今日の十分日記

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原点回帰の雑記ブログ。十分で書ける内容をお届けします。十分以上書くときもあるけどね。十分以下もあるし。

「第十回 短編小説の集い」出品作品「その夏の冒険」

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 超お早うございます。まさりんです。

 

 恒例の月一イベント行ってみましょう。

 ゼロ助さんよろしくお願いします。

novelcluster.hatenablog.jp

 

「その夏の冒険」

 ボクらは小学校から二キロくらい離れた土砂作業場にいた。ボク以外の二人はこの近くに住んでいた。仮にQとPとしよう。Qはグルカ兵の血をひくと信じて疑わなかった。グルカ兵はネパールの山岳民族で、白兵戦に長けていた。英国軍にもグルカ部隊が存在し、多くの戦争に従軍した。その剽悍な戦いぶりから敵から恐れられ、フォークランド紛争では、「グルカが来た」と聞いただけで敵が逃げたそうだ。彼の父はインド出身の優秀なエンジニアだった。そのころ高値だったPCが何台もあったのを見た。とても神経質な感じがした。Qはなぜかそんな父を恥じた。

 Pは小学校中学年に引っ越してきた。瞬く間に人気者になった。容姿はまあまあだが、女の子にモテた。そのころは気づかなかったが計画を実行した六年の夏の段階で、性体験があったように思う。Pにはとても美人の姉がいた。見たことがないが、そういう男には独特の色気が出てモテる、奴もいる。それになんとなく、Pには陰があった。若い子はそういうのに惹かれるものだ。

 なぜ彼が性体験があったと感じたのか。それはこの夏以降のPの身の持ち崩し方にある。資質を持ちながら、勉強でも運動でもはかばかしい成果を出さなかったと思う。若すぎてもてる男は身を持ち崩す。努力せずとも女が手に入るからだ。

 

 ボクらはこの土砂作業場から裏手の山のなかに足を踏み入れようとしていた。山の稜線は台地の縁で小学校の裏を通じ、遠く公園まで歩くのが冒険の目的だった。Qが先頭で木立へ入っていった。大きなブーメランのようなものが、革製の鞘に入れられて腰にぶら下がっていた。ボクが「なんだい、それ」と尋ねると、「ククリナイフ」と短く答えた。以前昼休みに背面黒板に絵を描いて見せてくれた。柄から刃先が「く」の字の逆に曲がっていた。刃は湾曲の内側に付いていた。Qは中学卒業と同時に英国に渡り、グルカ兵部隊に入ろうと考えていた。

 Qの浅黒い肌が杉木立の奥へと進んでいく。Pとボクはグルカの後に続く。ジャングルに入って、グルカの目が輝き始めた。小学生のボクはその目を見て、本当にコイツはグルカなのかもしれないと思った。

それにしてもボクたちは冒険者としては失格だという格好をしていた。三人とも半ズボンに半袖、スニーカーだった。各々がリュックサックを背負っていた。リュックの中身は皆が共通で昼飯を入れていた。一日がかりで歩く予定なので、食料は必須だ、と皆の意見が一致した。

 グルカは密集したツタやオニシダをものともせず、ケモノ道を進んだ。見上げると子どもの目には巨大な怪鳥としか言い表せないようなものが奇声を発しながら飛んでいった。見上げるとはるか頭上の杉の葉と葉の間に青空が見える。杉はキレイに剪定されてムダな枝葉がなかった。

 「ここは他人の山だろうから、ムチャしないようにしようぜ」とPが言った。

 木立ちを数十メートルゆくと、急な傾斜が現われる。左を見ると迂回路があるが、ちょっと遠い。どうすると、とボクが聞くと、二人は歯を剝いてニッコリ笑った。崖には杉の根がところどころ飛び出していた。「あれを使おう」とPが指示すると、グルカのQが瞬く間に根っこを掴んで崖を登った。次にPが登った。二人とも一六〇㎝程度と小柄ですばしこかった。ボクはすでに一七〇㎝を超えていた。同じようにいくかどうか、と訝しがったが、二人の早くしろという囃したてに屈した。二人が登った手順に習い、右足をかけ、左足をかけ、根っこを引き寄せて状態を持ち上げたところで、両足をかけた土の塊が崩れ、同時に根が切れた。その体勢のまま無様に滑落する姿に、PとQは大爆笑した。

