白いエアコンのコントローラーの電源スイッチを入れました。
轟音を立てて稼働し始める古いエアコンを、私は溜息交じりで見つめます。
毎年のことです。
毎年、敗北感がじわじわと私を浸食していきます。
「まだ梅雨が終わってないというのに」
冬はエアコンを使わず、電気ストーブで過ごすので、動き始めたエアコンからは、悪臭が出てきます。この部屋に染みついた匂いなのでしょう。それがフィルターは吸いきれずに、部屋中に循環させるのでしょう。何層ものレイヤーを通過することで、AIが答をはじき出すように、エアコンのフィルターを何度も通すことで、悪臭はいずれ消えます。
いま住んでいるところからさほど離れていないところにある、現在は存在しない実家では、ほとんどエアコンを使わずに暮らせていました。ましてや梅雨が明ける前に、エアコンを使うなんてことはなく、ほとんど扇風機でした。
私の十代の頃は、いまほど暑さが厳しくなくーーおそらく冷夏が多く十代の最後に平成の米不足がありましたーーいま住んでいるマンションのように鉄筋づくりでもなかったことが幸いしていたのでしょう。あの頃でも、鉄筋づくりのマンションに住んでいたら、空気の循環が悪く、籠もった湿気や空気が排気されなければ、やはりエアコンがなければたまらない状況だったでしょう。
こんなことを思い出しながら、私の夏が始まります。
今年は梅雨が長く、夏が短くなるのかもしれません。ちょうど、短縮された学生の夏休みと歩調を合わせるように。もっとも、九月にずれ込むだけかもしれませんが。
彼の池波正太郎は梅雨が大好きだったようです。
梅雨になると旅行に出掛けます。
「人がいないのでちょうど良い」というのがこの時期に旅行に行く理由でした。
そして、せっかちな江戸っ子でもある池波は、この時期から来年用の年賀状を書き始めるのだそうです。プリンターがない時代です。気持ちは分かりますが、印刷所でやって貰えなかったのでしょうかね。
昨日の夜までは、夜中汗でビタビタになって、もう一度シャワーを浴びていました。
そうしないと、皮膚が痒くなってしまうのです。
洗濯量が半端じゃなかったです。
それから解放されるだけで、まあいいか、と思いながら、エアコンを見つめます。
古いエアコンなので電気代が膨大な量になります。
うちの奥様は戦間期の日本に興味を持っています。
戦間期とは、両世界大戦の間の時期です。
だからか、妙なノスタルジーが好きで、不便なのが良いみたいです。
もうほっといてあります。
人のあり方はそれぞれですからね。