今日の十分日記

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原点回帰の雑記ブログ。十分で書ける内容をお届けします。十分以上書くときもあるけどね。十分以下もあるし。

「第十四回 短編小説の集い」参加作品。「センチメンタル」

 三十一日から男のまさりんです。

 

 なんとか間に合いそうですね。今回の「第十四回 短編小説の集い」に参加します。

 なんか、ちらっと参加作品を覗きましたが、皆さん忙しいようですね。今回は変化球で、「食客」がテーマです。

 今回は頑張って、感想を書きます。

novelcluster.hatenablog.jp

 

『センチメンタル』――祖父が食客だったころ

 農家であった祖父母の家には毎週のように遊びに行っていた。

 母が家庭向きの女性でなく、ムリしていたのだと気づいたのは随分大人になってからだ。家事も子どもも嫌いな人で義務の一点で日々をこなしていた。そんな日々の息抜きで、通い詰めていた家の客間の中央に布団が敷かれていた。客間からは障子が閉められていて、外から容易に見えないようになっている。六畳の和室には主立った親戚連中が集められていた。

 私は隣の仏間に座っていた。いまわのきわにある布団のなかの祖父を囲む人々の末席に侍りこの部屋を眺めていると、何故なのか妙にこの家自体が懐かしく、遠く昔の想い出のようだった。恋人との関係が嫌いでも無いのに終わってしまうような感傷がそこにはあった。

 視線を左に向けると半分開いた玄関の引き戸があり、その奥に車庫兼物置の建物が見えた。物置は二階建てで、車の他脱穀機などの農具、祖父が飼っていた小鳥や鈴虫のカゴが並んでいた。テーブルもあり、田植えのときには汚れた格好で母屋に上がるのも億劫なので、そこで野良着のまま、昼食を摂った。母と違い、叔母は料理上手で料理がテーブルに所せましと並ぶのは圧巻だった。

 仏間に座ったまま、玄関から右の方へと視線を巡らす。庭の中央には巨大な石があるはずだ。まるで仔牛が踞ったようなその石に、幼少期には無意味に登り、飛び降りて遊んだ。今は壁にはばまれて見えない。さらに右に行くと昔母屋として使っていた建物が見える。古い母屋のくすんだ家屋は、今もそして昔も景色のなかに沈んでいる。古い母屋の二階には四畳ほどの一間がある。

 窓からゆっくりと部屋のなかへと視線を戻す。沈痛な面持ちの人々の真ん中に祖父が横たわる。人々が祖父の息が止まるのを待っているようだった。あたりまえだが、祖父の顔はやつれていた。その呼吸が細くなり、やがて止まった。胸が深く沈む刹那、誰かがそこから抜け出していくようだった。それが祖父の最後だ。

 そこから一連の儀式は嫌な言い方をすれば淡々と進んだ。祖父の最後は長患いだった。長い闘病を支える日々から介抱され、家族の顔には安堵の表情まであった。それも仕方がないと、真宗坊主の読経を聞きながら、親族席の末席でそう思った。通夜の参列者が次々と焼香してゆく。その列のなかにダークスーツのケンジと黒いワンピースのシホがいた。シホはじっと前の参列者の動作を観察し、自分の番ではそつなくこなした。その様子はあからさまだったのでおかしくなってしまった。シホはボクと目が合うと口の端だけでチラッと笑った。シホ相手に悔しいが救われた気分になった。

 

 坊主が読経を終え、参列者が三々五々帰っていった。斎場の祭壇のある場所の裏には、通夜の間遺族が詰められる一〇畳ほどの和室がある。少しケンジとシホに残ってもらった。

 「お祖父さんはどんな人だったの」

 ビールの入ったグラスを傾け、縁に付いた口紅を気にしながらシホは聞いた。

 そう聞かれて、あまり祖父のことを知らない自分を見つけて戸惑った。

 背後で「よっこらしょ」という声が聞こえて、振り返ると母が和室へと入ってきた。ケンジとシホが姿勢を正し、母とお互いに型どおりの挨拶を交わした。

 「なあ、お祖父ちゃんってどんな人だって」

 とボクはシホの質問を母に丸投げした。母は少しだけためらう表情を浮かべた。すぐに祖父の話を始めた。

 「どんな人ったって、どちらかと言えば変わった人なのかねぇ。

 昔よく聞かされた話だけどね、おじいちゃん、いっときタクシーの運転手やってたの」

 「いつの話?」

 「よくわからない。でも若い頃は良く聞かされたよ」

 ボクの母親はグーニーズの海賊のママのような灰色のおかっぱ頭をしていた。礼服でベレー帽を被っていた。ビールグラスを傾けながらゆったりとした口調で話し始めた。

 

