今日の十分日記

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原点回帰の雑記ブログ。十分で書ける内容をお届けします。十分以上書くときもあるけどね。十分以下もあるし。

令和千葉台風15号ーー十分日記296

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タイトルには「千葉」を挿入したが、正確には「令和台風15号」というのが今回千葉に未曾有の災害をもたらした台風の名前だ。なかなか格式があって良い。不謹慎か。でもここに「カトリーナ」だの、「チッチョリーナ」だの(懐かしい)が入ったら、なんだか興ざめだべ。などと千葉弁で言ってしまいそうになる。

「チッチョリーナに千葉がやられました」

と書かれると、

「若松劇場にチッチョリーナが来たんべか」

とみなが誤解する。

ちなみに、若松劇場とは千葉の船橋にあった伝説のストリップ小屋で、90年代までは近隣に宣伝カーまでバンバン走っていた。コンプライアンス無視のカオスな千葉を象徴する場所であった。

余談だが、子どもの生育上よろしくないとか思いがちだが、「大人は行っていいけど、子どもは行ってはいけない場所」という存在は必要なのではないかと思うのだが。そこがどんなところなのか想像することから様々なことが始まり、そんな場所の情報をなぜか知っている子どもが存在することで、好奇心に火がつくのである。

なんであなたの子どもが勉強をしないのか。

それは好奇心に火がついていないからだ。

今の自分は知らないが、きっと知ったら興奮するなにかが世の中にある。これが好奇心の芽だ。その芽は子どもにとって、怪しいものとして写る。

そう感じられないほど、今は街がきれいすぎる。

子どもの頃に、ハワイのような図柄の看板が駅前にあった。駅前のジャスコの目の前だ。

レイをして、腰に椰子の葉を巻いて、踊っている長髪の女の人の絵だった。

もちろん、その看板が何の場所か聞くと母親に怒られて、どんな場所かは教えてもらえなかった。というより、興味を持っていると悟られるだけで怒られそうなので、そんなそぶりさえ見せないように少年の頃の私はしていた。

だが、子ども心にそこが異常に楽しい場所であることは伝わった。

その看板の脇にある出入り口からは、酔客が何人も出てきた。お見送りに出る女の人も一緒にいた。酔客は「この世の天国だっぺ」という顔をしていた。なかにはものすごくいかめしい男の人も出てきた。この場合お見送りはない。だが、いかめしい男の人数人の場合はお見送りがある。

ジャスコで買い物をして帰るときにはその看板の店の前を通るので、そっと観察を続けていた。

もう少し成長してから、そこが893が仕切るキャバクラだと知るのである。しかもたぶん外国籍のホステスさんがいる店だ。

大人からすれば、ただのキャバクラなのだが、あの怪しさったらなかった。

余談終わり。

 

 

先日、千葉の地元に住む友人とラインで連絡をした。

その友人は内房ではなく、外房に住んでいる。

おそらく被害は少ないだろうなと思っていたが、被害が甚大だったときにスマホのバッテリーは命綱になるので、連絡は控えていた。私と連絡がついても、どうしようもない。

千葉は真ん中に山間部があって、その周辺に平地があるとイメージすればよい。被害が激しかったのは、南部と山間部だ。

私が住んでいる場所は、友人の家からは山間部を越えないと来られない場所なので、連絡がついたところで、来ることも物資を輸送することもなにもできない。

やきもきしながら静観するしかなく、そのまま過ごした。

 

被害状況を聞くとまあまあ軽微だった。

二日の停電のみ。断水にもならず。

大丈夫だと思っていたが、予想通りで安心した。

外房は台風の被害が多い地域なので、もともと雨風に強い。しかも、田んぼも豊富にあって、水利が発達している。それでも、低い土地は浸水被害があるのだが、都市部よりはずいぶんましだ。

 

内房の、特に都市部、千葉・船橋・市川などは風、雨に弱い。

京葉線というこの地域の海辺を走り、東京ディズニーランドを経由する路線が強風でもすぐに電車が止まってしまうのをご存じの方も多いだろう。

台風15号は本当に奇妙な経路を取った。

内房を進み、千葉市から上陸。船橋から八街など中央部を進み、茨城から再び太平洋に抜けた。この経路のために、もともと内湾で災害の備えが甘い、千葉市は甚大な被害を受けた。

それにしても備えがありそうな南部、安房の方がやられたのはショッキングだった。それだけ強い台風なのだろう。

 

これは書いたのかどうかは忘れたが、一つ大きな問題が浮き彫りになったと思っている。

それは発電能力の独占の問題だ。

電力の小売りに関しては、自由化が進んでいる。

だが、今回の千葉の災害で感じたのは、発電を東京電力に頼りすぎている、ということだ。電力がないので避難所が機能しないというのはよくよく考えれば、避難所の体をなしていない。

 

東日本大震災や今回の台風、昨年の西日本の災害のようなことが起これば、当然自家発電に切り替えたいと考える向きもあるかもしれない。当然のことだ。

EV車などを利用して、太陽光で発電したものを蓄電する技術も進んでいる。

神奈川では一店舗分再生可能エネルギーでまかなっているセブンイレブンも出店したようだ。コンビニ一軒がまかなえるのなら、民家は楽勝だろう。

あまり人のことは言えないが、一部の人が「原発がー」と言っている割に、自家発電のシステムを構築している人が少ないということがよく分った。もうこの際だから、太陽光パネルを南房総の各家庭に配ってしまったらどうだろう。そして法律を改定して、民家を建てるときには太陽光パネル設置を義務にすればよい。原発に頼らないで済むようにするためには、東京電力に頼らなければいいのである。再生可能エネルギーが割高なのは、みんなが発電しないからだ。

発電能力を東京電力が独占しているから、原発が必要になる。そうでない道に進むようにすればいいのである。

「2020東京オリンピックに必要な電力はすべて再生可能エネルギーでまかなわれました」

こんな文言が出てくれば素敵だ。

今からでも間に合うんじゃないの?

 

 

 ※これくらいは持っておいた方がいいのかもね。