今日の十分日記

今日の十分日記

原点回帰の雑記ブログ。十分で書ける内容をお届けします。十分以上書くときもあるけどね。十分以下もあるし。

【第四回】短編小説の集いに参加します。

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  まさりんです。

 【第四回】短編小説の集いに参加します。三回目の参加ですが、毎度毎度ギリギリになってしまって、主催者様には申し訳なく思っています。

 今回は本当に難産でした。書きたいことが溢れてしまって。分量に適切な話題の量の設定を間違えてしまいました。


【第4回】短編小説の集いのお知らせと募集要項 - 短編小説の集い「のべらっくす」

 

 

「冬の動物園」

 

 二〇一五年正月、関東地方は大寒波に見舞われた。その強烈な寒さが今日は弛んでいる。一月中旬なのに、三月中旬の気温だという予想が出ていた。見上げると、雲一つ無い穏やかな日だ。ただ、僕の口から出る溜め息が雲にならなければ、の話だ。上野動物園の表門の近くの広場にいる。いや広場ではなく、ここは大路と大路が交差する場所である。近くにはペルーの民族衣装を着た集団が、動物園を正面に左奥で演奏をしている。右手には同じペルーの民族衣装を着ているが、ケーナをソロで吹いている男がいる。

 ソロで吹いている方が人気があるのかもしれない。数人の小学生が一生懸命囃し立てている。曲調とは関係なく、イエイとか奇声を上げている。ソロの方が小学生に合わせて身振りを大きく、踊るようにケーナを吹いている。小学生に混じって、今日これから行動を共にするはずの二人がいた。小学生と一緒に拍手したり、歓声を上げていた。自分が小学生レベルだと喧伝しているようで、見ている僕の方が恥ずかしくなった。

 僕が近寄ると小学生が自分のクラスとおぼしき集団の方へ戻っていった。僕は二人の手を引いて、エントランスの方へ歩いて行った。「えー、楽しかったのに」とシホが言い、チエが「あの子たちがかわいそう」と言った。二人で僕を責めているようだ。きっと恐ろしい形相で近寄ってしまったのだろう。僕は『バカな女を連れて歩く身にもなれ』という本音を隠し強引に手を引いた。

 動物園のエントランス前には大勢の客を並ばせるためにポールを立て、その間に白い綱が張ってあった。その手前に黄色い帽子を被った小学生が右手に、左手には高校生が整列していた。どちらもひとクラスといった人数だろう。高校生は揃いの青いスクールバッグを持っている。

  彼らを追い越すように券売所へ向かおうとした。「ちょっと待って」シホは僕が強く握る手をふりほどき、チエのことも自由にした。二人で互いの身をかばい合うように抱き合っている。なんで好きでもない女と動物園に来たのかという後悔が今更ながらわいてきた。

 

 聞けば下らない話だ。シホの周囲で流行っているお菓子があって、それを買いに行きたい。そのお菓子は上野にある。「で、上野のどこにあるわけ」。カレシのケンジから聞いたという、我が家の電話でシホに聞いた。よりによって自宅の番号を教えやがったのだ。「よくわかんない」。この時点で巻き込まれるのは覚悟していた。パシリというわけではない。結構僕の方が世話になっているという自覚がある。しかし、どこに売っているのか分からない買い物はゴメンこうむりたい。

 「違うの。見ればすぐ分かるの。すっごい変でカワイイの。ね、お願い」。好きでもない女のカワイイおねだりに屈するほど甘かねえさ、と思っていると「女の子呼ぶから」とトドメを刺してきた。誰か聞くと「チエ」と短く応えた。言わなかったが、『ならやだよ』と本音では思った。チエはいつもバカ騒ぎをしている連中の一人で、希少価値はなかった。結局押しきられることになるのだが。

 券売所に向かおうと三人で歩いていた。「あれ? 『桜木亭』?」とつぶやきながら、左の方をじっと見ていた。「あー、あれかも」と駆けだした。だが、足下を見ておらず、白い綱に引っかかってつんのめった。ちょう鉄棒で前回りをする要領だった。コンクリートに手を突いて止まった。逆立ちをするような形で、宙空に足を上げていた。寒いのにミニスカートをはいていたため、中身が丸見えになった。僕とチエは呆然としていた。あまりにも一瞬で支えようもなかった。集合していた高校生はどよめき、小学生は手を叩いて笑った。シホの顔は、羞恥と血が上ったので顔が赤黒くなっていた。チエと僕の二人で助け起こして、三人で逃げるように『桜木亭』に走って行った。

