まさりんです。第二十六回短編小説の集いに参加します。主催者様、よろしくお願いします。さて、今回はまず書かなければならないことがあります。
この作品はフィクションです。実在の人物やアカウント名に似ている人物やアカウント、組織が登場します。が、実在の人物、アカウント、組織とはまるで関係ありません。
「サシ呑み」
店には白木のカウンターしかない。入り口も両手を広げ、少し余るくらいの幅しかない。入り口付近には三人のサラリーマンが座り、ビールジョッキを片手に管を巻いている。今日はきっと仕事納めだろう。我々はカウンターの一番奥の席に陣取っていた。
「お待たせいたしました」
頼んでおいた焼き鳥の盛り合わせが付け台に置かれた。持ってきた店員は白い作務衣を着た若い女の子だった。作務衣は白で額に鉢巻をしている。耳たぶくらいの長さのショートカットだった。もろ好みの容姿だった。付け台から角皿を下ろしながら、彼女を見てにやけてしまう。もちろん彼女も営業スマイルを返す。分かっていても嬉しくなる。
隣に座っているのは通称「主催者様」だ。湯気を立てている角皿の上の焼き鳥を見て、涎をたらさんばかりにニヤニヤしていた。そして胸のあたりで拳を作る。あ、殴られるんだと思った。主催者様はつくねを二本皿からとって、拳の指と指の間に刺した。その肉生け花を眼前まで持ち上げて、一人嬉しそうにしていた。少し誘いに乗ったのを後悔した。
もう一つ後悔したことがある。主催者様はデカイのだ。座面が四角い小さな椅子に我々は座っているのだが、おそらく半人分ずつ左右にはみ出している。一つ椅子を開けて座ってくれれば良いのだが、間をぴったり詰めている。噂では身長が一九〇センチ以上ある。肩の筋肉が異常に隆起している。ジャケットに身を包んでいるのだが、タンクトップの方がワイルドで似合う。どうして一番奥に座っちゃったんだ。まるで壁が隣にあるようだ。その向こうの様子はかなり乗り出さないとよく見えない。一番奥の席の向こうには店員専用の出入り口とトイレがあった。久しぶりに酒を呑むのでいつも以上に腹が渋ると覚悟して、トイレに行きやすい位置を選んだ。席の後ろはすぐ壁。席を逆にして、主催者様を退けてトイレに行くのは骨が折れる。
「お二人は同じ会社なんですか」
一瞬オレはキョトンとした。何をもって、主催者様とオレが同じ職業だと娘さんは判断したのだろうか。野太い声で主催者が言った。
「いや、違うんだ。私たちは同じ文学の同人会にいるんだ」
カウンターがびんびん震えた。思わずコップを押さえた。
きっと二人の会話が弾んでいないのを気づかって話しかけてくれたと思うのだが、野太い声に気圧されたようだ。カウンターのなかには大将と彼女しかいない。大将は炭火で焼き鳥を一心に焼いている。
「そうはいっても、そろそろ潮時だよね。この年末で止めようと思うんだ」
娘さんの後ろ姿を虚ろに追いながら、胸の辺りにビンビン響く声で言った。妙な持ち方をしている塩ダレのつくねを一つ頬張った。チマチマと一つずつ串から外して食べた。
「そうですか・・・・・・」と生返事をしながら、オレは冷や酒の入ったグラスを煽る。
「もう二年になりますか。いやよく続けたと思いますよ」
カウンターに置いた、空になった冷や酒のコップを見ながらオレは言った。「そのつくね、一本は俺のなのにな」と気づいた。主催者様の顔は見られない。
「私はネット自体は長いのです。2ちゃんねる出身だから」
そういうこと言うから・・・・・・。
「だから、自分で言うのもおかしいんですけど、妙なアマチュアイズムみたいなのが抜けないんです。まさか我々程度の活動を潰すような大手が出てくると思わないですよね」
我々の会は駅前にできたカルチャースクールの文学講座に潰されそうになっている。もちろん、「潰された」はオレの勝手な解釈で、向こうはそう思っていないだろう。少なくとも聞けばそう言うに決まっている。ただ、我々の活動は新聞に取り上げられるほどの隆盛を誇っていた。その記事が出て、その動きをキャッチしたかのようなタイミングでカルチャースクールが誕生した。この辺りは、文化的な活動が活発なのだが、大手のスクールはなかった。逆にそれが文化的な活動を盛んにしている側面があった。
