池波正太郎をめざして

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明日は明日の風が吹く

今の心境にあわせてブログ名を変更しました。どうぞよろしく。肩の力をさらに抜いてやります。

第23回 短編小説の集い「虫」振り返り。

 

  お久しぶりのまさりんです。
  徒労な作業がおととい終わりました。まあ徒労でしょう。けっかがせいこうでも徒労です。その間、物理的に余裕がないというのもあるのですが、書けないのですが、その徒労の作業は精神的に余裕がなくなってしまうのです。だから、ブログをほとんど更新しないで数週間やってきました。
  ところが、おととい作業が終わったにも関わらず、すでにブログを書かないという習慣が成立してしまって、どうにもブログを更新しようというマインドにならないのです。面白いものです。

  その徒労は文章を使ってやる作業です。
  駄文ブログにも関わらず、定期的なアップ作業をしていたことで、その恩恵をいくつも感じました。だからブログを再びやろうと思うのですが、理屈でわかっていても、身体が動かない。長谷川豊にいわせればこういう自堕落な人間は死んでしまったほうがいいということになるんですよね。だから自分に、「そういうことを言っていると長谷川豊に殺されるぞ」とささやいています。
  割と殺されるぞ側に近いところに自分がいる、と先日の記事で書きました。それ以来、こうやって自分を鼓舞することになります。

  さて、アップを再開するきっかけとして、もう随分前になりますが、「短編小説の集い」の振り返りをしようと思います。今、カレンダーを確認しましたが、たかが、一週間ちょっと前なんですね、本当は。もう二、三週間前に書いたような気分です。思い出せるでしょうか。

novelcluster.hatenablog.jp


  九月のある日、夜のことです。ずっと雨が続いていて、その間を縫うようにジョギングをしていたころです。その時間あたりに降っていなかったので、夜にジョギングをしました。八時くらいかな。
  とある児童公園をとおりました。そこは以前洋館を舞台にした短編小説を書いたときにモデルとして使った洋館があった場所です。今は国の占有地になっていて、公園にしていました。要するに遊んでいる土地なんでしょうね。草茫々でとても入りづらく、あまり人がいるところを見たことがありません。
  ちなみにですが、こういう国有地って、他にもいっぱいあるんですよ。医療費が足りないなら、そういう場所を売ればいいんですよね。バカだよね。
話がずれました。

  ジョギングをしていたとき‥…、そうそう、十五夜だ。今年の十五夜は曇っていて、薄くしか満月が見えなかったんだ。
公園に通りかかったとき、緑色の作業服を来た男が犬を連れて歩いていました。どう見ても、ちょっと夜の散歩を飼い犬としている、という風情には見えませんでした。仕事でしているような感じです。はあはあ、いって走りながら、『ああ、ペットの散歩を代行しているんだ』と思いました。それから、これをモチーフに小説を書きたいなとおもいました。
  そして「虫」というお題が出ているから、なんとかこの二つを結び付けられないかと考えました。それと今回は久しぶりに描写中心にするということも決めていました。どこかの舞台を細く書いていく。これら三つを小説の目標にしました。
舞台をどこにするか、それからかんがえました。中山法華経寺にするというのは、書き出す直前に思いつきました。夜、空いている時間を使って、自転車で実際に行きました。昔はよく散歩で行っていたところですが、記憶だけで書くというのは自信がなかったです。
  それに、小説やブログ、文章でその場所や出来事を書こうと思うのと、そうでないのでは見方が変わります。細くなるのです。
あまり小説を書いていない人は、自分の手持ちのふだで勝負したほうがいいです。取材ったって、お金をかけて細かいところまでできないですから。自分が勝手知ったるフィールドでやるのが一番です。
  実際に書き始めたのは、締め切り直前になってしまいました。徒労と通院と、様々な要因が重なって、今回は辛かったな。雑文を書くのと違って、小説を書いている途中に色々話しかけられ、また作業に戻るというのは、目が回りますね。
  半分を原稿用紙で、もう半分をタブレットで書きました。いや違う。パソコンか。結局タブレットだと、文章を書くところまでは行けるのですが、編集やらブログにアップやらになると、まだパソコンのほうがやりやすいのです。たぶん慣れてないからでしょうね。

  本当は、長谷川豊の話の情緒的な反論をしようと思ってました。が、ちょっと紙数が足りないという感じでしたね。それでも、川添さんの感想を読むと、まあまあ書きたいことが伝わっているのかな、と思いました。
花の慶次」という漫画で、琉球からやって来た与次郎という、千利休の息子が死の病をおして、戦うシーンがあります。そこで慶次が心中、「生きるのは人のためかもしれない、でも死ぬときくらいは自分のために死にたいよな」と思っていました。正確じゃないかもしれないけど。
  本当にそうだと思います。死に方まで正解を作る必要はないんだよ。少子化だって高齢化だって、なるようになっただけじゃないか。そのまま滅びればいいんだよ、という心境です。子供を作るのは罪作りだ。知ったことか。生き物なら、それは宿命、業なんだよ。それで人類が滅亡したって、それまで作り続けるんだよ。それは誰も否定できないんだ。この話しが出て来たのは最近ですが。
  いろいろな心境を重ねるものにしたかったんです。十分にできたとは思えないけど。
  というわけで振り返りでした。唐突な終わり方!

 

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