池波正太郎をめざして

明日は明日の風が吹く

今の心境にあわせてブログ名を変更しました。どうぞよろしく。肩の力をさらに抜いてやります。

【第三回】短編小説の集いに参加しました。

  まさりんです。

 今回も参加させていただきます。再度ギリギリになってしまって申し訳ありません。次は早めにしたいと思いますが、できないかもしれません。

 それにしても、小説のことを考え出すと、他のことは出来なくなってしまうのですが、みなさん器用にブログネタを更新されていますね。素晴らしいと思います。自分も慣れたらできるようになるんでしょうか。

 


【第3回】短編小説の集いのお知らせと募集要項 - 短編小説の集い「のべらっくす」

 

 

一応前回の文章です。

短篇小説を書いてみました。恋愛物です。2 - 池波正太郎をめざして

 

 

「雑踏」

 有楽町のホームに山手線が滑り込んだ。内外の温度差に一瞬身体が驚くが、慣れてしまえばたいしたことはない。先日は低気圧の影響で今年一番の寒さで、今日は少しぬるい。山手線を右手に一階にある改札口に続く階段へと歩を進める。左手にはビッグカメラと国際フォーラム、右手には交通会館の建物が見える。建物の間や屋根の上は、群青色に染められている。建物の際はほんのり白い。

 『逢魔が刻』である。

 もっともこの町はそんな情緒とは無縁であるし、四六時中『魔』と出会える町でもある。知らないうちにホームに転落防止の柵が設置されていた。

 冬の『逢魔が刻』なんてものは寸時に終わる。これもこの町とは無縁の闇夜が始まる。階段を降りるとすぐに銀座口があり、改札を出た。

 改札の右手にはこれから忘年会だという感じのサラリーマンが十人足らず集っている。なかに数人若手がいるが先輩が談笑するのをよそに、熱心にスマホをいじっていた。帰りたいんだろうなと思うと少し不憫だ。マスクをした中年女性と待ち合わせていた若いマスクをした女性が出会えた喜びを表すように両手を挙げて近寄ろうとする。二人の中を割くように眼鏡をかけたサラリーマンが無表情で歩いてゆく。僕は左に曲がり集合場所に向かう。うなじの辺りになにかが溜まり、むくんでいく感じがした。エレキバンをはってくればよかったと後悔した。いつの日からかプレッシャーがかかると、首筋と肩が凝ってむくんだようになった。昨日の夜のことを思い出した。

 昨晩、僕はケンジの自宅に呼び出された。二人でしこたま焼酎を呑んだ。酒に溺れ、泣きそうになりながら、ケンジは僕に頼んだ。

 『頼むからシホについて行ってくれ』

 始めはイヤだと拒否していた。それもけっこう必死に。ケンジは地元の名士である、豪農の息子だ。その和風の旧家の畳の上に酔いつぶれて仰向けに寝転んだ。右腕で目を覆いながら再び懇請した。消え入りそうな声だった。

 『頼むよ・・・・・・。お願いだよ・・・・・・』

 酔っているから繰り返すのか、繰り返すほど真剣なのか、コタツの天板に酔って突っ伏している僕には判然としなかった。ずっと拒否し続けてきたが泥酔の果ての気持ちは、本当に拒否したいのかも分からなくなった。ケンジの懇願も僕の拒否もいつしか惰性になった。

 『分かったよ、行く行く』

 と適当に返事をしてしまった。そのまま二人とも落ちたのだが、ケンジの口の端が笑っていた気がする。

 風邪ひいたか、と思いながら待ち合わせ場所に向かった。右手にイトシア、交通会館などが並ぶ一画だ。並木には緑のLED、交通会館の外壁には青色のLEDが飾られ、視界が二色であふれている。行き交う人々の多くは駅に吸い込まれる帰宅する人々だが、川の中州に取り残されたように、待ち合わせといったような風情の人々が点在する。恰幅の良い男性と五十絡みの女性二人が話している。その三人の邪魔をしないように、しかも流れを妨げないようにタイミングを見計らって歩く。流れに乗る人々は皆スマホをいじっていてあぶない。

 待ち合わせ場所は吉野家の隣の宝くじ売り場だった。シホとナカムラは僕を見て目を丸くした。「あれケンちゃんは」。ナカムラの腰に絡まるようにして立っていたシホが尋いた。なんかムカついて、ムシしてやった。「来れないの」とナカムラが尋いてきたので「うん、急にバイトのシフトが入っちゃってさ」と答えると、「そうか」と納得した。

