今日の十分日記

今日の十分日記

原点回帰の雑記ブログ。十分で書ける内容をお届けします。十分以上書くときもあるけどね。十分以下もあるし。

「第一六回 短編小説の集い」に参加します。課題は「師走」です。タイトルは「居場所」。

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 こんばんは。まさりんです。

 今回も「第一六回 短編小説の集い」に参加します。テーマは「師走」です。

 主催者様よろしくお取りはからいを。

novelcluster.hatenablog.jp

 

「居場所」

 

 「シンイチくん、そっち持って」

 いつのまにかオレは家族のようにこの家で遇されるようになった。今は先生の母上様を手伝って、年末のお掃除だ。先生の三人掛けのソファを二人で持ち上げようとした。

 「大丈夫ですか」

 母上様はとても華奢とはいえないが、お年寄りの女性には違いない。確か小学校の先生をしていたと聞いている。

 「農家のぉ、女をぉ、馬鹿にするぅ、なよぉ」二人でソファをずらしながら、力んだ声で言った。ワッショイ、ワッショイ、とかけ声をしているみたいだった。母上様は今は引退して、農家の嫁のみをしていた。

 ソファの下に溜まる綿ぼこりを、掃除機で吸い込んだ。

 「さすがに本やら資料に手を出しちゃいけないのは分かるけど。いい加減捨てたいよねぇ」

 十畳ほどある書斎は、ドアを開けると部屋の中央に応接セットが見える。三人掛けのソファは外に向けて置かれ、テーブルを囲むように、左右に一人がけのソファが置かれる。この家はどうも応接セットが好きなようだった。ここかしこに置かれている。建てたときに、まとめて安く購入したのだろうか。左右の壁には応接セットを見下ろすように二メートルくらいの書棚が置かれている。窓際には大きめの木製の机が置かれている。

 二人で再びソファを戻し、机、他のソファと物をどけて、下を掃除機で綺麗にする。

 「この下は拭かなきゃダメだ」

 床の紙束をどかして、フローリングにしっかりと紙の置かれた跡がついているのを見て、母上様はそう言った。そのまま部屋を出て行った。オレは先生の木製の机の下を掃除機で綺麗にしていた。コイツは重すぎてずらせない。背後に気配を感じて振り返ると、茶色のトラ猫がいた。心臓が跳ねた。マルスだ。オレはたまにコイツを見ていると鳥肌が立つ。なぜか恐ろしくなるのだ。マルスは眠たげな目をしながら近づいてきた。机の横から一メートルくらい上にある窓枠に飛びついた。外の様子をちらり、ちらりと伺って、外へ飛び降りた。

 母上様が雑巾とバケツを持って戻った。そのままいくつかある資料の山をどかしては下を拭いていた。拭きながら、オレに指示を飛ばす。指示が的確かどうかという以上に、従うべきであるという説得力があった。先生の説得力の源泉もここなのかなと思った。

 「結局あの子も教師やるんだったら教職取ればよかったのにね」と踏み台に乗って、書棚の上を拭きながら言った。「そうですね」と気のない返事をした。

 この数ヶ月、学校の醜態を見せられ続けたので、いくら母上様といえども同意しかねた。

 机の上を整理しながら拭いていると、頭の上で何かが来た音がした。見るとマルスが外から窓枠に戻ってきていた。口に何かをくわえていた。それがネズミだと気づくまで少し時間がかかった。

 「こら、マルス!」母上様が絶叫した。持った雑巾をマルスに投げつけた。マルスは素早く窓から飛び降りて雑巾をかわした。テーブルの下をくぐり、三人掛けのソファに飛び乗り、部屋から廊下へ飛び出した。

 「まったく」母上様は自分の脇をすり抜けていったマルスを見送ったあと、肩で息をした。「別に食べたいわけじゃないんだよね」と、大きく深呼吸をして言った。「いつもはそこに並べるんだけどね」先生の机の下辺りを指さした。ぞっとして、そうっと覗き込んだ。「今はないよ。ないから取ってきたんだから。いたずらよ」

 知らずに半身つっこんで雑巾がけまでしてしまった。すぐにでも手を洗いたくなった。両手を見ていると、母上様が言った。「洗ってらっしゃい。あと、ケンジとコウスケくんに、呑んでないで早く塾の方の掃除をやってって伝えて。餅つきに間に合わないから」

