今日の十分日記

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原点回帰の雑記ブログ。十分で書ける内容をお届けします。十分以上書くときもあるけどね。十分以下もあるし。

「華麗なるギャツビー」一九七四年版感想。ロバート・レッドフォードかっこいい。

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 雨の日にこんにちは。まさりんです。

 ちきしょー。ジョギングできねえよぉ。夕方にちょっとやむらしいけど。タイミング良くいけるかな。ちきしょー。

 

 先日、結局は少子化について書いた記事を書いた。あれは少子化の前の結婚について書くはずだったのだが、あまり構成を考えずに書いたら、どんどんあさっての方向へと流れていったものだった。

 結婚後の生活は以前書いたように、「家庭生活を充実したものにできるようにする」という前提に立って支援策を総合的に出すのが肝要だ。が、そのまえに結婚してくれなきゃ始まらない。これは両極端になっているからだと思うが、初婚の平均年齢が三十代に入った。たぶん、三十代半ばまで、いやもっと上になっても結婚しない連中と、そうではなくて二十代で結婚する連中と、極端に開いているのだと思う。

 なぜ結婚の話を書こうと思ったのかと言えば、きっかけがあって、とあるブログ記事を読んだからだ。

 

ba-shi.hatenablog.com

 もう一度読んでみたら、これは男が書いた記事なんですね。

 だから、男側から見たら納得する話が多いのだなと思った。後編はちょっと筆者に欲が出た。自分のシチュエーションに寄せて書いているのかなと思った。しかし、前編は説得力がある。

「婚活パーティには魅力のある男はこない」とか、「魅力のある男は二十代で片付く」というのは本当にそうだと思う。相手が三十代女性らしいから言いたくないけど、はっきりいって、いい男を捕まえる唯一の方法は彼が学生のうち、つまりよくわかっていないうちに、手なずけることだ。こういうことって、学校で教えればいいのにね。

 本当に結婚願望が高い男は存在するし、浮気をしないという男も存在する。特に後者は若いうちから飼い慣らして育てた方がいいのである。よく思うが、人生は同時進行で動く。女性がこういう男をゲットしたいなら、自身のキャリアを積みつつ、若いうちに手なずけることが肝心だ。

 しかし、世の中にはもっとすごい「はぐれメタル男子」もいるのである。それがギャツビーである。

 

 『華麗なるギャツビー

監督:ジャック・クレイトン

脚本:フランシス・フォード・コッポラ

原作:F・スコット・フィッツジェラルド

配役

ジェイ・ギャツビー ロバート・レッドフォード

デイジー・ブキャナン ミア・ファーロー

トム・ブキャナン   ブルース・ダーン

ニック・キャラウェイ サム・ウォーターストン

ジョージ・ウィルソン スコット・ウィルソン

マートル・ウィルソン カレン・ブラック

 

物語

 ニューヨークの郊外、ロングアイランドにニック・キャラウェイは住んでいた。遠縁にあたるデイジーとその夫トムとはある夏休みに誘われ実家に戻っていた。

 ニックの小さな家の隣には豪邸があり、その主人ジェイ・ギャツビーは、夜な夜な大宴会を開いていた。ある夜ニックはギャツビーに誘われて豪邸のパーティーに行く。そこでは招待客たちがギャツビーの噂話をするのであるが、本人の姿はない。「二六五ドルのドレスを買ってもらった」、「人との関わりは絶っている」、「彼は昔人を殺したらしいわ」、「戦時中は政府の任務でスパイをしたって噂もある」、「テキサスで石油を掘り当てたらしいが」、「ギャツビーはドイツ人らしい」。女たちはかれの噂話をし続ける。

 トムはデイジーの他に愛人を持っている。それはニューヨークに向かう途中にある自動車整備士であるジョージ・ウィルソンの妻、マートルであった。その事実はデイジーも知っている。

 実はギャツビーとデイジーは昔なじみであり、ギャツビーは軍隊にいたころ、ボストンで有名人であったデイジーのことを諦めている。自分に自信がなかったのだろう。そして、資産家となったギャツビーは、デイジーを迎えに来るのであった。ニックはその企みに巻き込まれる。

 

感想

 最終的にデイジーが選んだのは、ギャツビーではなかった。このあたり、女性が結婚に対して望むことがいかに複雑かということを思い知らされるのである。時は戦間期。運命を男にゆだねるしかなかった時代の女性である。

 もう残酷なほど、ギャツビーとトムをならべるとギャツビーが容姿では勝っているのである。資産額もたぶんギャツビーとトムは肩を並べる。デイジーに対する気持ちも、ギャツビーが勝っている。それでもデイジーはギャツビーを選ばない。解釈はいろいろあるだろう。一つだけ書くと、それはギャツビーがどう頑張っても手に入れられないものが存在する。それは「血」である。トムは結構良い家系の男である。「はぐれメタル男子」の「超」のつくヤツである。ギャツビーがどう成り上がろうが、これだけは手に入れられない。

 

 登場人物の印象が変遷するのも見逃せない。

 胡散臭い、ちょっとシャイなキャラクターとして登場するギャツビーだが、後半になると、純粋にデイジーを求める情熱的な男に変化する。ばりばり仕事をする男から、愚鈍・純粋・愚直な男になるのだ。世間がどう評価するのかはわからないが、ロバート・レッドフォードはギャツビー役を見事に演じていると思う。

 二人の男の間で迷うミア・ファーロー、ちょっと狂気をはらんだカレン・ブラック、トム役のブルース・ダーン。印象がくるくると変化する難役をみな見事にこなしている。小説では印象が変わるものというのは作れるのだが、映画とかアニメとかだと、見ている側がついて行くのに苦労するだろう。やっているキャラクター、役者は同じだからだ。

 

 それにしてもギャツビー。もしかすると、男からすると「はぐれメタル」に見えても、女性からすると単なる「バブルスライム」なのかもしれないねぇ。毒消し草が要るね。男からすればかっこいいんだけどね。ああいう生き方をしたい男も多いと思うけど。

 

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