大手が入ってくると、そこに所属しない人間は「マイナー」のレッテルが貼られる。そのようにして我が同人の加入者は減っていった。正確に言えば、所属しているのだが、幽霊部員である。カルチャースクールには有名だが売れていない作家が講師を務めていた。人選が本気だというのがバレバレだった。スクールに所属すれば、デビューできるのではないか、と淡い期待も持たせてくれた。表面的にはそう謳っていない。それはそうだ。必ずデビューできると勘違いされても面倒だ。デビューできると勘違いしてしまうのは日本人の悲しい性だ。個々の能力よりも、所属した組織の強さで全てを判断してしまう。
我々の会に所属していてもそうそうデビューはない。
「くやしいな」
オレのつくねを含めた肉生け花を始末し、ビールを呑もうとグラスを持った。すかさずオレは瓶ビールを酌する。黄金色の液体が飴色の瓶から滑らかに滑り落ち、白い泡を立てながら小さなグラスに注がれていく。泡の弾ける豊穣な音が二人の間を埋めていく。主催者様は勢いよくそれを吞み干す。再びオレがビールをグラスに注ぐ。瓶の中のビールが少なくなったので、お姉さんに追加を頼んだ。
オレは角皿に乗っているネギマを掴み、鶏肉を一つだけ頬張る。
実はオレ自身もカルチャースクールに参加しようと迷っていた。なぜなら。
「勧誘されるんですよね、カルチャースクールから。有名講師が多数在籍しているから、参加してみないかって。もちろん、年会費は今なら無料だし、参加して合わないと思ったら、二ヶ月以内なら会費も取らないって」
「へえ・・・・・・。そうだったんですね」
寂しそうな顔をしながら、ビールをちびちび呑んだ。
「当然ですよね。自慢じゃないけど、うちの会員はみんな質が高いから。そういう連中が集まってるなら、そこから引き抜けば、スクールの評判は高くなる。ただ、小説なんてそんな一度にいっぱい書ける人なんていないですから。一つに入れあげれば当然もう一方は疎かになるわけで」
それに、私には勧誘がないですね。当たり前か・・・・・・、と苦笑いしながら、コップに残ったビールをぐいと飲んだ。
大きく息を吸った。あ、殴り込みに行こうって言うんだと、オレは身構えた。すると溜息をつきながら、
「気になさらずに、どんどん参加してくださいね」
と言いながらオレの目を見た。オレはそれを正面から受けられず、目の端でとらえた。なんとなく試されている気になった。「いやカチコミかけましょうや、兄貴」と言うべきか。「ありがとうございます」と受け入れるか。迷っているうちに曖昧に、ちょこっと頭を下げながら、「へへへ・・・・・・」と妙な笑い方で返してしまった。
「お二人は昔からの知り合いなんですか」と目の前で黙って聞いていた彼女が尋ねてきた。
だからさあ・・・・・・。
「彼はボクのことを忘れているんです」
え、何言ってんの。そんな顔でオレは主催者様を見た。
ひどーい、と言って笑顔で非難された。それを尻目に、「ちょっとトイレ」と主催者様は席を立った。結局主催者様が先にトイレを使うようになるとは。ならば、席順を逆にすればよかった。主催者様はオレの肩を掴み、肉をオレの背中に乗せるようにして通ってゆく。肩を触る手が妙に親しげであった。
「本当に覚えてないんですか」
彼女はからかうように言う。ちょっと頭にきた。オレも彼女をからかうことに決めた。
「君のことは覚えてるんだけどね」
「あ、ナンパだ」
「違うよ。本気だよ」
主催者様がいなくなると、妙に会話が弾んだ。「このままバイトが終わったら、どう一杯」的なことを交渉しようとしたとき、主催者様がご帰還した。帰るときも同じようにオレの肩に手を置いて、ぐいぐい身体を押しつけてきた。手洗っただろうな、とちょっと訝しがった。その様子を見て、彼女は笑った。
「本当にデコボココンビですよね。こちらが筋肉隆々で、あなたが細くて」
そう、オレはひょろひょろだ。これで小説ばかり読んでいたので、中学の頃のあだ名が太田光だった。別に中学のときに誰とも話さずに皆勤賞を取ったわけではない。高校のときは源一郎だった。ちょうど高校のとき、さる源一郎が浮気をして、離婚したのだ。だから、高校生なのに皆知っていた。
オレは「止めてよ」とその関係を否定した。主催者様に失礼だと思ったからだ。彼女は執拗にからかった。それを何度も否定して、助けを求めようと「ねえ」と言いながら、主催者様の方を見た。主催者様は、これがまんざらでもない顔をしていた。
は?