 

 夏休みに、先生・コウスケさん・シホねえと出会った。図書館だった。中学校での生活に絶望したオレは、全てをリセットしようと思った。全てを消せるほどの能力も知性もない進学校の落ちこぼれにできるリセット方法なんて、想像できるだろう。

 決意した日に動物的カンを持ったシホねえに捕まり、妙ちきりんな大衆芸能を見せられ、変な説得を受けた。だまされた気がしないでもないが、リセットはあきらめた。この大衆芸能の怖さを思い知ったのは別の日のことだ。

 九月一日という憂鬱な日をなんとか凌いだ。それからひと月も経っていないある日のことだった。それは英語の授業だった。担当はロートルのババアだった。夏休み中に業者テストを全員で受けた。その結果が返ってきていて、その講釈をしていた。ようは説教だ。このババアは時代が変わっていることに気づいていなかった。シワっシワのゴリラみたいな顔をして、眼鏡は油膜がはっていてなかがうかがえなかった。きっとゴリラのようなつぶらでなく、陰険な目をしているに違いない。

 「このなかで英語八割五分取ってる者、手を挙げなさい」

 オレは後で気づいたのだが、ゴリババアは手が上がらないと思っていたのだろう。よく考えれば教えているのが自分なのだから、成績下降の落ち度は自分にもある。けれども、その咎を生徒のみに着せようと思ったのだ。この授業が終われば、すました顔をして担任に「説教しておいたから。反省していたよ」と報告する。担任からすれば成績が上がれば構わないので、反省していればいいやと放っておく。

 ここに一人の勇気のある、いや空気の読めない少女がいた。おずおずと挙手をした。ゴリラババアは少女に顔を向けた。少女は別に功を誇りたかったわけではない。事実だから手を挙げただけだ。少女は後ろに小さく髪をとめていた。髪をとめるゴムの色は決まっていた。髪を振るわせて左右を見た。そう、他にも点数を取った人間はいたはずだった。他の生徒はババアの意思を悟って、おとなしくしていた。自分の失態に気づき、手を下ろせないまま少女はうつむいた。

 「アンタは今夏は点を取ったかも知れないけれど、ここ止まり。人間的にダメだからもう伸びないよ。あとは落ちるだけだよ」

 たしかに空気を読めない少女も悪いと他の生徒は責めただろう。おかげで説教が激烈になる、うっとうしい状況になる可能性もある。老ゴリラババアは圧倒的だった。これを「支配」と言わず何なのだ。他の教師もみななぜか、このメスクソゴリラババアに遠慮するのだ。だが、いつも成績の悪いオレは置いておいて、成績の悪い理由の一端はババアにあるのだ。だんだん腹が立ってきた。ババアにも。普段の成績の悪さから言い返せないオレ自身にも。

 「アンタも人間的にだめだから、ここから伸びない」

 となんの脈絡もなくくさされた女子が出た。はっきり言ってババアが若かったとしても足下にも及ばないほどの美少女だった。オレはちょっと憧れていた。

 少女はみるみる涙目になり、鼻も赤くなった。下を向いた。首くらいまである短い髪がわずかに頬を覆い、彼女の表情を少しだけ隠した。だいたい、人間性などは勉強と関係ない、と思う。むしろ彼女は人間的にはできた方だ。

 オレは全身がこわばるのを感じた。耳の奥に地鳴りのような低い音の鳴動を聞いた。

 「ホラ、もういいから、教科書を・・・・・・」

 ババアが無かったことにしようとした刹那オレは机の脇に吊してあった、学校指定の汚い群青色のバッグを黒板めがけて、投げつけていた。教卓に向かう途中、耳奥の鳴動のなかに、鈴の音を聞いた。夏に見た鬼来迎で鳴っていたヤツだ。どんなことがあっても、地蔵様が救ってくれる。ましてや正しいことしてるんだから、何も心配はない。

 抗議の意志をこめて教卓を粉々にした。

 

 その日以来、オレは腫れ物として扱われた。

 中二から公立に行くことにもなった。

 生徒指導の成田という馬鹿が、ババアにはババアの立場がある、相手の立場に立てみたいなことを言ってきて、再度キレた。

 「そこまでおもねってでも出世したいのかね。正しいことやりなさいよ。教師ならさ。この雑魚」とののしった。即刻退学になりそうになった。が、正直公立落ちは、問題児と相場が決まっていて、引き受け手がなかった。学年末まで待つしかなかった。

