今日の十分日記

今日の十分日記

原点回帰の雑記ブログ。十分で書ける内容をお届けします。十分以上書くときもあるけどね。十分以下もあるし。

「第二十四回短編小説の集い」参加作品「収穫」です。

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 まさりんです。

 「第二十四回短編小説の集い」に参加します。

 いつもながら、主催者様よろしくお願いいたします。

novelcluster.hatenablog.jp

「収穫」

  そこは岡と岡の間、谷であった。

  岡の斜面に沿って、小さな栗林が二つ三つあった。それぞれの栗林は盛り土がなされていた。その上に二十本ほどの栗の木が立っていた。栗林の中央には水はけを良くするための溝が掘られていた。栗の木の下には、中身がないいがぐりと剪定されたばかりの枝が散乱している。

  案山子は林の端、車道に面した辺りに立っていた。

  谷の底にはネギ畑や柿畑、花畑が広がっている。その向こうの岡には典型的な新興住宅地が岡の斜面や頂に広がっている。双方の岡はかなりの急勾配なのだが、それにもめげずに家は立っていた。ここは鉄道会社が主導的に大開発した地区であった。ただ、もう一つの岡まで届かず、開発の時代は終わってしまった。土地を売却して土地成金になり損ねたこちらの岡の住人は農業をするしかなかった。だが、昼間行くと人の姿がまるで見えない「閑静」というには静かすぎる住宅地に比べればずいぶんマシなのかもしれない。

  こちらの岡の斜面にはすがりつくように零細の農家が農地を広げていた。案山子のいる林の栗のように、柿、ゆず、梨、びわなどの、コメ以外の作物を作っていた。昨年、害虫が大量発生して、そこここの栗畑に全滅に近い被害が出た。

  そこで周辺の農家は話し合って、総出で浅間神社に詣でた。昨年の春のことだ。大きな川の堤防のすぐ脇を走る街道を挟んで浅間神社は立っていた。堤防に立つと富士山が見えることがあった。街道沿いには多くの寺社があった。

  岡の農家たちは、各々が畑で採れた作物をザルに満載して、お供え物として持参した。掃き清められた本殿に昇り、神主による祈祷を受けた。ザルは祭壇に捧げられた。願いを聞いた浅間神社の木花咲耶姫は農耕の知恵を持っていない。そこで八咫烏を使いに出し、久延毘古に助けを求めた。久延毘古とは案山子のことである。

  とある田の畔に立っていた案山子の肩に八咫烏がとまった。八咫烏が伝えた。

  「木花咲耶姫がお主の力を借りたいそうじゃ」

  「なんだ、色香に迷うたか」

  木花咲耶姫は絶世の美女であった。

  「馬鹿を申せ」

  八咫烏は農家たちの苦境を語った。

  「なるほど木花咲耶は同情をしたのだな。面倒な・・・・・・」

  案山子は知恵の神。知っているのだ。やがて害虫も餌を食べ尽くせば数が減っていくと。それとも。

  「天敵になるようなものがおらぬのか」

  「なにせ、対岸の岡は開発されておるからな。さもありなん」

  案山子は春の田にはられた水に映る青空と陽光をまばゆげに見つめていた。

  「しょうがない。ゆくか」

  八咫烏に先導されて、目的の岡に着いた。案の定、クスサンと呼ばれる蛾の幼虫が大量に発生していたが、それを食べる鳥や蜂などがあまりいなかった。案山子は近隣の食虫の鳥や蜂などと語らい、集まってもらった。餌が増えれば、それを食す天敵の数も増える。それは当たり前のことだ。しかし、クスサンの幼虫も天敵も大量に発生したため、それを気持ち悪がった谷の向こうの岡の住人が騒ぎ出した。おかげで住人同士の溝が深くなった。それでも案山子はどこ吹く風であった。一時のことだから放っておいた。谷の真ん中に幼稚園が建っていた。そんな大人たちを嘲笑うように、園児たちの笑い声が谷に響いた。

  やがて秋になった。農家と案山子の努力の甲斐あって、全ての作物が大豊作になった。青空に映える熟柿の照柿色を、案山子は満足に見上げた。

  農家たちは再び浅間神社を訪れた。お礼をしに来たのである。八咫烏に呼ばれた案山子も来ていた。祭壇に置かれた丸いザルには今年獲れた作物が供物として載っていた。

  「木花咲耶姫よ、春もこんなに少なかったのか」

  ザルに載った作物の間には隙間が多いように見えた。それを案山子は問うたのだ。木花咲耶姫は絶句している。これが人間味というものだ。用済みお神など真剣に拝むものはいない。対照的に神主はホクホク顔であった。現金で謝礼をたんまり受け取っていた。収穫物が売れたのである。