 『桜木亭』は昔ながらの売店、駄菓子屋といった風情だった。店の前に商品棚を置いていた。

 「あれ、これかな」

 シホは棚にかけよった。棚には黄色い紙袋がたくさん並んでいた。紙袋の表にはパンダが二頭描いてあり、パンダは人形焼きを食べている。後ろから伸びる旗に「桜木亭のパンダ焼」と書かれていた。絵柄が昭和を感じさせた。

 「買ってもいい」とシホは上目遣いで聞いてきた。自分で買うなら許可はいらない。返事をせずに、出てきたお姉さんに六個入りを求め、お金を払った。品物はシホがしっかり受け取った。僕とお姉さんがおつりのやり取りをしていると、シホはさっさと紙袋を開けた。チエと二人で中をのぞき込み、人形焼きを取り出していた。お姉さんはその様子に気づき、僕と二人ちょっと気まずくなった。ホント小学生かよ。

 二人に近づくと、人形焼を包むビニールの開封に取りかかっていた。邪魔になった紙袋を僕によこした。「あ、これだ」といって二人は嬉しそうに頬張った。僕も受け取った紙袋から一つ取り出した。見た目は不細工なパンダだ。目は垂れ目で、顔は肩にめり込んでいて、へそには桜の花がついていた。味は普通の人形焼だ。ゆるキャラといった風貌は女性に人気が出そうだ。

 二人は満足げな表情で、自腹を切って三袋ずつ購入した。

 「ねえシホちゃんどうする。帰る」とチエが聞く。

 お目当てのものが手に入り、ここには用はない。同じ事を僕も考えた。

 「いや動物園にも行く」

 行くにせよ、帰るにせよ、僕の意思は誰も確認してくれなかった。

 「新たなブームを開拓するよ」

 むろん入場料は僕持ちだった。

 

  エントランスのすぐ前には園内案内図が入っているラックがあった。おのおのが手に取った。シホの手の平は華奢で、チエは丸っこい手をしていることに気づいた。チエは見られたことに気づき、急いで引っ込めた。

 小柄なシホが仕切り、園内の遊覧手順を決めた。シホが言うには、園内にもお菓子が売っていて、カワイイものもあるのだそうだ。「今度のブームはカナじゃなく、アタシが起こすの」。高らかに野望を宣言した。「カナが人形焼を持ってきたとき悔しそうだったもんね」とチエがおっとりした口調で言うと、シホはコクリとうなずいた。「天下取ったる」と関西芸人みたいなことを言った。僕にはこのあたりの感覚がよく分からない。『桜木亭』の前でそんなやり取りをしていると、お姉さんが不思議そうに見ていた。

 

 「ずいぶん多いね」とチエがパンフを見て言った。同じくパンフを見ながらシホが「こういうのは優先順位をつけた方がいい」と真面目くさって言った。三人を追い越すように先ほどの小学生と高校生の集団が園内に散って行く。よく考えればあんな醜態をさらしておいてここに入れるシホの気持ちが知れない。

 「パンダは今見るとして、鳥はショートカット。ライオン、トラ、ゴリラと回って、それから熊ちゃん達を見て、象、ニホンザル売店ね・・・・・・」とシホが決めていく。チエはウンウンとうなずくだけだ。僕は猛禽類が見たかったので、「鷲とか見たくない。ほらフクロウとかさ」とご注進に及んだのだが、話も聞いてくれなかった。

 予定を決め終わると、パンダのケージに二人は歩いて行った。傷心のまま僕もついていった。ケージは屋内と屋外の遊技施設があり、屋内に一頭いて、だらしなく下半身を投げ出して座り、笹を食べていた。だらしのないおじさんのような身体だった。何とも言えない愛嬌だった。見に来た客は「パンダだぁ」という当たり前の感想を言って興奮していた。シホとチエも「パンダぁ、パンダぁ」と歓声をあげていた。皆携帯で写真を撮りまくっていた。外の遊技場にも一頭いて、木で組まれた運動具の上で笹を食べていた。ケージの前にはやはり人がたくさんいて、その横でテレビ撮影をしていた。少し離れたところから、「あーいましたぁ」と言いながらケージに近づくという動作を二回行い、後ろからその女性タレントを撮るというシーンを二度撮った。三〇代の女性ディレクターは撮り終わると、「すいませんでした」とタレントにあやまっていた。後ろで小学生が「パンダ見ないの」「見ない。どうでもいい」と捻くれた会話をしていた。

