今日の十分日記

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原点回帰の雑記ブログ。十分で書ける内容をお届けします。十分以上書くときもあるけどね。十分以下もあるし。

第六回短編小説の集い 出品作品「秘密の場所」桜の物語です。

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 めまい解消まさりんです。

 先週の月曜日がめまい一〇とすると、今日はほぼ〇です。えがったえがった。

 今回は「第六回 短編小説の集い」の出品作品です。はてな文芸部長、よろしくお願いします。

 

 

 

 

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「秘密の場所」

 一歩踏み込むと目の前が真っ暗になった。湿度も上がり、髪の毛の表面や春用のコートの表地がしめるのが分かった。熊笹や腰高の下草の生い茂る、まさに獣道としか表現しようのない細道をゆく。歩く度に身体をかすめて笹の葉の表面の露がデニムをぬらす。さらさらという草を分ける音がする。飛び回る山鳥の声が後頭部のほうから前へ突き抜けていく。思わず首をすくめる。見えないなりに前のものに続いて歩く。やがて暗さに目が慣れ視界が戻る。目の前に巨大な歯朶の葉が見えた。前を行くシホが持ち上げると裏には橙色の胞子がびっしり張り付いていた。「ウィ~」と言いながらシホは歯を剝いた。空を見ようと顔を上げる。杉木立と葉っぱの重なりに阻まれてほんのすこししか青空が見えない。ただし頂点の葉っぱ以外の余計な枝と葉は剪定されてのこっていない。獣道は腐葉土で柔らかく踏むと足が少し沈む。湿り気を帯びた風が背後から吹き抜ける。全てが懐かしい。昔は、前をゆくシホのいない、男ばかりでこんな山の中を渉猟したものだ、と小学生の頃を思い出していた。ものすごく時間をかけて歩いたつもりがさしたる距離でなく呆然としたことなどが次々に思い出された。

 一行に遅れがちになり少し急ぐ。絶対にミニスカをやめろ、とケンジに言われ、不機嫌になりながら黒のロングのワンピースを着てきた。その上からデニムのジャケットを羽織っている。今ごろはズボンにすれば良かったと後悔していることだろう。

 ものの四分か五分歩くと急に視界が開ける。杉の葉の天井にそこだけ丸く穴が開いていて外界と同じような春の陽光が燦々と差し込んでいた。陽光の下に辿り着くと、急に視界が白む。再度の急激な変化に対応するため、手で庇を作った。横に並ぶ、ケンジもシホも同じであった。

 まん丸の巨大な日だまり中央には、枝振りも見事な枝垂れ桜があった。枝の端から端までは二〇から三〇メートルある。高さもマンションの三、四階くらいはあるだろう。それを支える幹は縦横に六股に分かれている。その一つ一つが通常ならば一本の桜の木の幹の太さだった。頂上から折り重なるようにしだれている桜の様は、桜の瀑布、薄紅色の驟雨のようだった。その滝壺には、二、三畳程度の茣蓙が敷かれているが、全てを瀑布のうちに収め、まだ余裕があった。満開の花の丸いかたまりが枝にぶら下がり、微風に揺られ、重たげに上下していた。

 ケンジからこの桜の存在を聞いていた。見に行こうと思ってはいたが、なかなか来られなかった。

 「いやあ、早く来れば良かったよ」と嘆息するとケンジがニヤリと笑った。同じく初めて見たシホも目を輝かせながら、「私も来たかった」と言ったがケンジの反応はなかった。ケンジは何か思い詰めた表情をしていた。

 桜の木の下に手前に一枚、左右に一枚ずつ茣蓙が敷かれている。手前にケンジ一家が座っている。ご両親とお祖母さん、そして姉が一人いるが今日はいない。ケンジのお母さんの膝の上にはマルススフィンクスよろしく、香箱座りなさっていた。

 「アレ、来たの?」恰幅が良く、愛嬌のあるお母さんが声をかけてくれた。ボクが桜を褒めると、桜の由来を教えてくれた。この山は一族の共有地なのだそうだ。これから農家は種まきやら田植えやらで多忙を極める。その前に、皆で集って英気を養うのだそうだ。ケンジ曰く、そういう目的で先祖が作った場所で、一族以外は基本的に入れないのだそうだ。ネットにも載っていないらしい。田の畦から入ってくるのだが、外から見てもこんな桜が奥にあるなんて分からない。

