池波正太郎をめざして

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明日は明日の風が吹く

今の心境にあわせてブログ名を変更しました。どうぞよろしく。肩の力をさらに抜いてやります。

第二十一回 短編小説のつどい 「案山子」

短編小説の集い 雑記

 

 

 まさりんです。

 「第二十一回 短編小説の集い」に参加します。

 主催者様、毎度ながらよろしくお願いします。

novelcluster.hatenablog.jp

 

「案山子」

 僕の肩にスズメバチが停まった。休憩しているのだ。スズメバチはその強いアゴで丸めた何かを抱えていた。

 泥に竹竿でできた一本足を突き立てて、僕は周囲を見渡す。五月に田に植えた苗は順調に背を伸ばしている。田んぼは成長した苗で青々としている。まだ雀が稲穂をつついて、収穫量を邪魔するような季節ではない。しかし、葉を食べる害虫や雑草の勢いは増す。

 この田んぼの主は除草剤などの農薬を極力使いたくないと思い、アイガモ農法を行っていた。

 「知ってるかい。この田んぼのばあさんのとこに、息子と孫が来るらしいぜ。あそこの家に住んでるクモから聞いたよ。生命を助けるのと引き替えにな。なんでもばあさん、息子夫婦と言い争っていたらしいぜ。内容は知らないよ。」

ん? これ? ミツバチだよ、と言ってスズメバチは、ハサミのような大きなアゴで短く笑った。黄色と黒の縞の入った尻をプルプルと震わせ飛び立っていった。

 ちょっと寂しい田んぼだと僕はそう思っている。

 この一枚だけの田は北と西を住宅地が囲む。南は川沿いの桜並木をはさんで、農業用水が流れる。農業用水は田んぼの南東の角に橋がある。木製の欄干がかかっている。南の桜並木の向こうには住宅街がある。この田んぼの周囲はすべて新興住宅に変わった。住宅地にふさわしくない、浮いた田んぼはいずれ潮時が来ることを持ち主は覚悟している。「遠くに住む息子夫婦となにより孫が、『おばあちゃんの作る米はおいしい』というから続けているんだってさ」と腕に停まっている雀が言う。

 僕は古代には神様として扱われた。案山子は田の神であり、田んぼのなかにずっといて天下を見ている。好奇心が強い。なんでも知りたい。田舎にいれば、遠方より来たる鳥、モグラ、虫がずっと向こうの話も持ってきてくれる。田仕事をして、休憩中に噂話をして、近所の人々のことも分かる。僕は話を聞いて、相槌を打つ。

 だから、この田んぼは寂しい。

 この田んぼにやってくるのは、狭い世界の住人ばかりだ。雀の移動距離などたかが知れてる。遠くからの来訪者はほとんど来ない。住宅街には卵を食べてしまう蛇もいない。雀はやたらと増える。その大群が早朝一斉に飛び立つさまに戦慄を覚える。皮膚が粟立つ。皮膚といっても、竹竿や古びた浴衣、軍手だけど。狭い世界に住む雀は本当にうんざりするときがある。イヤなヤツらだ。自分の狭い世界の考え方ややり方を信じている。人の噂が好きで悪口ばかり言っている。

 

 その次の日の朝、猫が歩いてきて、桜の木の幹から大きく張り出した枝の又に座った。こうしないと、田んぼに立っている僕まで声が聞こえない。猫は雑種の三毛猫だった。

 「ダンナ、知ってます? なんかばあさん、重要なことを決めたらしいですぜ。息子夫婦と一緒に住むことになったそうです。田んぼは終わりですぜ。なんか家の空気が変わったんだそうで。息子夫婦、ありゃゲスですな。親子問題に詳しい、犬のヤツに聞いたら、息子は遺産目当てだそうですよ。ひっひっひ。親になんてなるもんじゃないですよね。

 遺産てのはそんなにうまいもんですかい。うらやましいなあ」

 お前には贅沢なシロモノだよ、と大きな声で言うと、「そうですか。そうですよね。息子も食い慣れないもの食べて、腹壊さなきゃいいけど」。ひっひっひ、と高くて、のどに何かが引っかかったような声で答えた。ちょっと腹の毛を嘗めてから、桜の木から飛び降りた。気持ち悪い笑い方をしながら住宅街へと消えていった。

 農業用水のなかから、小鮒が水面に口を出し大声で「ダンナ、ダンナ!」と呼ばわった。たかい石垣風のデザインの護岸のせいで互いの姿は見えない。もっとも、僕は田んぼのほうに向けられていたので、お互いに視線を合わせることはできないけれども。

