池波正太郎をめざして

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明日は明日の風が吹く

今の心境にあわせてブログ名を変更しました。どうぞよろしく。肩の力をさらに抜いてやります。

なつやすみの宿題第二弾。怪談「鬼丸」。

雑記 短編小説の集い

 

 まさりんです。

 なつやすみの宿題、第二弾です。前回は短歌を詠みました。今回は怪談です。私のは怪談になっているのか、はなはだ心許ないですが、上梓いたします。

 かなり削りました。

 主催者様よろしくお願いします。

novelcluster.hatenablog.jp

 

「鬼丸」

 久しぶりに来たおじいちゃんの家。

 夏休みいっぱいをこの家で過ごそうと思ってきた。

 おじいちゃんちに来たのは高校受験に備えるためだ。中学三年生最後の部活の大会が見事に予選落ちで終わったのを機に、受験勉強にシフトした。しかし、年の離れた幼稚園に通う妹と小学生低学年の弟も当然夏休みだ。家のなかは恐ろしくうるさくなる。

  夏休みは塾の夏期講習に参加して、そのまま塾からおじいちゃんの家に直行するようになった。そうできるようにおじいちゃんに泣きついた。離れの一室を開けてくれて、勉強部屋に使わせてくれた。テレビもネットもない部屋だった。Wi-Fiもなく、携帯で何かをするわけにもいかなかった。勉強にはうってつけだった。あまりにも静かだったので、ラジカセだけはもちこんだ。

  異変が起きたのは、三日目の夜だった。 塾からから帰ってきて、母屋で風呂に入り、夕飯を食べた。 食事後、夜も離れで勉強をした。十一時に勉強を終え、離れの自室に布団を敷いて寝た。

 

  何時だろう。夢うつつに、草を鎌で刈っているような音を聞いていた。意識が確たるものになった。薄目を開けると、右耳の脇を何かが通り過ぎていくが見えた。赤い影。

  僕の右脇を足の方へ、赤い影は通り過ぎて行った。体を動かして、きちんと見てはいけない気がした。

  赤い影は布団の縁を反時計回りに回ったようで、今度は左耳の傍に来た。僕の顔を覗き込んでいようだ。どれくらい目を薄く開けたら気付かれないだろう。心臓が速く打ち、その存在感を誇示した。全身の表面をうっすらと汗が多い、パジャマ代わりのTシャツが、体に張り付いているのを感じた。極めて薄く目を開けて、僕を覗き込んでいるだろう赤い影の様子を伺った。

  影は赤い小鬼だった。

  小鬼は体長が三十センチくらいしかない。頭には角が二本生えていた。角の間には髪が生えていなかった。角の左右にはざんばら髪が生えている。足の付け根くらいまでしか丈のない、汚い灰色の和服を着ている。和服は片方の肩を抜いている。足はガニ股で、余分な肉の付いていない感じであった。形相は神社で見た狛犬のような周囲を威嚇し続けるもののようだった。目がギョロリとして、小鼻は開き、口は左右に裂けている様だった。歯は角の様に尖っている。

  薄目ではあったが、鬼と目が合っていた。動いてはいけないと思い、まんじりともしなかった。

  そのまま長い間僕と小鬼は動かなかったが、やがて小鬼はたぶんニヤリと笑って、再び歩き出した。動くとまた戻ってくる気がして、そのまま気配が消えるまで動かなかった。

  気配が消えても、それが騙しである気がして僕は唐突には動かず、慎重に首だけをもたげて周囲を伺った。部屋には誰もいなかった。どっと疲労が出た。喘ぎながら身を起こした。案の定、全身は汗まみれで、Tシャツは体に張り付いていた。

 

  小鬼、ふはははは。

  ジジイは大笑した。何が面白いんだクソジジイ。冥土に送るぞ。「冥土に送るぞ」という語句が浮かんで、国語の受験勉強が着実に語彙力を伸ばしていることを確信した。

  「いやな、叔母さんがな、お前が寝汗がひどいって言っていたぞ。この三日間、ずっとそんななんだな」

  僕はこくりと頷く。

  「お前がな。いやこのおじいちゃんも、おじさんも、お前の従姉妹も、お前の母親もな、みんな小鬼なんて見てないのにな。お前が会うとは」

  肩を震わし、クツクツ笑う。

  「その小鬼はな、たぶんそれほど験の悪いものではないはずだよ。だけど、聞くのと見るのとで違うらしくてな。実際に見るとみんな恐ろしさにやられるらしいな」

  「実際に見るって、夢じゃないの?」

  「夢がコントロールできる人間もいるっていうけど、三日連続は無理だろう。それにコントロールしようなんて思ってないだろ」

  こくりと頷く。

  「ちょっと待ってろ」

  おじいちゃんは、母屋の玄関から、蔵の引き戸を力一杯開いて、なかへ吸い込まれて行った。蔵から出てくると右脇に濃い紫の布で覆われた、細長いものを大事そうに抱えていた。

