新海誠の映画である。
ちょっと前に見たのであるが、感想がなかなか書けない映画だった。
映画は絵(映像)・物語・音楽で構成される。私個人はそれらのどこかで秀でていると、評価してもよいのではないかと考えている。これらの要素にあまり役者(声優)というのを入れたくない。役者が良いからといって、作品を見るということはほとんどない。アイドル映画ならばそういうこともあるのかもしれないが、役者はやはり物語や絵に従属する存在だと思っているところがある。ただ、同時に役者が下手くそだと、映画は台無しになる。だから、大切な存在ではある。大切な存在ではあるのだが、物語や取り方が役者をすばらしく見せているところもあるのである。
それ故に、困ったことに、ひどい役をやった役者というのは、その役者個人も「ひどい人」としてなじられることがあるそうだ。
さて、上記の話が「秒速5センチメートル」と絡んでくるかといえば、そうではない。「秒速5センチメートル」における声優論をしようなんてことは微塵もない。
小学生の頃に出会った貴樹と明里は、やがて東京と栃木に別れ別れになる。
中学校になっても文通をしているのだが、貴樹は東京から、さらに鹿児島の種子島に転校することになる。最後、もう一度二人は会うことになる。貴樹は冬のある日、明里に会いに行く。
物語は基本的に「すれ違い」のお話になっている。
種子島に行って、貴樹は高校で出会った、サーフィンが好きな女の子に惚れられる。ところが、貴樹はもとの明里のことが忘れられない。
社会人になって、東京に戻ってくるのだが、やはり貴樹は明里のことが忘れられず、三年つきあった彼女に振られる。
そう考えると、第一部の貴樹と明里の話がすれ違っていないことになる。
ここからは妄想だが、実は明里の貴樹への気持ちは、貴樹の思いとは別の物だったのではないか。いや正確に書くと、次の恋人ができると、女性は前の恋人を否定するのである。女性にはそんなところがあるようである。ただ、サンプル数が少ないのでそれが全女性とは言わない。が、典型例であるらしい。
男はそんな様子を見ていて、ちょっと怖くなる。新海誠もそういう思いを抱いたのではないだろうか。
つまり、貴樹と明里が恋に落ちた時点で、すれ違いの始まりなのである。
そうでない女性もいるにはいるんだけどね。
とても綺麗な映像に乗った、残酷な物語ではあるなと思った。
男と女で見え方が違うのではないだろうか。
個人的にはサーフィンを趣味にしている花苗がよいと思います。