 「すいません。猫のヤツの声が聞こえてしまいました。はあ。また家が出来るんで」

溜め息まじりに鮒は言った。

 「いやいいんですがね。また水が汚れるんですな。この田んぼのあたりは変な薬もやってなくて、水がきれいだったんで。生まれた子どもなんですがね。水だけはきれいなところで育てたかったんですよ。昔よりはマシになったらしいですが、やっぱり人間の家あたりから来る水は臭いんですよね。引っ越そうかなあ」

 ポチャリと、鮒が身を沈める音がした。

 僕にそれをどうして言ったのか分からなかった。僕は首をかしげようとした。力がぐっと入るだけで首は曲がらなかった。

 

 僕の頭のなかには「新魔術五法」という書物が入っている。記憶ではなく、フォトリーディングで情報を入れた。神様だからそれくらいできる。人間でできると言っているヤツは大抵嘘だ。そうやって記憶した本を頭のなかで繰る。「新魔術六法」は五つのパートに分かれている。水・火・気・風、そして時だ。田植えの後に田を焼くときには火を。田植えなどで田に水をはるときには水を。雀が稲穂を狙い、虫が葉にとりついたときには風。稲穂の成長を促す気。という具合に魔法を使う。しかし、威力はそれほど強くない。それぞれの田植えの作業が上手くいくように手伝うくらいの威力だ。なぜなら、その威力は封じられているからだ。神によって。封じられている。それが解ければ時の魔法も使える。

 

 おばあさんはいつも朝早く田んぼにやってくる。今日は梅雨空曇天だ。七時半にはやってきて、アイガモを小屋から田んぼに放つ。本当はどうするのか知らないけれど、おばあさんは雛のうちは小屋に住まわす。「おはようね、おはようね」と出てくるアイガモ一羽一羽に声をかける。同時に一羽一羽を観察して体調を確認するようだった。アイガモたちは一斉に田に入り、雑草や害虫を食べ始める。

 そこに近くの小学校に登校中の女子小学生が通りがかり、「かわいい、かわいい」とはやし立てる。なかなか先に行かないので、「ほら、学校遅れるよ」とおばあさんが促す。小学生は「はーい」と返事をして、先を急ぐ。おばあさんはちょっと不満げだ。それは小学生が結局おばあさんに「おはよう」と言わないからだと僕は思う。

 おばあさんは気を取り直す。少し曲がった腰に左手のこぶしをあて、小さなカモの行進を見ている。きちんと保護しないと、烏にやられたりする。最近はこの郊外にも烏が増えた。

 「オレら東京から来たんだけど、東京に暮らす人間ども、オレらを駆逐し始めてさ。都落ち? 出てくしかないじゃん」

 烏が増え始めたころ、そう烏は告げた。烏は誰のエサでも平気で襲う。食べもしないのに止めよ、と抗議した。

 「目ざわりなんだよ、アイツら。なんか身体も不自然だし。イラつくよ」

 確かに人間によって都合の良いように交配されたその姿はあわれである。だが殺さなくてもよい。烏の攻撃の理由は、烏自身の境遇にある。要するに東京を追われた八つ当たりだ。自分より身体の小さいものや、自分と毛色の違うものを平気で集団で襲った。

 おばあさんは遠い目をして雛たちを見ていた。そのまなざしは、一日の無事を願っているようだった。おばあさんはしばらくアイガモたちを見つめたあと、田んぼを一周して、田んぼの周りにある畦をゆっくりと歩き、目立つ高い草を抜く。そうしながら田んぼの異常を探す。途中、住宅街から出てきた奥さんと言葉を交わし、仕事に向かうサラリーマンと挨拶を交わす。無事、田んぼに何もなかったことを確認してから、腰をトントンと叩いてから立ち去った。去り際ぽつりと「そろそろ時間じゃなかろか」と言った。

 時計を見ずとも感覚で何時か分かる。おばあさんは考えていることを独り言で話してくれる。

 昼前の十時頃、おばあさんは帰っていった。。おばあさんにとって、この田んぼと家が世界の中心だった。

 

 夕方になって、西の夕日の方から巨大な黒い鳥が飛んできた。僕の左手に停まる。ずしりと腕が沈む。鳥は烏であったが、足が三本あった。

 「八咫烏か。ご苦労であった」同じ古代からいる存在と話すときにはどうしても堅苦しい物言いになってしまう。

 「神よりの伝言である。だが、我が来たれば、理由は察せられよう」

 大神は次の土地へと向かうようにと命令を下された。そう八咫烏は僕に告げ、僕の首に鎖のついた懐中時計をかけた。時計は金無垢で、純金の鎖がついていた。首に提げると、身体が自由に動くようになった。呪(シュ)が解けた。

