今日の十分日記

今日の十分日記

原点回帰の雑記ブログ。十分で書ける内容をお届けします。十分以上書くときもあるけどね。十分以下もあるし。

十五少年漂流記感想のあとがきーー十分日記13

スポンサーリンク

前回は「十五少年漂流記」について、読書感想文を書いた。

前々からかいているが、読書感想文というのが、子どもの頃から嫌いだった。教師が書き方を押し付けることが多く、展開から教師がどのような文章を好むのかが見えてしまったからだ。大人になると、展開のわかる物語でも、別の楽しみ方ができるのであるが、子どもにとってこれほど退屈なことはない。

今回の「十五少年漂流記」だと、「友情」とか書くと喜ぶのである。子ども時代に読まされる本、とりわけ教科書に載るような話だと、もう書き方すらそのように大人の教訓的な意図にそった書き方をしている。そういううがった見方をするタイプの私だが、「十五少年漂流記」はもっと深いものがあるように感じた。

それは国の違い、文化の違いなのだろう。

勇敢に命を差し出すように行動するブリアンを、献身的にだとは思えなかった。ただの無謀だと思った。永続的に島の生活が続くのであれば、ーーそんなことはないともちろん少年の私は予想しているはずだーーそのような無謀な人間をリーダーにすることに違和感を持った。もちろん、ドノヴァンは論外だ。どうして、ずっとゴードンをリーダーにしなかったのか、と思った記憶がある。博学で冷静、ときに冷厳でもある人間はリーダーに向いているだろう。小学校中学年の自分はそう思った記憶がある。

 

そう。少年にとって、はっきりと分かりきった道徳的な話よりも、疑問が湧いてしまうようなお話の方が面白いのである。そこから、疑問を解決しようと考え始めるのであるから。

そこには人々の感情があり、感情は理屈を跳ね返すことがある、とその後学んで行く。そして、その感情すら利用し、御して行く、三国志などの話に興味を持って行く。

 

今回、みどりの小野さんと話していて読んだ本だが、意外と子ども時代に読んだ本が、将来につながって行くものだと知った。

 

それにしても、病床でくすぶっていた時代、うちの母親はどうしてこの本を読ませようと思ったのか。うちの母が一番の謎である。

ブログランキング・にほんブログ村へ