池波正太郎をめざして

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明日は明日の風が吹く

今の心境にあわせてブログ名を変更しました。どうぞよろしく。肩の力をさらに抜いてやります。

神戸の震災と地下鉄サリン事件

エッセイ 雑記

 まさりんです。メモ的な記事を一つ。

 

 

 一昨日、一月二〇日は地下鉄サリン事件から二〇年の節目の日だったらしい。

朝、病院に行く予定があって、準備をしながらテレビを見ていたらそんな特集をやっていて、気づかされた。もうそんなに時間が経過するのかと驚いてしまった。一九九五年は日本社会全体にとって、大きな転換点の年だった気がする。平成が始まって七年目であるこの年、ようやく昭和が終わった。もちろん、いい意味ではない。

 一九九五年はサリン事件ともう一つ、神戸の震災も起こった。一月一七日のことだった。その年に浪人生だった私は、その後大病へと続く慢性的な体調不良と、その状態のまま受験勉強をするという無茶をしていたので、常に朦朧としていた。毎朝体調が悪いということを身体が重さから認識する日々をすごしていた。一月一七日は別で、起床時からTVに映し出される驚異的な光景に、目を奪われた。それまで、地震学者の「関西では地震は起きない」という今考えれば非論理的な説を信じていた私は、関西での大地震にまず驚いた。神戸の長田区という下町全体が火に包まれ、炎上する町中の細い路地を薄着の男がなんか毛布だろうか、何かを頭の上に抱え上げながら走る姿がテレビに映っていたのを覚えている。一番驚いたのは、高速道路の橋脚が曲がっていた。それまで一番地震に強い建築物だと言われていたと思う。それが横倒しになっていたのを見て、母親がびっくりするくらい「おいおいおいおい」と叫んでしまった。専門家のそのときの分析がもっと驚くものだった。「この地震は直下型の地震で縦揺れだからだ」と名前も忘れてしまった専門家がしゃべっていた。

 サリン事件も同じだ。九四年の夏だったか、長野県の松本市サリンがばらまかれたという事件があった。それが前段階であった。そのときの分析も素晴らしいものだった。「納屋においてある農薬が混ざってサリンが発生したのだ」初めて聞いた話だった。私の母方の実家が兼業農家で、毎春田植えなどを手伝いに行っていた。代わりに我が家の米代と野菜代は無料だった。当然、納屋兼車庫には農薬が置かれていた。じゃあ放っておいたら、祖父の家でもサリンが発生するのか、と笑ってしまった。もしもそうであるなら、祖父が私にそれを教えていると思う。ただ、おかげでサリンというのがどういうものなのかはよく分かった。猛毒の神経ガスであり、イラク少数民族を大量殺害したときに使用したらしい、そのような情報を得る事が出来た。もちろん、これが特定の個人ができうる犯罪ではないという事は以降証明された。

 事件当時の混乱はやはりよく記憶している。口元をハンカチでおさえる人々、担架で運ばれる人々。地下鉄がその当時(今は知らない)日本で最深部にある千代田線の最深部の駅で起こった凶行だった。サリンが散布されたのだということが特定されるまでちょっとタイムラグがあったように思う。事前情報があったために、サリンが地下鉄で散布されたと聞いて、文字通り魂消てしまった。その後数ヶ月、麻原彰晃が捕まるまで、連日テレビはオウム真理教一色だった。

 二つの事件で失われたのが、安全神話である。戦争やテロ(学生運動を多田納暴力としなければ)とは無縁であった国家がそうでなくなった年である。失ったのはそれだけではない。正確に言えば、失っていたことに気づいただけだが。

 一昨日事件から二〇年経過したことを特集したテレビ(いっぷくだったか)で、とあるコメンテーターが言っていたことが興味深かった。「あの事件を起こした幹部連中と年代が一緒なんだけど、あの当時インテリ連中が、『気持ちは分かる』と言っていたことをよく覚えている」。そう失われた一〇年とその後呼ばれる、この年はちょうどまん中の年だった。鬱屈した時代の空気が社会全体を覆っていた。もちろん、その空気がその後現在まで、密度を増すことはあっても、薄くなることはなかった。

 閉塞感の根底にあるものの一つは、一体感の欠如だろう。今も、これからも、日本人全体が富を得、幸福になるということはない。円安になれば、有利になるものもいれば、逆に不利になるものもいる。円高でもそうだ。円高の方が儲けやすい企業形態をしているところもある。自分が儲けるということは、影で自分以外に損する者がいる。無意識でも、その背徳感を感じつついきなければならない。感じていなければ、馬鹿だ。そんな自己の行動と他者との関係の矛盾が噴出し始めた年が、二〇前の今だったのではないだろうか。

 自分が儲けることが社会全体を豊かにする、そんな夢のような時期が昭和時代にあったのはまちがいがない。ほんの数十年の奇跡的な時期にその後日本人はすがり続ける。東京オリンピックに見る、ある年代から上の層の楽観は昭和の幻想にあるのだと思う。

 

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