 じゃ、行こうか、とナカムラはシホの肩に手を回すとシホは腰に手を回した。僕は二人の後ろからすごすごとついて行った。こういうときにいつも思う。別に二人に妬いているわけではないが、どうしてもう一人女の子を連れてこないのか、と。

 二人はマリオンに向かって歩く。なぜ遠回りをするのか分からない。人々が交錯する。たぶん昔からあるだろう果物、それにマツモトキヨシ、パチンコ屋と続いている。果物屋の店主は黒いニット帽を被り、黒いコート、ズボンをはいていた。品物はオーソドックスだが、値段はやはり少々高い。商品を眺めながら歩くと、パチンコ屋の前に信じられないくらいの美女がサンタのコスチュームを着て立っていた。前の二人はまるで興味を示していない。

 マリオンの手前の一車線の小さな横断歩道で信号無視をしようとして、二人は思いきりタクシーのクラクションを浴びる。この横断歩道は意外と車の往来があり、無視すると危ない。二人の田舎者は、タクシーに向かって悪態をついた。信号が青に変わり、我々はマリオンの間を抜けようと歩き始めた。頭上には三十周年記念のクリスマスイルミネーションが飾られている。雪の結晶をイメージした電飾と緑と赤のリボン飾りが浮いている。通路に視線を戻す。帰宅途中のサラリーマンや、映画を見るために人待ち顔でスマホをのぞき込んだ女性が円柱にもたれている。そこへ異様な身なりの男が通りかかった。手押車を押している男は六十代で、紺色のジャンパーで黒いニット帽、ジャージという姿である。妙に着ぶくれしている。手押し車には簡単な家財道具が載っている。彼が手押車を押しながら、ゆっくりと歩く度に人々の流れが割れた。まるで油と水のように。よりによってどうしてこんなところを通ろうと思ったのか。男は頭上のオーナメントを見て、視線を下ろすとそこには僕がいて、ニッコリと笑いかける。すき間の多い歯が見え、垢とほこりで黒く厚くなった皮膚が、ひび割れたかのように、顔全体にシワが走った。ほんの一瞬戸惑ったが、僕も笑顔を返した。苦笑いになってしまったかもしれない。

 前を行く二人には男など眼中にないといった感じで手押車の脇を抜けてゆく。

 やがて数寄屋橋交差点に至った。交差点を斜めに渡った位置にある、ソニービルの外壁にかかったマイケルジャクソンの顔を見て、ナカムラが「あ、道間違った」と呟いた。シホは聞き逃さずに「そうなのぉ」とちょっとだけ責めるように声をあげ、ナカムラの肩越しに僕を見た。ますます頭が重くなってきた僕は適当に笑顔でお茶を濁した。

 左手にある交番の前で募金と署名活動を行っていた。患者会の、たぶん患者の母親が拡声器を使って募金と署名を呼びかけていた。最前列には患者が車椅子に座っている。頭には白いヘッドギアをつけていた。寒いなか、こんなところにいて身体にさわらないか、と思った。比較的軽症の患者が自主的に参加したのかなと思った。

 しばらく彼に釘付けになってしまった。始めは筋ジストロフィーかと思ったが、本当にそうだったかはわからない。わからないままスクランブル交差点の信号が青になり、前の二人に引きずられて歩き出した。自分が日本人だなと思う瞬間だ。本当は署名も募金もしたいのだけど、気恥ずかしさに負けてできなかった。前を行く二人には、必死に声を枯らして叫ぶ声も聞こえず、ヘッドギアをつけた姿も目に入らないようだった。交番前に行き交う人々も大抵は無関心で、なかにはその存在に気づくが邪魔そうにした。舌打ちをするものもいた。自分もそういう人々の一人になってしまったと思い、一瞬後ろめたくなった。こめかみが痛くなってきた。

 交番からまっすぐ、不二家の前に向かう。向かってくる人々をかわすようにして僕たち三人は歩く。どんなに歩きづらくても二人の絡み合いがほどけることはない。ただ都会を歩きなれていないようで、呆気にとられて会話が弾むというところまでは至っていなかった。必死に歩くだけだ。ナカムラが僕に道を尋ねた。頭痛をこらえながら教えてあげた。

 スクランブル交差点は人々が無秩序に交差する。僕たちの前には白い大きなトランクを引いていく女性が進んでいく。僕と前の二人の間に入り込むように、大学生くらいの男二人が歩いて行く。大学生とすれ違いに、親子連れが歩いてくる。母親の両手には息子二人がぶら下がっている。前の二人に追いつこうと小走りになる。そうして五十%引きのセールの看板が出ているGAPを過ぎるころには、行き交う人々の列が安定する。右手を駅の方へ向かう人々がすれ違って行く。定期的に右手を、中国語を話す人が歩いて行く。なぜか皆大声でわめいているように感じる。前の二人はディオールアルマーニなどの高級店の電飾に見とれている。