 竹竿の腕を回し、固まってしまった肩をほぐした。その様子を見ていたアイガモたちが驚き騒いだ。ピーピー叫んでいる。

「なんだアイツらは」

 八咫烏はアイガモを見たことがないのだろう。

「なんだ、言いたいことがあるのなら言うが良い」

 低い声で言い、厳かに悠然と羽を広げた。飛べる鳥の羽は異様に大きい。

アイガモはそれを威嚇と受け取り、四方八方に逃げ散っていった。

 「そうか、やはりな。アイツらは人が複数の鳥を掛け合わせて作った生き物だ。つまり不自然な生き物なのだよ。道理でいつまで経っても話が聞けないと思った」

 「そういうものか」

 「ああ、犬も猫も同じだ。昔からいるやつは平気なのだ。だが、無理に作ったものはだめだ。もうそれは人と同じなのだよ」

 僕らにとって人間ほど困った存在はない。神の言葉が理解できる他の生き物たたちはそれを理解して、行動する。神の言葉が聞こえず、聞こえても無視できるから人は繁栄できる。実質は人を監視するために僕らは立っている。

 時計を首に掛けたことによって、「新魔術五法」のうち、時も手に入れた。

 

 翌日、おばあさんが田んぼにやってきた。

 金無垢、金鎖の懐中時計を一度首から外した。

 八咫烏は朝餉を探しに飛び立っていった。今日も、おばあさんは田に来るはずだ。田を畳むといってもそれは今年いっぱいのはなしであるのだから。

 朝日を浴びながら、僕は泥田に竹竿を刺し、たたずんでいた。やがて、おばあさんはいつものようにアイガモを小屋から出しに来た。心なしか足取りが重いように感じた。アイガモは何も気にしないで元気に飛び出していった。「おはようね、おはようね」とあいさつもした。元気はなかったが。

 「そういえばアンタはあの馬鹿息子が作ったんだっけね。もう何十年にもなるのに、アンタはくたびれないね。おばあちゃんはくたびれたよ」

 どっこいしょと、畦に腰を下ろした。独り言のようで、僕に語りかけるようでもあった。

 「人生ってね、ままならないね。おじいさんが死んだときもそう思ったし、いまもそうだよ。健康に気を使ったってね、それどおり長生きできるかなんてわからんがね。おじいさんはそりゃ酒は少しはやったさ。でもね、不健康ってほどではないし。たばこはすわなかったし。運動は田んぼだ、はたけだって、農業やってればさ、逆に身体をいたわった方が良いくらいくたびれちまうがね。それでも、六〇代で死んじゃったよ。

 でもね、早く死んだ方がいいよ。早く死んだ方が。早く死にたいよ」

 ぐすん、とおばあさんは鼻をすすった。

 同情してしまった。

 「でも死ねないのよね。せめてずっと今のままならいいのにね」

 おばあさんは腰を上げて帰ろうとした。

 見ていないのを確認して、僕は金無垢、金鎖の懐中時計を首にかけた。

 そして、一時間時間を戻す魔術を使った。時間を止めることはできなかった。時間を止めればおばあさんも止まる。だから、時間をしばらく戻してあげた。一時間経ったら、また一時間戻す。これもおばあさんには実感がないだろうけど、無限に一時間が続く。せめてそれくらいしてあげよう。

 そこに八咫烏が帰ってきた。

 「おぬし、何をした」

 時間を戻し続けたことを告げた。

 「たわけ、人には我々の言葉は聞こえないと言ったではないか。魔術は我らが言葉ぞ。表面上時間は戻ったように見える。ただ、それは表面だけの話で、肉体を老いが蝕んでいくのは食い止められんぞ。いったい、どれだけの時間を戻したのだ」

 一万回、「今」がもう一度来るようにした。

 「まったく。今のあの者にかかる精神的な負担が、やはり身体を蝕んでいくのだ。最大限の負荷が一年間かかれば、当然ああなる。かわいそうに」

 少し、おばあさんの腰が曲がってきたような気がする。

 僕は多量の汗をかき、それを首にかかった手ぬぐいでぬぐった。

 ものすごく重くなった足取りで、家の方へおばあさんは歩いて行った。

 見るのが忍びなくなってしまって、田んぼを見ると、最後のアイガモが倒れるところだった。

 ――了――(四九六四文字)←Word調べ

 

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