 本当は祖父はそれほど働く必要がなかった。土地を持っていたからだ。それを不動産投資に回し、その家賃収入で充分に糊口は凌げた。昭和時代とはそういう幸福な時代だった。が、生来の冒険心からか、家でじっとしているのを好まなかった。一台の自動車を購入し、個人タクシーを開業した。

 それから何年か経ったある秋の日、駅前で客を拾った。客は仕立てのよい厚手の灰色のスーツに水色のベストをなかに着ていたのだが、似つかわしくないくらいイカツイ顔でパンチパーマだった。本職なのかインテリなのか祖父には判断がつかなかった。後部座席、しかも祖父の真後ろに座って、咳払いをひとつした。それだけで祖父は緊張してしまった。後ろから蹴られたらどうしようと、警戒したのだ。

 「あのどちらまで」とびくびくしながら聞くと、

 「・・・・・・がんセンターまで」と不機嫌そうな声で答えた。祖父はその道のりを思い浮かべて憂鬱になった。郊外にあるがんセンターは駅から数十分かかった。バスを勧めようとも思ったが、乗車拒否になる。なにをされるかわからず、それもできなかった。バス・タクシー用のロータリーを出てまっすぐ進む。市内の目抜き通りは片側三車線で壁のようにビルが、左右に立ち並んでいた。

 車内の緊迫感を緩和するために、気持ちラジオの音を大きくする。ラジオからは日本シリーズの第四戦の実況が流れていた。「ラジオ止めてくれますか」と言われ急いで切った。通りはやがて市の郊外に出る。視界に緑が増える。右手に城や県民通りを眺めながら、丘陵を登ってゆく。客はずっと物憂げに車窓を眺めていたが、ここにきて口を開いた。

 「妻がガンかもしれなくてね。精密検査の結果が今日出るんだ」

 誰かに苦渋を打ち明けたかったのか、ゆっくりと胸中を明かし始めた。

 その客は中学校の校長だった。定年後、悠々自適の生活を送っていた。祖父は先生と聞いてちょっと安堵した。風貌に似合わず、趣味は楽器演奏で、先生はオーボエ、妻はバイオリンを演奏していると話した。

 「ここに県民会館があるでしょ。ここでもやったよ」先生がオーボエをふくマネをしたので、祖父はバックミラーで指を確認した。全部揃っていた。

 「もしかして県のオーケストラですか」

 と祖父が尋ねると、「そう」とうれしそうに応えた。昔、知り合いに誘われて見たことがあった。「この丘を登り始めたら、色々と想い出してね」と言って、目元を拭った。記憶が溢れてしまったのだろう。

 再び車内は沈黙に包まれた。丘を下り、国立大学付属病院を抜け、次の丘を登る。次の丘の上の商店街を抜けると右側にがんセンターがあった。正面エントランスにタクシーをつけると先生がわがままを言った。

 「すまないが待っててくれないか。いや、なんなら貸し切りにしても良いから」

 先生が本当は先生でなく本職だったら、という疑いを祖父はまだ捨て切れていなかった。ならば余計なトラブルになる。また、先生の感傷につきあって、同情していたこともあった。祖父はわがままを呑んだ。

 数十分後、うつむき加減で心持ち肩を落した、先生とその妻は帰ってきた。

 車が走り出すと祖父が結果を知りたがっていると察したのか、先生から話し始めた。とはいうものの重く、短く、低い声で短く、「だめだったよ」と言ったきりだった。

 先生の道案内で自宅までお送りした。道中、奥さんのすすり泣きのみが聞こえていた。奥さんは非常に小柄で、その背中を丸くして、ちいさくたたんだハンカチを目に押し当てて、嗚咽を漏らし、鼻をすすった。そんな奥さんを見て、こういう女性を選ぶのだから、先生は本当に先生だと確信してしまう、祖父はこのタイミングでそんなことを考えてしまう性根の卑しさを恥じた。だが、そんな二人に祖父は気のきいたことを言えなかった。

 先生の自宅前でちょっとした押し問答になった。メーターはつけたが、祖父は料金をもらう気になれなかった。最後、押しつけるように強引に先生は料金を渡した。そのかわりとばかりに祖父は先生に名刺を渡した。

「何かあったら呼んでください。いつでも駆けつけるので」

 こうして祖父は「食客」となった。

 もちろん、正式にその許可を先生から得ていなかったけれども。

 おかしな主従だった。先生の自宅は小体な昔の洋風建築だったが、推し量るに半ば道楽でタクシーを転がす祖父の方が資力があった。つまり、本来喰わせてもらうべき客の方が財力があるのだ。主従逆転だ。だが、祖父は常々母に言っていたそうだ。

