こんな話がある。
アメリカの自動車産業を保護していたら、ビル・ゲイツは自動車工場の労働者で終わっていただろう。
そんな話があったらしい。
実に自由主義的な発想だ。
コロナ禍のアメリカで人材不足が深刻らしい。
いったん解雇した飲食店の従業員が帰ってこないらしいとNHKのニュースでやっていた。
昔の経済学では、人間というのは欲望に忠実で、自分の行動を最適化しようとする存在として認識されていた。昔というのは九十年代の話だ。だが、経済心理学? 審理経済学? とにかく、心理学を経済学に絡めたものでかなり前にそれは否定されていた。人は合理的に、最適化された行動を取るわけではないらしい。
それはそうだ。人間には感情があるのだから。
「店が赤字だからいったん首ね、じゃあね」
と言われて、IT系などの分野に鞍替えした労働者が、みすみす元の業界に戻ってきて働くと思っているのが間違いだ。自分を否定した業界にはなかなか行きたがらないだろう。特に次の仕事が決まっているのならば。前職のスキルを考慮する必要はない。
ただ、アメリカの外食産業が斜陽になったわけでもない。
ご存じの通り、今の経済は「K」の字に回復するという特徴を持つ。外食産業などコロナ禍の影響が直撃した業界の労働者は、上昇気流の業界に行ったのかもしれない。
つまり、ビル・ゲイツのときのように、産業構造が転換しているわけではない。ある程度ワクチンが普及し、また特効薬が出てきた場合、また復活することが期待される業界だ。
しかし、やはりいったん自分を首にした業界にまた戻りたいと思うのもかなり酔狂な話だ。
人間には感情があるということを勘定に入れなければ、とんでもないしっぺ返しを食う。ニュースを見ながらそんなことを考えた。
日本の特集で、酒の卸の会社の苦境についてのレポートがあった。
二〇年、二一年とコロナ禍の前の売り上げ八割減という状態だそうだ。
「Go To Eat」キャンペーンがあっても、マイナスが少々ましになっただけであるそうだ。正社員の八割が待機状態、非正規は全員更新せず、であるらしい。
金融的な優遇策を政府は打っているが、それは借金がしやすくなったというだけであるらしい。社長さんはかなりのお年で、後進に席を譲る時期になっている。
「いきなり重い負債を時代に負わせるのは心苦しい」
と言っていた。
このような状況で、ソフトバンクは過去最大の収益を上げた。
合理的な判断をすれば、失業者はIT業界などに鞍替えするだろう、ということになるのだが。
できないものはできない。
営業が向かないものはできない。
プログラミングをやろうとするとじんましんが出るのなら、やはりできない。
一般的に合理的であっても、個人的なルールが合致しなければ、やはり人間は動けないのである。
人間は感情の生き物なのである。それを受け入れると案外楽に生きられる。
正義なんてクソくらえだ。
こんなこと言ってると武井壮に説教されそうだが。
あの人精神論を否定した理論が精神論なんだよね。面白いけど。
余談だが、たぶん自動車産業を保護していても、ビル・ゲイツは今と同じような状況になっていたと思われる。