  「ほれ、見てみろ」

  部屋に戻ったおじいちゃんは床の間の前に座り、紫の布を開けた。とても上等そうな布であった。なかから木の細長い箱が出てきた。おじいちゃんは両手を合わせてから、箱を開けた。箱に収められているのは日本刀であった。僕にはこれが日本刀であるということしか分からない。物珍しそうに前のめりで覗き込んでいると、おじいちゃんは「触らんのか」と言って、白い口ひげの奥で不敵な笑みを作った。

  触るかジジイ、銃刀法違反じゃろうが。

  これだけわかれば、公民も怖くない。

  「触るだけでは祟られんよ」

  何かをすれば祟りがあるんだ。

  おじいちゃんは鞘をつかんで抜こうとした。初めに抵抗があり、カチリという音がした。「これが鯉口を切るという」と説明してくれた。それから、鞘から刀身を引き抜いた。シュルシュルという音がした。滑らかに刃が現れた。鞘を体の脇においた。そして目の高さにかかげた。もともと威張っているが、そこに威厳も加わった。

  「もともと、鎌倉時代、我が家は御家人としてこの辺りを領地として有していた。御家人、分かるな。

  この刀は時の執権北条家に代々伝わるものだった。ある日、北条時政の枕元に小鬼が立っていたそうだ。毎晩それが続いたもんだから、時政公もついに参ってしまった。はてどうしたものか、と思っていたら、夢枕に老人が立った。その老人は言った。自分はお前が持っている刀だと。お前を守ってしんぜるから、まずはお前が佩いている太刀をきちんと研げ、と。

  あくる朝、時政公が老人の言うとおりにした。それを夜枕元に抜き身で立てかけておくと、現れた小鬼の首を刎ねたそうだ」

  目の前で横にしていたが、話し終わると、刃を立てて、上から下まで丁寧に見た。刃こぼれを探しているようだった。そのまま、僕の方へ刀を倒せば、僕の頭を一刀両断しそうで、すこし体が硬くなる。

  「その刀を我が家の祖先が拝領して家宝にしている。お前が見るのも初めてだろ」

  僕はこくりと頷く。「これを貸してやるから。時政公のように枕元に立ててみろ」と言って、ニヤリと笑った。

 

  その日の夜、もしかして安心して眠れるのではないか、と思ったのか、早い時間から眠くなった。

  寝る前の身支度を整え、布団を敷く。

  四畳半の畳の中央の敷布団の上にあぐらをかいた。畳は長い間取り替えていないのだろう。茶色に日に焼けて、色あせていた。おじいちゃんから借りた刀を左手に持つ。右手で引き抜こうと鯉口を切った。滑らかに刀が抜けた。目の前で刀身を立てて刃を丁寧に見る。背筋に鳥肌がたった。これで人が殺せるんだ、という怖さがあった。だが同時に自分にも禍いが降りかかる予感がした。

  どこに立てかけようかと迷った。四畳半の部屋、ちょうど寝転がって、左手に階段がある。右手には文机があり、文机の向こうには窓がある。刀をしまって布団に寝転がった。天井は杉板が何枚も並んでいて、真ん中の杉板にはタツノオトシゴのような紋様がある。タツノオトシゴは火を噴いていた。もう何も考えたくない。寝返りを打つと、周囲の壁は白い漆喰が塗られている。ところどころ、漆喰は古くなっていて、ヒビが走っている。壁と壁の間には細い柱が付いている。細すぎて柱を中心に壁がつけられているというより、柱が装飾のような感じがする。柱には柿渋が塗られていて、赤茶色になっている。

  小鬼が現れるのは窓の方からだ。窓から入ってきて、文机から下に飛び降りる。そして僕の枕元に立ち、僕を眺める。この三日そのパターンだ。いったい何をしようとしているのかはわからないけれども、そぅして僕の顔を覗いてぐるりと部屋を一周してまた窓から出て行く。口のなかで小さな声で呟いて確認をして行く。

  だから、刀を立てるなら、あそこだ。

  床柱を指さした。床柱は丸くて表面に柿渋が塗られている。丸い柱なのだが、漆喰の壁と柱の両方にもたせかけるように立てると、刀は転がらずに立つようだった。再び鯉口を切り、鞘から刀身を慎重に抜き出す。膝立ちで枕をまたぎ畳に出る。床柱の前で立てかける方向を吟味した。下に向けて立てかけると――切っ先か、刀の先端が畳に突き刺さる。そうすると畳を傷つけたりしておじいちゃんに怒られそうだ。柄を下にして、立てかけると、今度は切っ先が柱の方に向く。妥協して、少しだけ柱には切っ先をめりこませて立てかけた。それだけで、この刀が恐ろしく切れることがわかった。何も力を入れていないのに、切っ先が柱にめり込んだ。

