池波正太郎をめざして

読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

明日は明日の風が吹く

今の心境にあわせてブログ名を変更しました。どうぞよろしく。肩の力をさらに抜いてやります。

あなたと見つめ合いたい。

 

 

いつものように病院が終わり、そのまま散歩をした。

いつものように神田明神から湯島天神を通り、秋葉原まで歩いた。こう書くと、あまり慣れていない人は長い距離だと思うのだろうか。三十分くらいの行程である。

一時期は毎週のようにこのルートで散歩をしていて、ちゃんと神田明神湯島天神でお賽銭もあげ、 参拝もした。病院に行く間隔があくとなんだか罪悪感すら感じていた。最近は慣れたが。

 

神田明神はいつもの平日の神田明神だった。

朱色の大門をくぐり、手水舎の脇にある、白い柵で区切られた狭いスペースに、小さなポニー「あかり号」もいつものように静かにたたずんでいた。参拝客が何人か物珍しそうに「あかり号」を見つめていた。

神田明神の脇の出入り口から出て、坂を下る。坂の両脇は中小企業やマンションが並んでいる。坂はとても急である。つま先にかかる体重を感じながら坂を下ると、直行する下り坂に出る。この下り坂は、御茶ノ水駅から湯島天神にまっすぐ繋がっている。そのまま直行する坂を下ると、交差点に出る。直行する坂の両脇には飲食店やマンションのビルが並んでいる。まるで森の中を行くようである。交差点に出ると、その森から一瞬抜ける。

御茶ノ水の駅から湯島天神へは、 二つのコブの丘を抜けなければならない。それを通っていると牛の背を歩いているような錯覚を覚える。

大きな交差点の歩行者用の信号が青だった。この信号が青だったためしが無いような気がする。だから「おお、珍しいなぁ」と思いながら交差点を渡り、また急坂を上る。私の前には、後ろ姿が非常に美しい女性が歩いていた。急坂の頂上には、 小径があって、右に曲がると嬬恋神社がある。美女はそちらに曲がっていった。

牛の背中を頭に向かって歩いていく。

首の根元あたりに定食屋があった。ここは湯島天神の目の前で人通りがあるがよく店が変わる。定食屋の前はパン屋であった。パン屋も二回ぐらい変わったような気がする。パン屋の前は蕎麦屋であったような気がする。岩井志麻子曰く、このように立地的には流行るはずなのに、店がどうもはやらないところを「ぬめら筋 」と言うらしい。

牛がトレードマークの天神様に入ると、たくさんの参拝客が訪れていた。三月八日までは梅まつりが開催されている。その影響だろう。とりあえず参拝を済ませる。本殿の左脇で湯島天神オリジナルの切手を売っていた。その露店を尻目に、本殿を左に折れ、作務所のほうに向かう。そこでは猿回しをやっていた。

f:id:masarin-m:20170224184206j:plain

女性の猿回しなのだが、おじいちゃんおばあちゃんに大受けで、大盛況であった。

猿回しは紐を張ってスペースを確保しているのだが、その紐に注意書きが書かれた紙が下がっていた。

その注意書きの中に、「おさるさんと目を合わせないでください」というものがあった。つい目を合わせてしまいそうになるが、本当に襲いかかってくることがあるのだろう。

器用に竹馬を操ハードルを飛んでゆくお猿さんを見ながら、どうして我々は学校で「人の目を見て話をしなさい」としつけられてきたのか、ということをぼんやりと考えていた。

司馬遼太郎の小説「箱根の坂」は北条早雲が主人公の小説である。もともと早雲は伊勢新九郎と言う。伊勢市は将軍家の礼儀作法について管轄する家柄である。新九郎はその末席にあり、一生流の礼儀作法に通じているという設定になっている。もともとは、貴賓と相対する場合、貴賓の目を直接見る事は許されない。

確か、近代の軍隊の人もそうであったと思う。上官の話を聞く場合は、斜め四十五度の虚空を見つめなければならない。

ジャッキー・チェンの「プロジェクトA」の中で、ユンピョウ扮する上官にジャッキーが指導受けるというシーンがある。その時もジャッキーはユンピョウの目を見ないようにしていた。確か小学生の頃に見た映画だと思うが、ものすごく違和感があったのを覚えている。

人の目を凝視するというのは、人を威嚇する行為である。だからヤンキーは「今ガンつけただろう」と因縁をつけ、街中で目のあった相手を攻撃しようとするのである。自然に考えれば、目を合わせないほうが正しいように思う。多分これが、戦後にひっくり返ったのと思うが、それはどうしてなのかわからない。

それにしても学校でのしつけを無視したヤンキーの方が、古典的な礼儀作法をわきまえていると言うのも面白い話だ。本来なら、目を逸した人間に対して「テメェ、今明逸しただろう」と因縁をつけてもいいような気もする。

私などは相手の目を凝視しすぎてしまうので、たまに人と会って話していると、疲れてしまうのではあるが、目をそらすきっかけがなく困ってしまうことがある。

こんなことをちょくちょく考えてしまう。多分解決していないからだろう。ただ時間を割いてまで解決すべき問題なども思えないので、放置している。放置しているから、また頭に浮かんでしまうのである。

私はお猿さんとガッツリ目を合わせたいという誘惑に抗しかね、猿回しの側から移動した。

 

f:id:masarin-m:20170224184128j:plain

梅は盛りであった。

猿回しの後ろに小さな梅園がある。

梅園の脇に甘酒を売っている出店があり、若いフリーターらしき女の子が二人、店に行って甘酒を汲んでいた。寒かったので一杯飲んだ。正直言って、神田明神の前にある甘酒屋さんのほうがおいしかった。相手は、確か江戸時代から続く老舗であり、味に差があっても仕方がないか、と思いながら、湯島天神を後にした。

 

f:id:masarin-m:20170224184112j:plain

湯島天神から御徒町の駅に向かい、上野広小路を右に曲がると秋葉原、左に曲がると上野のほうに向かう。私は右に曲がった。

秋葉原は昼時であり、多くの人が出ていた。AKBの劇場のある方の歩道を歩いていると、メイドさんや飲食店の客引きが多く出ていた。そのなかに、左手の腕にふくろうを乗せた女性が男性に声をかけていた。その女性が、店に入ってくれそうな男性というより、話しかけたいおしゃれな男性に次々と声をかけていたのが面白かった。今流行の猛禽類と遊べる喫茶店の客引きをしているのだろう。ものすごく行きたかったが、お腹が空いていたので、帰ることにした。

写真でも撮らせてもらえばよかった、と後で後悔した。

 

ブログランキング・にほんブログ村へ