 車道にはひっきりなしに車が往来している。やがて三越の巨館が見えてくる。交差点近くには『キリストを呼び求める人は救われる』と書かれた黄色い看板をもった男がいた。録音された宗教勧誘のメッセージが流れていた。目が合うとなぜか睨まれた。

 前を行く二人がゆっくり歩く男を追い抜く。おそらく百六十五センチくらいの小柄な男だった。足取りが心許ない。追い抜くときに横顔を盗み見た。なにか魂が抜け出たような脱力しきった青ざめた顔をしていた。黒いトレンチコートすら重荷であるように、肩を落としきって歩いていた。ギリギリの状態で働いているのだというのが、目を背けようとしても分かってしまう。前の二人は関心を示さないが。きっと幸福な人間には見えないものがあるのだろう。

 中央通りに出ると、通りの並木や植え込みにまで電飾が施されるようになる。行き交う人々の表情も変化する。五十くらいの夫婦が今日は特別といった感じで手を“恋人つなぎ”している。なんとなくビジネスマンというより遊びに来たという人が増える。

 やがて僕たちの短い旅の目的地の前に到着した。山野楽器である。ここでシホがナカムラにギターを買い、ついでにイルミネーションでも見ようとここまでやってきた。CD売り場である一階を尻目に四階のギター売り場へとエスカレーターに乗った。四階に着き、僕たち三人は、クラシックギターアコースティックギターを眺めつつ、エレキギター売り場へと向かう。

 売り場の奥から、ギターをチューニングするハーモニクスの音が聞こえた。手前の床には所狭しとエレキギターとベースが並んでいる。壁と中央にはガラスのショーケースが並ぶ。床に立っているのは比較的廉価なギターだ。ケースのなかには数十万円のギターが並んでいる。奥では五十歳くらいの中年男性による試奏が始まった。滑らかにトレモロを繰り返している。

 廉価なギターの値札を見たときにイヤな予感がした。フェンダーメキシコの最低額で三万九千八百円だった。

「高い」

 シホが呟いた。そりゃそうだ。

「だってカナが二万もあれば買えるって言ってたよ」

 どんな初心者セットだよ。そういうのは中古かオークションで探せよ。ナカムラと絡まりあっていた腕をほどいて、中腰で値札に見入る。「十五万・・・・・・」ナカムラに買ってあげたかったギターの値段だろう。「仕方ないよ」とナカムラとがなぐさめた。友人の彼女から誕生日兼クリスマスプレゼントをせしめようとした報いだ。暖房のおかげで頭痛が緩む。

 シホはがっくりと肩を落として、出口へと続く階段へと歩いて行く。片親であまり経済的余裕のない家庭だと聞く。他人にギターを買えるわけがない。だが若い女の子が落ち込む姿は痛ましく、横から肩を抱いて慰めたくなる。が、止した。シホ・ナカムラ・僕と、縦に一列に階段を降りた。

 再度中央通りに出ると、左手に人だかりが出来ていた。ミキモト本店のツリーを見る人々だ。十メートル近くあるおそらくヒマラヤスギに、LEDの電飾が光っている。ツリーを撮ろうと、人々がケータイやタブレットを向けている。寒さで頭痛がぶり返した。

 人々が一斉に息を呑み同じ方を見やった。視線の先にはマリオンで見た、手押車のじいさんがいた。笑顔でツリーを見ている。失意のシホは幸せそうなじいさんの手押車を車道の方へ蹴りつけた。車はゆっくり横転し車の上の鍋やらコップ、皿、毛布などが散乱した。シホは苛立って、さらに車を蹴り続ける。「普通にしたいだけなのに」「あんたみたいになりたくないの」とか、じいさんにというより、自分に向け叱咤し、自分を傷つけているようだった。

 頭がキリキリする。止めるべきなのだろうが、面倒だ。シホの腹を蹴ろうと一歩踏み出す。ナカムラが同時に踏み出した。どうしてか全力の蹴りはナカムラの脇腹に入った。ナカムラはもんどりうって、歩道のまん中に仰臥した。そのまま泣き出してしまった。

 興ざめしたという顔でシホは人混みへと消えた。

 僕は募金と署名をしてから帰ろうと決めた。

――了――

(4973文字)

 

ああ、疲れた。

 

 

 

 

僕は小説が書けない

僕は小説が書けない