  「人とは不思議なものだ。関われば関わるほど、二度と関わり合いになりたくないと感じる。他者に感謝しないとかではなく、相手によって出方を変えるのが気に入らない」

  案山子はそう語って、農家たちと神主がよそへ行っている間に、ザルの供え物を消した。

  「これ!! 久延毘古!」

  木花咲耶姫はキッと睨む。八咫烏は美女の怒気に怯んでしまうが、案山子はどこ吹く風であった。

  「冬が来る。山へ帰ろう」

  案山子は冬には山の神になる。

  こののち、人々は供物が消失したことに大騒ぎした。その場にいた子どもだけが「神様が持って行った」と気づいていたが、怒られそうなので言わなかった。一件はこの辺りにいるはずのないホームレスのせいとして落着した。

 

  案山子と八咫烏がやってきた山はあまり人の手の入っていなかった。多種多様な木々が乱立していた。ところどころに黄色や赤の葉が見える。薄暗い木立のなかへ、案山子と八咫烏がゆっくりと降り立って行く。木々の足元に生える下草も盛大に伸びている。晩秋の山は午後になれば、湿り気のある夜気が漂い始める。大きな岩があり、そこへ案山子と八咫烏は降り立った。岩の右脇みは今や廃道になった人がすれ違えないような細さの登山道が伸びている。登山道は急斜面に沿っている。岩の脇を雌鹿が一匹降りて行く。雌鹿は案山子たちに気づかずに降りて行く。少し斜面を降りて、不意に左のほうへ顔を向けて、鼻をひくつかせる。視線の先の松の木の根元に白いものがついていた。松の木は斜面から空に向かって伸びていて、根元が湾曲していた。白いものはどうもおかららしい。

  「声をかけるか」

  八咫烏の言葉に案山子は迷った。迷っている間に雌鹿は道を逸れ、枯葉を踏みしめながら、おからに向かって歩いて行った。鼻をひくつかせておからに興味津々だった。案山子たちが「まずい」と思った刹那、牝鹿はそれを踏み抜いていた。牝鹿は甲高い声を上げ、身体が真上に跳ねた。跳ねた身体は右後ろ足に引っ張られて落下した。罠だった。

  「やはりそうだったか」

  八咫烏は溜息交じりにそう言って、巨大翼を広げて再び収めた。

  罠はおからの巻かれた杉の木の杉近くにあった。牝鹿は罠を外そうともがいていた。右に身体を突っ張らせては足から罠を抜こうとするのだが、ワイヤーがきつく足に食い込んでいて外れない。やがて疲れて尻餅をついた。再び立ち上がって、今度は逆に身体を向けてワイヤーを外そうとする。が、やはり外れなかった。

  案山子たちは冷淡にそれを見つめていた。

  一時間もすると、牝鹿は体力がつき始め、しゃがみ込む時間が長くなっていった。山を吹き抜ける風にぞっとするような冷たさが混じるようになった。牝鹿はへたり込んでいた。

  斜面の下の方から、枯れ葉を踏みしめる音がした。ゆっくりとした足取りは野獣と遭遇するのを警戒するようでもある。斜面から頭、胴と姿を現したのは漁師だった。

  「あんなもの着たって人間の臭みなんて消せやしないのに」

  漁師は毛皮を身体にまとっていた。猪だろう。

  「人間の浅知恵よ・・・・・・。ん、なに、若いな」

  漁師はあきらかに若かった。十代後半か二十代前半の青年だった。純真そうなつぶらな目をしているが、同時に意志の強そうな太い眉をしていた。きっとすべてが大人の漁師たちに教えられたことであり、もしかすると「意味がない」と悟りながらも粛々と受け入れてきたのかもしれない。

  倒木の向こうで慎重な足取りが止まった。

  「え?」

  猟師はそれを見つけたとき、つま先で踏ん張って止まった。案山子たちから見える表情は明らかに戸惑っていた。視線の先には同じようにうるんだつぶらな瞳をした牝鹿がへたり込んだまま猟師の方を見ていた。

  「助けるか」八咫烏は言う。

  「どうやって。所詮お主は水先案内人にすぎぬ。お主になにができる」八咫烏は絶句した。「それに私はここでは山の神だぞ。山の全てを司り、安定させることはできても、鹿一匹のために天変地異など起こせぬ。それにあの者たちのどこに異常がある。人が獣を捕って喰らうのは自然だろう」

