバーグジェシー・アイゼンバーグ

エドゥアルド・サベリン:アンドリュー・ガーフィールド

ショーン・パーカー:ジャスティン・ティンバーレイク

 キャメロン・ウィンクルボス、タイラー・ウィンクルボス:アーミー・ハマー

 

 

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