なんだろう、この感じ。主催者様の弛緩した顔を見て、彼女も止まってしまった。そういえば、オレと主催者様は会ったことがあると、さっき言っていた。それはどういう意味か。まさか彼女をからかうための嘘というわけでもあるまい。
「本当に覚えていないのですね。悲しいな・・・・・・」
主催者様は寂しげにもうぬるくなっているビールの入ったグラスを口に運んだ。
「ほら、思い出してあげなさいよ。かわいそうでしょ」
彼女はいつのまにかタメ口になっていた。
「そんなこと言われても」
これで思い出しますかねと手拍子をしながら歌った。
『やーい源一郎の女たらしぃ。ヒョロヒョロのくせにお前の性欲どこからくるんだぁ』
「・・・・・・。あれ、亀ちゃんか?」
その人を小馬鹿にするような歌を聞いて思い出した。思い出して、人差し指で亀ちゃんを差す。
「だって、亀ちゃん、三周りくらいでかくなってんじゃない」
そう亀ちゃんは、高校時代は小柄の部類に入っていた。亀ちゃんは、オレに源一郎というアダ名を付けた男だ。もちろん、源一郎の本なんて一冊も読んだことはない。そしてなぜか、源一郎はクラスの中では性剛という扱いになっていた。実際の姿を知るものはいない。
亀ちゃんは小柄なタイプだった。身長は噂が本当なら今より三〇センチは低く、一六〇センチ台であった。
「おかしな話でさ、高校卒業してから伸び始めたんです。大学で筋トレに凝って、プロテインを飲んでたら、筋肉だけじゃなくて身長も伸びたみたいです」
そんなことがあるのだろうか。いや、一般的に言われる平均的な動きのとおりに動く人間の方が少ない。人間の身体は、人それぞれに違うのだろう。
オレは話しながら、高校時代の亀ちゃんを思い出していた。実は隣のクラスなのだが、体育などの合同授業は一緒だった。
そう亀ちゃんに告げると、
「そうだよね」
それから、オレの高校時代の話をしだす。文化祭でのこと、体育祭でのこと、修学旅行のこと、先輩と揉めたときのこと、体育の授業のサッカーで活躍したこと、など事細かな話を出してきた。野太い声で実に楽しそうに話すのである。
しかし、どうしてこの男はオレのことこんなに見ていたのだろう。背筋に鳥肌が立った。そういえば、体育の授業で、二人で組んで行う体操などは、いつも一緒にやりたがった。照れ臭そうに「一緒に組まない」と頼んできたのを覚えている。というより、記憶の中の亀ちゃんは、オレのことをからかっているか、照れ臭そうにしているという印象しかない。
もうすでに事態を察したのだろう、カウンターの中の彼女は、サラリーマン三人組の方へ移動していった。先輩らしいサラリーマンが、他の二人を叱っていたのだが、彼女が行くと内容が変わっていた。
「君が参加するだろうと思って、『小説の泉』を立ち上げたんだ。それに君がいたからずっと続けてきたんだ。君がやるというなら、これからも続けるよ。ずっと・・・・・・」
潤んだ目で、オレの目を左右交互に見てきた。
しまった。
お茶を濁して退散しようと思ったが、肉塊が入り口へ行くのを阻んでいる。しばし沈黙。考えてしまった。なぜなら、それだけ会を盛り上げるために粉骨砕身しているのを知っているからだ。しかも、独力で。その行為を認める必要はあるのではないか。オレはこれで会を見捨てるほど、冷たい男なのか。
「わかった。二人だけで続けよう」
行くところまでいくしかない。
主催者様、亀ちゃんは本当に嬉しそうな顔をしてから、両手で顔を覆って泣き出した。
「来年もよろしくお願いしましゅ」
――了――四八八一文字(←Word調べ)