 なんとか二人の手を借りながら崖をよじ登り、グルカのQを先頭に、P・ボクの順番で再び歩いた。いつのまにかQはククリナイフを革の鞘から抜いて、手に構えて歩いた。刀が前傾するナイフは、他のどのナイフとも思想が違った。ククリナイフを振るって葉やツタを切るときに切りやすそうだ。歯の根元に突起があった。

 Qの勘でボクたちの進路が決まった。Qの好みは崖をよじ登ることだった。まるで訓練のように崖の登り降りをやたらと繰り返した。ボクらは目的を失いつつあった。ボクらは完全に興に乗ってしまった。前の二人は華麗に崖を飛び降り、トカゲのようにするすると登った。ボクはズルズルと滑り落ち、崖を登るのも陸に上がったトドのようにもたついた。だが、ちょっと気持ちよかった。

 何時間もそういう繰り返しをしたあと、飽きたのか稜線の方向へ登り始めた。稜線の手前は孟宗竹の薮があったQはククリナイフを巧みに使い、切り開いてゆく。Qに続き稜線を立つと、急に眼下の景色が開けた。夏の陽光に照らされすべての色彩が鮮やかだった。青空の青は絵の具のように純粋な青だ。山の斜面の杉の葉や幹、山で囲まれた集落の田の稲は命を主張するかのように光り輝いた。田んぼを囲むように走る狭い舗道のアスファルトは、干からびたように白かった。家々の瓦屋根は青や赤に塗られていたが、一様に光り、まぶしかった。どこかで山鳩が鳴いた。蝉時雨がやけに大きく感じる。三人は並んで立ち、その光景を眺めた。そのころのボクらはその生命力の一部になることができた。少なくとも今のボクはそれができないだろう。自然とは癒してくれる存在じゃない。

 「ここはどこ」とボクが問う。

 「入ったところからさして離れてない。余計なことしすぎだよ」とPが答える。それをしたQ本人はどこ吹く風だった。Pが女物のような細いバンドの腕時計を見た。「もう昼だな。メシにしよう」と告げた。

 座ったときに集落が見えるように、Qがククリナイフで孟宗竹の薮を切り払った。Pを中心に三人並んで座って、リュックから弁当を出した。これ食べてよ、とQが大きなタッパをPの膝の上に置いた。Pが開けると大量のチキンが入っていた。とてもスパイシーな香りがした。何これ「超うまそう」とボクが騒ぐと、「タンドリーチキンだよ」と含羞んで言った。Qの母親はクラスで一番明るかった。インド人でタンドリーチキンというボケだったのだろう。この偏見スレスレのギャグはこの料理の意味がわからなくて不発だった。

 ボクは包みを出し開くと、ホイールに包まれた、バカでかいおにぎりが三つと小さなタッパに卵焼きと薄切りにしたソーセージが入っていた。

 Pは出しづらそうにリュックからビニールの包みを取り出した。アンパンと小倉マーガリンだった。ボクはちょっと可哀想な気分になった。Qも同じ気分だったのだろう。Pは顔が強張っていた。

 Pの親父さんは医師で母親は大学の先生だった。それぞれが日々忙しく、最低限の家事しかしていないようだった。

 今なら分かる。状況としては、一般家庭に生まれたボクはうらやましいと思わなくてはならない。Pは両親が優秀であり家まで手が回らないのであって、ネグレクトではない。よく事情を飲み込めず、ただ同じじゃないからというだけで同情してしまった。それはP本人が一番それを感じていたようだ。三人でじっとパンを見つめていた。やがてQが言った。

「このパンは非常食にしよう。チキンもたくさんあるし、分ければいいよ」

「おにぎり三つも要らないから一つあげるよ」

 と二人の弁当を三人分にして、みんなで食べた。真夏の太陽が肌を焦がしていた。三人ともチキンを頬張って、軽口を叩いて笑いあっていた。食事を終えて四肢を投げ出して休憩していた。Qが立ち上がって少し離れたところで小学生が口にしてはいけないものをくわえていた。

 「おい、いいのかよ」とボクが言った。

 「チョコだよ」

 「煙が出てんのに」とPが突っ込む。

 「新製品だよ」

 じゃあくれよ、とボクとPがごねると、子どもにはまだ早いと子どもが言った。

 「もう帰りたくないな」と自宅からさほど離れていないところでPが言った。

 どうして、とボクが聞いた。

 Pは要するに親が気に入らなかった。もともと資質はあるのだが、自分の意思に反して勉強しろと言われるのが好きではないらしい。では何がしたいのか、と問われても、別にやりたいこともなかった。