 パンダに興奮する二人を引きはがして、次の場所に向かった。ライオンとトラのケージに向かう途中、二体のパンダが寄り添う像があり、募金を集めていた。その脇では記念写真を撮れるコーナーがあった。

 ライオンのケージにはメスしかいないようだった。気づくと小学生・高校生が園内の各所に散ったらしく、密度が低くなったぶん、親子連れが目立つようになった。子どもはみんな五歳以下だった。ライオンはやはり食後なのか動きが緩慢だった。ライオンのケージから右に回るとトラのゾーンに入る。トラの生息域を表現したかったのか、孟宗竹が周囲に植えてあった。なかでトラはせわしく歩きまわっている。まるで何かにいらだっているかのようだった。大きなケージをぐるりと回る。岩のようなデザインの屋根があり、トラの生態についての展示があった。スイッチを押すと、甘えるトラ、など様々な状況の鳴き声が流れた。三歳くらいの子どもが次々にスイッチを押して遊んでいた。色々な鳴き声が聞きたいのではなくて、スイッチを押したいようだった。

 近くのガラスをトラが通過した。直接こちらを睨むことはないが威嚇しているのは間違いない。見ていて切なくなった。

 さらに園の奥にあるゴリラのケージを回って、休憩所で一休みした。「藤棚休憩所」と呼ばれるここは、もちろん藤の花などは咲いていない。シホはトイレに行った。自宅から弁当を持ってきたという家族がそれを木製のテーブルに広げ、午餐を始めている。二、三歳の男の子が席と席の間にいるハトを見つけ、大興奮している。チエと僕はこうして二人でゆっくり話したことはないかもしれない。

 「大変だね。無理矢理つきあわされてるんだろ」

 「そんなことないよ。楽しいしね」

 「アイツに合わせるのも、ね」

 「確かにシホちゃんには幸福の形がハッキリ見えてるから。そうじゃないのがストレスなんだよ。私たちはどっか似てると思う。」

 たぶん、チエにもはっきり見えているんだろう。そこにシホが帰ってきて、再び歩き始めた。シホの家庭ほどひどくないが、チエの家庭も父親が早く死んでいると聞いたことがある。大きな人生の岐路でその限界を感じてしまうのだろう。悔しいのかもしれない。負けたくないのだ。クマのゾーンに来ると、クマもトラ同様に苛立っているように感じた。トラと違い、クマはこちらを見る。

 ゾウは年老いていて、寒さに耐えようと、なるべく動かないようにしているようだった。むだなことはしないほうがいいよ。

 西園にも行った。サイ、キリン、シマウマ、みな寒いからか元気がなかった。シホもチエも元気がなかった。ここでは幼稚園からきた園児たちが、何に向かってかは分からないが、「アンコール、アンコール」と叫んでいた。高校生の集団デートの初々しいカップルがいたが、お互いに異性を持て余し、同性とだけしゃべっていた。

 哺乳類がケージに入れられていると、ちょっとブルーになる。近い存在なので同情してしまうのだろう。寒さに耐えて、じっとしている連中にも、苛立ってうろつくクマやトラにも、可哀想だという感じがしてしまう。いつのまにか、お菓子のことはどうでもよくなってきたようだ。シホもうるさいことを言わなくなった。

 「もう帰りたい」とシホは言い出した。「記念に西園の売店に寄ろうよ」とチエが宥めた。シホに元気がなくなって、チエが苦しそうな表情を浮かべるようになった。同情しているのだろう。

 西園にある売店に寄った。パンダ、ゾウなど人気の動物のぬいぐるみが所狭しと並んでいた。陳列棚に「プレミアムどうぶつえん」というお菓子が置いてあった。パンダ、クマ、ブタ、パンダ、ゾウ、(なぜか)カッパのイラストが描いてあるカワイイパッケージだった。「これ買ってみようよ」とチエが提案した。もちろん僕が金を出す。

 売店の外で試しに開けてみると、パッケージと同じお菓子があった。なかなかシホが手を出さなかった。ブタのを食べてみた。薄皮まんじゅうの皮のなかにチョコレートが入っていた。デザイン、味ともになかなかよかった。「これいいよね」とチエが賞賛した。「シホ食べなよ」と箱を差し出した。

 シホはパンダのまんじゅうをつまみ、口にする。その途端、泣き出してしまった。

――了――(四九七三文字)