  そうしていると、もう小鬼など出てこないような気がした。きっと、刀を立てかけるという動作が、儀式になったのだろう。

  そのまま、両手を頭の上に組んで、布団に寝転がり天井のタツノオトシゴを見ていると、すうっと気が遠くなった。

 

  意識が彼方から戻ってきた。

  ちょうど小鬼が窓から入ってきて、文机、畳と一足飛びに降りてきた。それを僕は正面に見ていた。どきりと大きく心臓が鳴った。バレないように目をごく薄く開けていると、小鬼は例によって、僕の正面に立って見下ろした。その視線をさけるように、ごく自然に僕は仰向けになった。仰向けになったのと同時に、小鬼は僕の周りを時計回りに歩き始めた。刀には気づいていないようだった。

  ちょうど僕の頭の上に小鬼が来たとき、刀が食い込んだ切っ先が抜けた、釘を抜くような音がした。はっきりと目を開けると、刀は僕の眉間めがけて刃を下ろした。すんでのところで、右に転がった。全身が文机にぶつかった。降ってきた刀は枕を裂いた。なかのそば殻が飛び散り、敷布団の綿が露出、その下の畳まで刀は食い込んでいた。

  どうして。

  枕の上で小鬼が腹を抱えて笑い、片足で飛んで踊り、喜んでいた。

  ――馬鹿かおのれ! おのれの狸寝入りに気づかないわけがなかろう!

  僕は素早く身を起こし立ち上がり、肩で息をした。

  ――刀の狙いはハナからおのれよ。馬鹿め、ジジイに言いように操られおって。

  ――なに。

  刀は枕の上の畳にある柄頭を支点に身を起こした。そして、横殴りに僕に切りかかってきた。僕は刀身の動きを予想して、前転して刃をかわした。すんでのところでかわした。髪の先に触れた感触があった。階段のところへ転がっていって、そのまま階段を降りようとした。一段下に降りると、刀が飛んできて、降りるのを遮るように階段脇の壁に突き刺さった。僕は再び布団に戻る。

  ――どうせ、ジジイにその刀は小鬼を退治した刀だとか言われてきたのだろう。狙う小鬼は俺ではない。おのれよ。

  木から金属を抜くような感触を伝える音がして、刀が再び中空に現れた。僕と正面に対峙する。

  ――この家はな、代々鎌倉へやってくる鬼を退治する家なのよ。でなければ、そんな名刀をこんなチンケな家にくれてやるわけがなかろう。

  刀は中段の構えでこちらをみていたが、それが下段に変わった。

  ――お前の父親の家系は鬼の家系なのだよ。だから、ジジイはお前のお袋と結婚するのに反対した。鬼退治の家系が鬼の家系とつながるなんてぞっとせんからな。けれども母親は今時なに言ってるのだ、と言って突っぱねた。なんだい今時って、時代が変われば、身分なんかはなくなる。だがな、そんな程度の変化で流れないものもあるんだ。

  簡単に言えば、ジジイは自分の家の務めのためにお前を捨てたんだよ。

  僕は文机の上にあった、三十センチの竹の定規を持った。

  ――竹で敵うかよ。

  竹は灰色に鈍く光り、黒い煙が立った。

  ――おお、やるか。

  刀は下段のまま滑り出した。畳を切り裂き、布団を切り裂きながら僕の方へ向かってくる。僕が右にかわそうとすると、右に進路を変え、左に行こうとすると左に向いた。意を決して、定規を構える。僕に届きそうになるすんでで、定規で刀を左に薙ぎはらう。刀は切っ先を進路に向け飛んで行った。その先には小鬼がいた。

  小鬼は自分に切っ先を向けて飛んできた刀を避ける。

  刀が再び中空に現れる。今度は中段の構えだ。

  そのまま縦に飛んできた。

  僕はまた弾いてやろうと、野球のバッターのように構えた。

  竹の定規を振ろうとした刹那、刀は動きを変えた。

  僕にまっすぐ切っ先を向け、飛んできた。

  僕は動きに翻弄され対処できなかった。

  刀は僕の胸を貫いた。僕は貫く様子を見ていた。刀は鍔まで深く僕の左胸を貫いた。

  僕の脇を小鬼が抜け、窓から出ようとした。

  クワバラクワバラ。

  やっぱりだめか。

――了――(四九八四字←Word調べ)

 

 

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