  情ってものがお主にはないのか、と八咫烏は悪態をつきながら、翼を羽ばたかせた。だがその案山子が言わんとしていることは理解していた。

  若い猟師は数分の間、牝鹿と視線を交わし合い固まっていた。ためらっているのだろう。ただ早くしないと夕闇が迫っている。猟師はそれに気づいたのだろう。周囲を見回して、一メートルを超える太い枝を手にした。枝を手にしたまま、ゆっくりと牝鹿に近づく。牝鹿は察したように、猟師から逃げようとする。逃げた方向にはおからがあって牝鹿は踏み荒らした。一時間ほど前に牝鹿自身が大きな関心を持ったのを忘れてしまったようだった。罠の鎖が最大限に伸び、牝鹿の足をとらえて引っ張った。牝鹿はその場にへたり込む。動きが止まった機を逃さず、若い猟師が振り下ろした白樺の枝が牝鹿の後頭部を強打した。牝鹿は子どものような甲高い悲鳴を上げて昏倒した。猟師は白樺の木の先で牝鹿を二、三度つついた。牝鹿は動かなかった。やがて牝鹿のそばに腰を下ろしながら、腰からナイフを抜いた。岩から見て猟師の背中が重なって見えなかったが、肘の動きから、牝鹿の身体の方へナイフを突き入れたのがわかった。牝鹿は「ギュウ」という小さな声を上げた。心臓をついて止めを刺した。猟師は岩の方へ背中を向け、その場に座り込んだ。肩が大きく動いていた。袖で目元を拭っていた。汗なのか涙なのかはわからなかった。

  「あやつが銃で殺したのなら、鹿を助けたやもしれぬ。あやつは命を奪うということをよく知っておるよ」

  猟師は十分後、そろそろと立ち上がった。腰にぐるぐる巻き付けたロープを解きながら息絶えた牝鹿の近くに歩いて行った。もうすぐ夜がやってくる。その前に鹿の処理をしなければならない。猟師のつぶらな瞳と眉には牝鹿に止めを刺す前の迷いはなかった。右後ろ足の罠を外し、左右をそろえてロープを巻いた。そしておからを播いた杉の木にある手頃な枝にロープをかけて引っ張り、牝鹿を吊した。吊された牝鹿は反動で右に左にゆっくりと回転した。

  死んだばかりの牝鹿の瞳は黒々としていて体毛にも生気があった。もう少し時間が経つと肉は臭くなる。処理された肉は山の麓のジビエ料理の店で買い取ってもらう。心臓を刺しているので血抜きは終わっている。吊された牝鹿の、白い毛に覆われた柔らかい腹にナイフを入れる。裂かれた腹に手を入れる。内臓は死んだと思えないくらい、暖かい。一番初めに直腸を身体から切り離す。腸の中身を散らさないように、何度もしごく。中身が切り口あたりからなくなったら、ナイフを使って肛門から外す。そして直腸を素早く縛る。ナイフを使って腹膜や腱を切り離し、内臓を取り出す。出てきた内臓から、ハツやレバー、マメを切り離す。

  内臓を取り出した後に、吊された後ろ足から皮を剥いでいく。皮と肉の間には皮下脂肪がある。ナイフを器用に使い、肉から脂肪をはがしてゆく。一連の作業は猟の師匠であるじいさんに教わった。じいさんに任されて下処理は何度も手伝っていた。そのおかげでナイフの使い方などのコツは知っていた。皮を剥がされた鹿は部位ごとに分けられた。

  「行こうか」

  その様子を冷淡に見ていた案山子と八咫烏は、奥にある小さな社に着いた。ここで案山子は山の神として越冬するのである。

  翌日、あの猟師がやってきた。大きなザルには肉が載っていた。昨日解体した肉の一人分を山の神にそなえるように、師匠のじいさんに言われたのだ。猟を独りでしてのけて、じいさんは満面の笑みで喜んでくれた。その日は初めてじいさんと呑んだ。

  若者は五円玉の賽銭を箱に入れて、熱心に拝んだ。心のなかで住所、氏名、電話番号までを報告していた。

  「山がどうのと言いながら、肉が目当てだったのだろう」

  八咫烏は笑いながら言った。

  「どうでもよいわ」

  若者が目を閉じて二礼し、目を開けるとザルの上の肉は消えていた。若者の頭にイガグリが落ちてきた。痛くて目を閉じ首をすくめた。目を開けると、ザルには大量の柿やゆず、栗などの秋の果実が載っていた。

  「ほうびだ。木花咲耶姫のときよりも足したがな」

  若者は不思議そうに目をぱちくりさせていた。

ーー了ーー(四九三二文字)→Word調べ。

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