今日の十分日記

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原点回帰の雑記ブログ。十分で書ける内容をお届けします。十分以上書くときもあるけどね。十分以下もあるし。

安田純平さん解放に思うーー十分日記205

安田純平さんが40ヶ月振りに解放された。

その事件について思うことを簡単に書く。

 

経緯についてはもう説明は必要ないだろう。

 

この間、たくさんのコメントが出されている。

一番興味深いと思ったのは、そのポジションによってコメントがちがうことだ。

マスコミやメディアの人は、「安田さんを歓迎しよう」というムードを作ろうとしているし、あいかわらず自称愛国者たちは脊髄反射的に「国に迷惑掛けてけしからん」と言い出している。ただ、金自体は日本政府は払っていない。いないのだが、すったもんだあって、テロリストに金が活動資金が渡るという、少々立場が悪くなる状態ではある。

メディアからすれば安田さんが反感を買う構図は作りたくないはずだ。

そんななか、松本人志と北野武が、自己責任というより、自業自得だろと発言しているのは面白い。ただし、松本人志はフジテレビでの発言なのでかなり政権よりではある。北野武はTBSでの発言であるので、イメージから言えば勇気のある行動だろう。TBSはテレビ朝日とともに、反体制側にあると思われている。

 

さて、安田さんの話を考えるには、問題を切り分ける必要がある。

1、安田さんの行動

2、お金のでどころ

大きく分けるとこの二つだ。

基本的に安田さんは金の出所を指定できる立場にはなかったろう。資金の供出先などを指定していても、それはテロリストの指示で行ったと考えるのが自然だ。この二つは全く切り離されなければならない。「日本政府が出したと勘違いされては困る」といった発言をして反感を買ったが、そのように発言しても構わない。個人的にそう考える。

飛行機代などの交通費に関しては感謝もなにもしていない。

 

1、やすださんの行動

テロリストの拘束下にあって取るべき態度というのは、基本命乞いだろう。生きたいと願い、死にたくない助けてくれ、と訴え、あらゆる行動をとるというのは、人として生物として自然な行為だ。大きな意味があると本人が言及したが、韓国人と名乗っても構わないのである。なんら否定されるいわれはない。

そうではない、と考える人々は鬼平犯科帳などの時代劇の拷問シーンを見すぎなのではないだろうか。それでも盗人の仁義を果たし、口を割らないというのは、お話だけだろう。現実に拷問にあった者はすぐに口を割ってしまったろう。だから、口を割らなかったものが英雄視されるのである。

安田さんは死線をさまようレベルの出来事があったかはわからないが、ギリギリ近くまで行って、「あ、俺死ぬかも」と思ったたときに人が取る行動は、死の回避である。そんな凄みがある。

切羽詰まった人間はなんでもする。親子のなかも、夫婦のなかも関係ない。

これら死を回避するための行動を事前の発言と混ぜて考えるのは誤りだ。

 

さて、安田さんの行動は完全にまず切り離す。

そう考えると、金の出所が問題なのである。

 

2,金の出所

安田さんが解放を願い、命乞いというよりテロリストの指示に従ったことを切り離す。

安田さんというジャーナリストの存在が誰にとって利益があるのかということだ。

メディアの言い分はこうだ。

「彼の活動があるから国民は危険地帯の情報を得ることができる」

しかし、我々一般市民は一枚のフィルターを透過した情報を得ているのが本当だ。

そのフィルターはメディアであろう。

 

今はインターネットがあるから、という意見もあるが、インターネットの情報は雑然としていて、日常生活のお役立ち情報ならすぐに行き当たるが、ちょっと専門的な情報などに当たろうとしても、ノイズが酷すぎてなかなか正確な情報に行き当たらない。

現地の言葉を訳して情報を得ればいい、ということかもしれないが、その情報が正確かどうかは住んでいない我々にはわからない。必ず現地に行って、現地のことを熟知する人間が必要なのである。

だから、メディアがなくともいいだろう、という意見は間違っている。

 

ただ、大手のメディアなどは、安全上の問題から、現地の危険地帯に記者が入ることを制限しているはずだ。だから、メディアの出す情報は必ず彼らフリーのジャーナリストが取ってくる情報に依存しているのである。

 

我々ははっきりいえば、テレビや新聞、雑誌が「よし」と判断した情報を摂取している。フィルターとして情報を整理して発表し利益を得ているのは、はっきりいってテレビや新聞、雑誌、それぞれの発行体である。

 

ならば、今回の救出にかかった費用も、メディアが出すべきなのではないか。

大手、中小を問わず、メディア全体で負担すればいいのではないか。

解放を歓迎するなら、その費用の三億円は彼らが出せば良い。

だいたい、権力のチェックが自分たちの役目としているのなら、政府に金を出させたということ自体がまずいことなのだ、という自覚を持たねばなるまい。

 

おそらくだが、宮根誠司や池上彰、安藤優子、関口宏なんて、個人の資産で三億円くらい出せるだろう。池上さんだって、えらい本が売れたはずだ。彼らが負担すれば良いのではないか。坂上忍や恵俊彰も入れる? ちょっとその辺は入れすぎな気がするが。関口宏は役者としては開店休業状態なので、支払い側に入れよう(冗談)。

とにかくジャーナリストから情報を得ていたメディアが金を出すべきである。もちろん、済んでしまったことは仕方ない。これからの話である。

メディアが主体となって救出用の基金を立ち上げるべきなのである。

 

ただ、その前に、考えねばならないことがある。

それは、その金はテロリストの活動資金となるということだ。これに対して、皆で話し合って答えを出す時期が来たのかもしれない。

見殺しにするか、救出するか。

気鬱になる選択である。

 

なんにせよ、安田さんが助かって帰ってきたことだけはよかった。

が、それだけでは済まない問題があるということだ。それは救出された安田さんだけが当事者ではなく、様々な人が本来は複雑な気分にならなければならないことである。政府関係者だけが渋い顔をしていたらしいが、本来渋い表情になるべきはそれを報じているメディアなのである。