今日の十分日記

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原点回帰の雑記ブログ。十分で書ける内容をお届けします。十分以上書くときもあるけどね。十分以下もあるし。

新春新聞比べーー十分日記214

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毎年元旦発行の新聞を数紙読む。

それを新年に感想を書いていたが、今年は書いていなかった。それを書く。だが、二紙しか読んでいない。

☆読売新聞

社説がひどかった。

毎年ひどいのだが。

八割がた、昨今のアメリカと中国の分析をしておいて、「日本はその仲介役をせよ」的なノリで書いていた。誰が日本にそんなことを望むのだろうか。もはや、ロシアですら仲介は難しいだろう。アメリカがトランプになって外圧大魔王の部分が復活しているので、日本はアメリカとも中国とも問題を抱えているとすら言える。内政に関しては相変わらずの「収入を増やしながら(増税)、支出も増やせ(財政出動をせよ)、かつ財政再建もしてね」という、てんこ盛りの無理強いをしている。記憶が正しければ、2000年代始めにも言っていたと思う。

 

☆日経新聞

全面的に「A.I.」の文字が踊っていた。

今の最新技術で、ホットな話題といえばこれになるのだが。あまり全人的に幸福をもたらすものではない。

今回の日経の元旦版で面白いのは、そんな本音がチラチラ見えたことだ。

一昨年、100,000人あたりの薬物よる死亡者は22人と前年比1割増えた。自殺も1942年以来の最高水準と言う。「社会の絆が弱まり、絶望感が強まっている」とは識者の分析である。「自分を愛するように隣人を愛せよ」と福音書を教えるが、分断の深まりや誇りの喪失が白人を中心に1部の層を追い詰めているようだ。

(1月1日日経新聞の春秋より引用)

 様々なリスクを抱え今年は変化がどう起こるのかが読みにくい、不確実性をはらむ年だ。

(1月1日日経新聞の社説より引用)

「 2013年に発表した論文では、米国の半分近くの仕事が消滅のリスクにさらされていると指摘したが、50年ぐらいまでを射程にしていた」

--産業革命以来、人類は機械で生産し、雇用を生み出してきました。

「製造業が富を生む時代は終わり、かつての日本や韓国のような奇跡を起こすのは不可能だ。米国でも残っている製造業は限られ、しかも自動化されている。トランプ政権が関西を上げ、一部の仕事を米国に戻しても多くの仕事は消えた後だ」

(1月1日日経新聞6面) 

 

日経新聞は経済に強い新聞と言うこともあって、元旦は新しい技術などの特集があり、嘘かもしれないと思っていても、読んでいて楽しい。だが今年は、引用したような負の側面にどうしても目がいく。

昨年末、株が暴落と行って良い水準で値下がりした。年始の株価がどうなるかというのが、別に株を買っていないのにきりになった。バブルの崩壊は同じようなタイミングで発生したからだ。年始の株価の下落が引き金であった。もちろん日銀の利上げ等が決定的な理由ではあったが。

同じよう年始の株価の下落が引き金であった。もちろん日銀の利上げ等が決定的な理由ではあったが。もともと好調な株価は2019年には値崩れするという感触が強く、それが少し早まったのかと緊張した。バブル崩壊なみの日本経済の沈滞は万人に悪影響与える。当たり前の話だ。

希望がある話をしながら、日経新聞では「今年は情勢が読みにくい」と本音が漏れている。記事全体の方針は車全体で決めているのだろうが、記者たちの本音がこういう部分で出ていると読むのはうがちすぎなのだろうか。

 

日経新聞でも読売新聞でも、日本社会では深刻な世論の分断がない、と強調して書いていたのが気になった。社会の分断はその女が出てきているのではないか、とネットを見ていても感じるのである。

先鋭化するというのはネット右翼の専売特許であったが、リベラル(ネット左翼?)も不寛容な先鋭化が目立っているように見えるのは私だけだろうか。無邪気にどちらかに加担するような気になれないのは私だけだろうか。

アメリカ人の自殺者数がやはり増えていると言うのはショッキングだ。特に1番富を持っているとマイノリティから思われている白人米国人が自信喪失から自殺している、というのは時代を象徴する現象だ。奪うものは奪われるものの痛みを理解しようとはしない。昨年は奪う者の攻撃が目立った年であったが、奪われるものがストレスに耐えきれず、逆襲に転じたとき、それは見ていられないほどの惨状になるのではないか、と不安になる。

私がブログを見ている人々は、多くが奪うものになっていないように見受けられる。少しそんな人々の記事を見ていると安心する。

皆さんが奪われるものにも奪うものにもならないで幸せな1年を送ることを心より祈っている。今年もどうかよろしくお願いします。