 「先生の人間に惚れたんだから、そんなの関係ないよ。大体先生だって、そんな野暮なこと気にしなかったよ」

 

 先生から入院される奥様をセンターまで届けて欲しいという依頼があった。当日の朝、先生のお宅の前についた。もう冬になろうとしていた。洋館の白い壁が朝日に照らされ、まぶしかった。タクシーのマフラーからは白い湯気が立っていた。奥さんが寒くないように気持ち暖房を強めにした。毛氈の敷物を後部座席に敷いた。

 奥さんは玄関から決して広くない庭を進み、奥さんの身長ほどある鉄門扉の前で深々と祖父に頭を下げた。庭はイギリス風で手入れが行き届いていた。

 祖父は正面から奥さんの両肩を受け止めて、頭を上げてもらった。

 素早く運転席側の後部座席に奥さんを誘った。先生の宝物は安全な運転手の後ろである。

 車中は今日も沈黙だった。気分をほぐそうと、「大丈夫ですよ」と祖父がバックミラー越しに言うと、奥さんが「ありがとう」と返して、柔らかく笑った。後日知るのだが、奥さんは小学校の先生だった。

 手続きを終えた先生に、「時間がかかるから帰って欲しい」と言われた。祖父は最後まで食い下がったが、やはり押し切られた。だが素直に帰る祖父ではなかった。おそらく面会が終了する時間まで先生はいるだろうと踏んで、がんセンターのエントランスに車をつけ、先生を待った。

 二〇時を過ぎて、エントランスの脇の通用門から先生が出てきた。他のタクシーに乗られないように、急いで車から降り祖父は先生に声をかけた。先生は驚いていた。

 先生のお宅に送り届ける途中、先生へ弟子志願をした。先生は驚いたように断った。

 「じゃあ客分として扱ってください」

 「ドライバーではなくて」

 「ドライバーをしろというなら、いたしましょう」

 「ではお客様として、いつでも当家にいらしてください」と許しを出し、先生は、フフフ、と笑った。

 

 翌日、奥さんの手術が行なわれた。病巣は子宮にあり、子宮の全摘出となった。六時間もの手術の結果、成功に終わった。帰りも祖父が先生を送った。

 車中、先生は車窓を見ながら話し始めた。安心したのだろう、低いが穏やかな声だった。

 「わたしが初めてこの車に乗ったのは理由があったんだ。あの日がんセンターに向かう途中駅前で用事を済ませてね。駅からバスに乗ろうとして、ロータリーに来たんだ。バスターミナルの手前にタクシー乗り場があるだろう。そこでタクシーに切り換えた。ナンバーが気に入ったんだよ。『七六七九』だろ、君の車。七が二つもある。それに『難なく』にもなる。験が良いから、これに乗ろうって。残念ながら手術になっちゃったけど君との出会いがあったから、それでいいじゃないか」

 何だか嬉しくて、祖父は涙ぐんだ。先生に気づかれないようにそっとぬぐった。

 バックミラーに映る、パンチパーマの横顔がとても素敵だと思った。

ちなみに手術に成功した奥さんは、この後先生よりも生きることになる。二人の葬送の車は祖父が運転した。

 

 「色々な先生がいますね。そんな魅力的な先生にあったことないな」。頬を真っ赤に染めたシホが言った。ケンジは体調が悪いのか、酒にあたって横で伸びている。一〇畳間にはボクらしかいなかった。

 「お祖父ちゃんが話しているときも何となく恍惚としていたからね。相当魅力的だったんでしょう。男から見ればね。女から見たらそんな極道だか、インテリだかわからない風貌イヤよね」

と言って、シホと母は笑った。この二人が気が合うとは。

 「だからアタシも家庭とか興味持てなくてさ。結婚する気しなくて困ったわよ。ロクでもない男につかまるし、息子は揃いも揃ってボンクラだし。結婚しないで好きにすればよかった」と海賊はグラスを干した。

 「結婚ダメですか」シホが聞く。

 「人によるけどアタシはダメ。むいてない。この子と違って、身体だけは丈夫だったから、エベレストでも登ればよかったわよ。子どもに費やす人生なんてイヤよね」

 と言って赤ら顔でカラカラと笑った。

 ボクは憮然としてしまった。

――了――(四九九一文字)←Word調べ。

 

 何とか間に合った。今回で一二回連続投稿!! おめでとう、オレ。よくやったね、オレ。

 

 

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