池波正太郎をめざして

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明日は明日の風が吹く

今の心境にあわせてブログ名を変更しました。どうぞよろしく。肩の力をさらに抜いてやります。

クリスマスよもやま話

雑記 エッセイ

 

先日年伝説の番組をやっていてそこでiPhoneの音声入力ソフトについて紹介していました。それを見ていると非常に便利そうだったので今日は iPadのそのソフトを使ってこの記事を書いています。まさにです。変換ミス中もそのまま放置しようと思っています。

いやークリスマス終わりましたね。お子さんをお持ちの方は非常に大変だっただろうな。プレゼントとか料理とか大変ですよね。内野母親も、クリスマスだけはなんとなくがんばるんですね。オードブルをたくさん作ったり、作ったりっていうか買ったり、ですね。ケーキをそのケーキ屋に頼んででかホールケーキの55に置いて、見出しそれを切って食べるのか。クリスマスだけど何となく我が家の恒例行事になってましたね。正月とごぼうは、母方の実家に行って歯石10集まるので、若いの事かと言う感じはなかったです。

中には1日5されたと言う人もいるんじゃないでしょうか。

そういう人をさして、「クリぼっち」という風に呼ぶそうです。自称YouTube上野私としては、YouTube上の動画をチェックするのが時間なのですが、YouTube上でも自分のことを「クリぼっちありがことじと呼んでいる人が少なからずいました。ただ若い人の場合、実家にいても自分のことを「クリぼっち」と呼んでいるような気がしました。本来の意味は、本当に孤独にクリスマスを過ごす人を指す言葉であるような気がします。

そういえばクリスマスイブの昼食を近所の日高屋で食べた時、それを感じました。混雑のピークを避けていたんですが、店内は非常に混雑していました。ただし、あまり家族や友人と来店したという感じの人は少なく、1人でやってきたと言う感じの人が多かったです。若者の数はさほど多くなく、どちらかと言うと孤独に過ごしているご老人が多かったように感じました。もちろん、若者で仕事に追われクリぼっちと言う人は、この時間、働いているわけで、このような場所にいないと言う事は、大いにあり得ることです。それにしても高齢化が進み、孤独に生きている人がこれだけ多いのだということにちょっと寂しい思いをしました。

 

我が家はクリスマス近辺になると、中山競馬場にクリスマスイルミネーションを見に行きます。中山競馬場のイルミネーションは、さほど混雑せず、非常にゆったりと見られるのでいいです。今年はとても暖かくなった日に見に行ったので、ちょっと子供がはしゃいでいました。あまり露天が出店されないイルミネーションでもあります。しかし今年は、唐揚げ屋さんとコーヒーショップ・綿菓子や・ポップコーン屋が出店していました。わたあめは非常に人気があり長蛇の列を作っていましたよ。メインの釣りはヒマラヤ杉でマンションの34回位の高さがあり、非常に見ごたえがあります。もしよかったら来年は参加してみたらいいと思います。23日に行ったのですが、早くも有馬記念の関取をしたいと考えている人々が、たくさん並んでいるいました。

先日緑の男さんが、鶏肉を丸ごと焼くと言う記事を出していらっしゃいました。非常に美味しそうな記事でした。小野さんに「ぜひ挑戦してみてください」と言われたのですが、よくよく考えてみると、和歌山の端は、鶏肉があまり得意でなく、おそらく薬と鶏肉を丸ごと1人で消化しなければならないと言う苦行になることが予想されます。我が家では無理かなぁと思いました。

今年に入ってから、「クスクス」と言う、粉を使った料理を食べました。トマトベースのソースに、クスクスと骨付きのラム肉が入っている料理でした。簡単に作れそうだったのでていつか挑戦しようと思っていました。小野さんに対抗しようと思ったわけではありませんが、執事はクリスマスっぽいので、この料理を作ってみようと思いました。ただ、つくることと食べることに夢中で、やはり写真を撮るのを忘れてしまいました。レシピを貼っておきますので、挑戦したい方はどうぞ。

このクスクスと言うのは、パスタの1種です。血中地中海料理のヨーロッパや、北部のアフリカで、よく使われる不在だそうです。2人分でワンカップほどのクスクスをお湯で戻して使うのですが、ちょっと食べ切れませんでした。150グラム位で、いいのではないかと思います。

cookpad.com

 

先日、マツコの知らない世界で、クリスマスソング特集をしていました。細かい内容に関しては、この記事の内容と合わないので省略します。そこで言っていたのですが、バブル経済の崩壊した後、クリスマスソング自体が衰退していったのではないか、という事でした。マツコがそう推測したのですがちょっと説得力があると思いました。

クリスマスを扱ったドラマも特集していたのですがその中ではでクリスマスイブにカップルは会えないと世界が終わると言うような大げさな描写がなされていました。元来、私はこの手のドラマをほとんど見ないので、世間がそういう雰囲気があったかどうかわかりません。ただクリスマスに対するイメージを作っていたのは確かです。おそらくそのドラマに影響受けた若者がそのような文化を作っていたんだと思います。そしてその後、結婚や出産を経て、このようなドラマは必要なくなったんだと思います。

それにしても音声入力は書きにくい。基本的にパソコンやタブレットのツールは、簡易的な文章を作成するために存在すると思っているので、ちょっと込み入ったことをやろうとすると全く起動しないもの中なんです。

話を戻すと、クリスマスでイブに合わないと死んでしまいそうだと思っていた若者はその雰囲気のまま子供近江そして恋人ではなく子供に対して同じようにクリスマスをしてあげようと言うふうにスライドしていったのだと思います。今や、バブルの頃にクリスマスを謳歌していた年代も、孫がいてもおかしくない年齢になっています。子供や孫に同じことをしてあげようと躍起にななっているのでしょう。こうやってクリスマスは普遍化指定でいるのでしょう。

 

よく日本はクリスマスと進行が乖離していると言う批判が存在します。簡単に言えば、クリスマスはキリスト教信者のもので、日本は仏教徒が多く関係ないと言う批判です。しかし上記のように、普遍化していったクリスマスを考えてみると、信仰は存在しているようにも感じます。それは「消費」に対する信仰です。日本人は無駄に消費するということを非常に厭います。最近の結婚観についても同じことが言えます。無駄に消費するので、結婚するのが嫌だと考える人が多くなっています。

  クリスマスは、バブルの時代には恋人の為、今の時代では子供や家族のため、消費するというものになっているので、そこに罪悪感は存在しません。愚痴を言っているのは、そのような消費の対象を持っていない人だと思います。クリスマスの普遍化は「大切な人のための消費」と言う信仰伴って怒っているのです。

  この「消費」への信仰が日本人の根底にあると考えると非常に日本人の現在を読むとことができます。

 

さて今日はこのぐらいにしておきましょう。音声入力ツールは便利なのか少し微妙です。使いまくっていると、使い勝手が増していくのでしょうか。キーボードで歌を早いなぁ。最後の最後で変換ミスです。では。