 

 先生のお父さんが餅つき用の機械から正方形の大きな板に巨大な餅をのせた。板はうどんやそばを打つようなものだった。板のまわりではオレ、先生、コウスケさんの三人が待つ。三人の手元にはA四くらいのプラスチックの容器がある。母上様は巨大な餅をそれぞれの容器に切り分ける。受け取った人はそれを容器一杯まで厚さを均等に引き延ばす。それを乾燥させて、切り餅にする。

「自分ちよりもここの方が居心地がよくて」

 「そう言うなよ。お母さんだって生活でいっぱいいっぱいなんだから。なあケンジ、お母さんも呼んでやれば」とコウスケさんが餅を熱そうに扱いながら言った。

 先生は、そうだなあ・・・・・・とどっちつかずの返事をした。

 この家で一番偉い母上様が「餅が固まるから早くやる」と叱る。第二陣が切り分けられ、容器の上で待っていた。

 餅つきは六畳くらいの台所で行っていた。日当たりは悪い。その方が食品が傷みにくいのだそうだ。中央に六人が座れる食卓があった。今は椅子が外され、作業台になっていた。板張りの床は踏むたびにきしんだ。水道管が腐っているのか浄水器なしには水は飲めない。

 

 オレはそんな騒動を起こした後、交換しておいたLINEのIDを通じて、シホねえと連絡を取った。シホねえは「ケンジに相談した方がいい」と住所を教えてくれた。ケンジは先生のことで、シホねえのカレシだ。その週の日曜日、先生、シホねえ、コウスケさんに話をした。いつも三人がいる洋間だ。

 オレは結局こうなってよかったのだと思っている。図書館で決めたリセットと違う形のリセットになってしまったが、自分の存在が消えるよりマシだろう、と。

 そう言うと、シホねえとコウスケさんはうなずいて同意してくれたが、先生は渋い顔をして腕組みをしていた。責任を感じるのだろう。そこでコウスケさんが提案した。

 「お前も会社辞めてブラブラしてて心苦しいだろ。部屋余ってんだし、塾でもやって真一君の面倒をみろよ」

 「おまえがやれよ。勉強以外なんにもできないんだから」とシホねえがニヤニヤしながらチャチャを入れる。

コウスケさんが何かを言っているが、「オロオロオロ」としか聞こえなかった。三人はどっと笑った。こうしてオレは先生に師事することになった。

 

 「あと一回ね」

 横で餅つき機が轟音をあげて回っている。先生のうちでは、大量の餅をつく。それをご近所さんに配る。そう考えると、古式ゆかしい臼と杵では間に合わない。

 つきあがるまで、「つまみ食い」と称して、餡、きな粉、大根おろしの三種の入った皿につきたての餅をドブンとつけて食べた。大根おろしにしょうゆをぶっかけたのが信じられないくらい美味しかった。

 みなで餅を食べていると、本当にここが自分の家であるような気がしてきた。

 塾に通うようになって逆に成績も伸びた。近所の小学生も数人通うようになり、彼らに教えるのを手伝うようになってから、勉強が楽しいと再度思えるようになった。もちろん、先生の教え方にもよる。「一対一なら、誰だって、勉強はできるようになるんだよね」と先生が言っていて、その通りだと思った。

 台所の入り口に気配を感じて、みなが振り返るとマルスがちょこなんと座っていた。口には件のネズミをくわえていた。まずいと先生が言って、箸と皿を置いて、マルスごとネズミを連れ出そうとした。マルスはくわえていたネズミをリリースした。ネズミがテーブルの上に乗ったらおおごとだ。みなが恐慌状態になりかけた。母上様は奇声をあげ、お父さんはネズミを無謀にも蹴っ飛ばそうとした。コウスケさんは飛び退いた。オレは硬直してしまった。ネズミは数歩進んで、ぱたりと横倒しになった。

 マルスは不思議そうに小首をかしげていた。

 ――了―― 四七三八文字(Word調べ)

 

今回も少ないかも知れないけど、落ち込んじゃいけないぜ、主催者様。

 

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