「自分たちだって好きな事をしてるんだから、放っておいて欲しいよ」

仕事をしているのだが。

 ボクらともよく遊んでいるが、両親はあまりよい顔をしていないのだろう。姉にはないが、Pには期待がかかりすぎているらしい。

 話しながら涙があふれていた。

 ボクはそのころから、周囲よりだいぶゆっくり歩いている自分に気づき始めた。その日をどう過ごすかだけを考えているボクと、Pの状況は違いすぎていた。ボクは身を強張らせて、なく友人のそばにいることしかできなかった。

 Qに聞こえていたかは分からない。小学生が決して口にしてはいけないものは終わっていた。「そろそろ行こうぜ」といいながら、近くの杉を蹴っていた。ボクとPがQを見上げると、視線の先にはヤバいものがぶら下がっていた。Qの位置からは見上げないと見えない。白磁の壺のようなそれは、スズメ蜂の巣だった。Qの蹴りに応じてプラプラ揺れていた。

 とっさに立ち上がろうとしたボクの方をPが強くおさえた。顔を見るとPの涙は引いていた。目は腫れぼったかった。「身を低くしろ、襲われる」とボクの耳元で囁いた。Pとボクの二人は指さして、必死にQに巣のことを教えた。Qが頭上の芸術的な構造物を見て、とっさに身を伏せた。中腰のままこちらへゆっくりと歩いてきた。PがQとボクの肩を抱き寄せた。「どうする」とPが二人に聞く。グルカのQが撤退の判断を示した。理由は進むと巣の真下を抜けねばならない。確かに心理的には退く方が楽だった。

 「急ぐな。こういう場合、刺激しない方がいい。ゆっくり後ずさりしよう」

 三人はへっぴり腰のまま、さっきQが切り開いた薮にゆっくりと進み始めた。しかし、蜂の行動が徐々に活発になってきていて、巣の周りを飛ぶ数が多くなってきた。そこは小学生だ。一歩目、二歩目まではゆっくりだったが、三歩目、四歩目、五歩目、三人は三人四脚するように早く後ずさりするようになった。

 薮の切れ目が見えたとき、一番近くにいたQが「逃げろ」と叫んだのを合図に切り立った斜面を文字通り転がり落ちるように降りていった。もう弁当のないリュックがつぶれようと、Tシャツがどこかに引っかかろうと気にせず走った。ボクは二度転がりながら体勢を整えてまたは知った。一目散とはまさにこのことで、土砂作業場の入り口の近くまで行きは三時間くらいかかったのに、帰りは一〇分程度で走り降りてきた。ボクたちの「夏の旅」はこの程度の距離だった。

 平地へ入ったところで皆足を緩めた。と同時に急に誰ともなしに笑い始めた。緊張が解けたのだろう。心の底から笑った。

 「家出をするのはどうかと思うけど、遊びたいならそうすればいいよ」

 ブルーワーカーな父親を持つ、平凡な家庭の息子にはこれくらいしか言ってやれない。

 二人の後ろにいたQが突然、「危ない」と叫んだ。

 ふり返るとQの視線の先、膝の後ろあたりにスズメ蜂がフロートしているのがはっきり見えた。オレンジと黒の丸い腹の先から長井張りが出てくるのも見えた。明らかに攻撃態勢に入っていた。Qはククリナイフの鞘を素早く払い、上から下に袈裟懸けに切り裂いた。ボクの膝の少し下に攻撃を仕掛けようとしていたスズメ蜂はすんでのところで胴と腹を二つに割いた。ところが「あ」という声とともにボクのふくらはぎもククリナイフの切っ先がかすめてしまった。ナイフが通過するのを追いかけるように、肉がゆっくりと裂けていくのが分かった。そして、裂け目から、血が玉になって噴き出してきた。やがて、四か所にできた血の玉が大きくなり、一つの血の海となり、傷口からあふれ出した。不思議とさほどの痛みはなかった。血の河はかかとに向かって流れ、靴下を赤く染め出した。

 三人はしばらく血のあふれる光景を見つめていた。動けなかった。蜂は真っ二つになったまま転がっていた。

 五分もすると痛点が正常化したのか、ピリピリ痛み始めた。「痛くなってきた・・・・・・」と呟くと、「ゴメン」とQが涙目になって言った。「人を切った経験と後悔があれば、猟奇殺人もしないだろうよ、よかったな」とテレビで聞いたようなセリフを訳知り顔で言った。本人もよく意味がわからない。

ククリナイフの先にはボクの脂が白く付いていた。

――了――

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