 「ほら、食べ物もあるし、呑むっぺ。座れよ。ケンジも」若干の違和感があったが、「じゃあいただきます」と茣蓙に膝をついた。お父さんがすかさず、透明のプラスチックのコップを手渡し、ビールを注いでくれた。「ノンアルコールですよね」と尋ねると、「しばらく会わないうちに面白くなったね」と大笑した。「アルコールなきゃつまらないよね」とシホが言ったがお父さんにまで無視された。「泊まってくんだろ」、「は、二、三日お世話になります」とビールを呑みながら答えた。

 隣にケンジが座り、同じようにボクがビールを注いでやった。シホはケンジのうしろにおずおずと座った。ビールを注ごうかと思ったが、そのまま手酌で呑み始めた。

 見上げると折り重なる花弁が陽光を適度に和らげていた。明るさはそのままに、である。

 そのまま雑談をしつつ一時間も呑んだんだろうか。久方ぶりに踏む故郷の土、空気の匂い、空の色、人々の言葉・温かさに、一気に過去に引き戻されそうになった。記憶がどうも滲んできてしまう。マルスはお母さんに玉子焼きをもらい、おいしそうに食べていた。故郷の空気に包まれ気持ちよくなり、いつの間にかシホの存在が意識から消えた。

 三時くらいになったろうか。お祖母ちゃんが居眠りを始めた。周囲の空気が夕方に向かう気配を見せ、勢いを落とした。そろそろ引き上げようか、という話をしていると、左右の茣蓙から、赤子を抱いた若いママが二人でやってきた。

 「ケンちゃん、うちの子見たことないよね」と右茣蓙のママが言った。右茣蓙のママは三〇代半ば、髪を後ろで結わえ、眼鏡をかけている。なんとなく顔色が悪く、神経質な印象を受けた。「おお、どれどれ。おいで」となぜかお父さんが赤子を受け取った。まん丸で白い肌に赤いほっぺた、愛くるしい丸い目をしていた。周りの人間に興味があるのか、次々に視線を送る。視線を受けると皆笑顔になった。まさに天使というような人なつこい赤子だった。

 もう一人のママはもう少しベテランのママさんだった。左の茣蓙を見ると、もう一人子どもがいた。パパと遊んでいた。次子だろう。上下にゆったりとゆれる様が珍しくて、枝垂れ桜にぶら下がろうと何度も両手を高々と挙げて、持ち上げて欲しいという動作をした。ママが下から支えて、満足するまで何度もぶら下がった。シホは「かわいい」と言いながら、赤子に触れようとするが、それを許さない空気があり、ママが黙殺した。

 赤子が入ってきて、急に茣蓙が騒がしくなった。お父さんは左の茣蓙のパパの所へ向かった。ママさん達は、お母さんを囲んで歓談を始めた。お母さんの膝には天使の子が乗り、マルスはボクの膝に移動した。ここでボクらの悪いクセが出た。興が乗ってしまうと二人で宴会を始め、周囲が引こうとおかまいなしになってしまう。合コンで女子を無視して二人で大笑いしたこともある。しかし、若いママと合う話などない。二人で話すしかない。

 しばらくして、「あの、私、お祖母ちゃんと家に戻ってるよ」という声がして、自身の失態に気付いた。

 「お祖母ちゃん風邪引くよ」

 とお母さんが揺り起こした。

 「大丈夫か」とボクが聞くと、シホは目に一杯の涙を溜め、うなずいた。「本人が言ってるんだから大丈夫だろ」とケンジが言った。

 寝ぼけたお祖母ちゃんを抱えるように、シホは杉木立に消えた。ボクは気まずい思いがした。お母さんたち三人は何もなかったように話していた。

 ボクの膝から降りたマルスは、眠気覚ましのあくびと全身の屈伸をした。シホの後に続いて歩き出した。『おお、お前がついてくれるか』と思ったのもつかの間、逸散に駆け出し二人を追い抜き、森の外へすっ飛んでいった。

 『お前もこの一族だもんな』

 天使のような子はお母さんに抱かれながら、もう一人はママに抱かれながら、シホの方をみて、キャキャキャと笑い出した。あざ笑うかのような嫌な笑いだった。

 

 二日間、ケンジの実家に滞在した。滞在中は懐かしい食べ物屋で食事をし、夜はケンジの実家で呑んだ。彼の実家自体はちょくちょく来ているが、短時間で駅まで送ってもらうということが多かった。

 二日目の夜、シホが合流した。

 例によって酒を呑む。呑むとシホは酒精が頬を染める。そしていつもにも増して陽気になった。手を叩き笑う。自分で愚にもつかないことを言い、笑う。しかし今日はそのあとにオマケがついた。

 急に機嫌が悪くなり、ケンジと喧嘩を始めた。一昨日の花見の件が原因だった。

 「なんでアタシのことみんなに入れてくれないの」

 「しかたないだろ。部外者の扱いなんだから。黙って見てりゃいいだろ」

 私だけじゃない、という顔をしてシホはボクは見る。

 「コイツは特別。コイツとかナカシコは別だよ。家族みたいなもんなんだから」

 「なんでアタシを一番にしてくれないの」

 シホにそう言われ、ケンジは哄笑した。その瞬間、シホはケンジの頭をはたき、ケンジも反射的にシホの頭をはたいた。

 「おい・・・・・・」、見苦しさに二の句が継げなかった。

 なんでこんなものにつきわなければならないのだ、とボクは思った。二人は将来家族になりたい、そこは共通していた。しかし家族というものの観念や理想像が違いすぎていた。

 ケンジは家族が一番で、家族という社会単位を維持するために他の人々との関係も重視した。シホは家族が一番大事なんだから、他の要素は無視するという考え方だ。少なくともボクにはそう見えた。前提がズレていては話し合いにならない。それを埋めるのは言葉なのだが、いつも罵りあい、傷つけあった。初めて出会ったときの運命の合致を信じるあまり、相違を受け容れられない、と感じた。

 おそらく、特にケンジのお母さんはそんなシホの匂いを嗅いだのだと思う。“自己本位な性格”、そう断定したのだろう。ここらは女系の文化だと聞く。お母さんがそう考えれば、全員がそれに従う。昨日の顛末はそういうことだ。自然とあの場にいた全員がそれを認識したのだ。シホはその共同体に従順であると示すより他になかったのだ。

 シホは泣き出し、洋間から玄関に降り、引き戸を開け、外へ飛び出していった。

 見るとケンジは「我関せず」を決め込んでいた。軽く舌打ちをして、シホの後を追った。ゆき先は見当がついてる。

 変な虫に刺されたくないと思いながら、夜の杉木立を抜けた。一応LEDライトを持ってきたのは正解だった。夜の森はさらに湿度を上げた。帰ってみたら濡れそぼっているだろう。

 桜は盛りを過ぎ、散り始めていた。大木の桜であるために、風邪に散る花弁の量もすさまじかった。濡れそぼった身体じゅうに張り付いた。

 見上げると月は見えなかったのだが、まるで照明を使ったかのように、桜は青白い光りに照らされていた。幹のあたりにシホと見慣れない老人がいた。ボクは二人のそばへそっと近づいた。

 「アタシは彼に尽くしたいだけなの。アタシは彼だけに尽くされたいの。別に他のものは要らない。どうしてそうならないの。お日様は昇って沈むだけ。桜は咲いて散るだけ。それだけじゃない。どうしてアタシたちはそうなれないの?」

 老人は和装、昔話のおじいちゃんのような格好であった。頭巾を被り、羽織を着ていた。色はたぶん灰色だろう。月明かりで正確には分からない。腰のあたりで手を組み、桜を見上げた。

 「困ったもんだ。昔からそうだ。歌詠みの坊主が居っての。桜は罪だと小ジャレた節回しで言いおってな。期待するのは勝手だが、お主の言うとおり。桜は、お主ら人が朝飯を喰らうように、花を咲かせ散るだけだ。お主の相談も応じられぬ」

 シホは明らかに落胆した。シホに向かって風が吹く。髪に花弁が大量に絡みつく。

 「ただお主の願いが叶わぬのは、お主か相手のどちらかが不自然だからじゃ。多くはのぞむな。こんまいころからあやつを見ているがの、思い詰める性格なのじゃ。あと、ちと頭が固いの。お主が合わせた方が良いと思うぞ」

 「できないんです。受け容れてもらえないんです」

 「精進せい」

 老人は、僕らが入ったのと逆の方向へ歩いて行った。直感的にあの人がこの桜を植えたのではないか、と思った。

桜を乗せた風は老人のゆく方向、ケンジの先祖の眠る方向へと吹き抜けていった。

 

――了――(四七七六文字)

 最後まで読んでいただきありがとうございます。

 

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