池波正太郎をめざして

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明日は明日の風が吹く

今の心境にあわせてブログ名を変更しました。どうぞよろしく。肩の力をさらに抜いてやります。

二〇〇記事目おめでとう&「壬生義士伝」を見ました。中井貴一上手かった。

エッセイ 雑記 映画

 

 二〇〇記事達成おめでとうのまさりんです。

 おっせーなぁ。短編小説の集いとかをやっていても、我ながら「おっせーなぁ」と思います。以前は必ず取材をして書いていたので、その日程のせいで遅くなっていたのですが、今では取材は「文章スケッチ」に譲る事が多く、「とっとと書けよ」と思うのですが、これもなかなか動かず。一日一記事書けば、一年足らずでとっとと終わる数字です。我ながら、「おっせーなぁ」。

 

 

 何かの記事で、花粉症の治療に、体内時計を調整するという方法が研究されているという内容を読んだ。これを調整すると、何がどうなるか、仕組みはさっぱり覚えていないが、よいのだそうだ。この方法は色々なアレルギー治療に応用されるのかもしれない。外部と接触する部分、しかも外部のモノが多く通過する部分に免疫は集中している。言わずと知れた皮膚、そして鼻、それから口、胃、小腸、大腸もそうだ。消化管は外部から取り込んできた食物を通過しながら消化吸収するので、免疫系が集中している。

 男と女を比べると、女の人の方が、身体に気を遣った食事をし、男のほうが身体に悪い食事を取る。これは性差というより、性文化差とでもいうものの差であるのだろう。やはり酒に溺れるという文化は、無頼をきどる男性の方が多く、女性の方が少ない。食事に関しても、なんでも喰ってしまう方が、男っぽい。もっとも、これも昨今の若者はだいぶちがってくるのだろうか。どちらにせよ、消化器に問題を抱えるモノは多い。男は多くゲリ腹がおおく、女は多く便秘腹が多い。これもやはり免疫系が腸に多いからか。(ちなみに恐いから書いておくが、女性が無頼を気取ってもかまわない。全体的な傾向が以前はそうであったという話がしたいだけだ。性差を堅守せよとの意思はない)

 体内時計は腸内環境に依存するという話も聞いたことがある。腸内環境を整えるだけでも随分と生きやすくなるらしい。

 以前、NHKの「爆問学問」という爆笑問題の番組があって、腸の研究者が出た回があった。専門家曰く、腸の研究は進んでおらず、ブラックボックス状態なのだそうだ。もう十年近く前の話だ。どうしてか、と問われた専門家が、「そりゃ汚ったないからじゃないですか」と言っていた。専門家が言うくらいだから、随分と説得力があった。腸は第二の心臓と言われるくらい重要な器官らしい。そういうのは脳だと思った。

 昨日の夜、例のスーパーで買い物をした帰り、カミサンとこういう話になった。

 「買い物をして、帰るだけで四〇分以上かかってるか。若いころより随分遅くなったよね」

 「そう?」

 「もうそろそろ、おれが中学生のころの親の歳なんだよね。そう考えると、中学生のころから見た親って、ずいぶん動作が遅い感じがしたでしょ。いまきっとおれがそうなんだろうね」

 「あなたはその頃に戻れるんじゃない」

 「いや、あの頃の結果がこの身体でしょ。戻れないと思うし、戻るのもどうかと思うよ」

 私はたいそう身体が弱いのである。

 「よくハウツー本であるでしょ。普段頻繁にやる作業は、時間をはかっていくと変わっていくのかね」

 という話をしながら家に帰った。

 

 入浴、食事をしてから寝床に入ってからも、眠れなかった。

 しかたがないから、映画を見た。「壬生義士伝」という映画だ。

 新撰組の映画だが、近藤勇土方歳三沖田総司などの有名人が主人公ではなくて、吉村貫一郎を主人公としている。武士で新撰組に身を投じた、盛岡藩の吉村は剣の達人だが、義からというより、理財のために戦いに身を投じていた。盛岡藩の国許では、たびたび起こった飢饉により、吉村ら下級武士も生活が苦しく、脱藩して、金銭を稼がねばならなかったのだ。であるのだが、利に聡いというわけでもなく、筋も通す。そんな吉村と新撰組の関わりを描いていく。

 新撰組とは面白い集団であるのは間違いない。敵方から描けば殺人集団になるのだが、見方から描けば、牧歌的な集団になってしまう。もともと、武蔵の田舎侍だからだろう。ここでは明るい牧歌的な空気すら出している。

 そのなかでも吉村は、周りが「義」だの「幕府は死に体」だの言っているなか、言い出しにくい感じで「あのぅ、刀が刃こぼれしてしまって。刀料もいただけないでしょうか」とせびったり、隊の潤滑油というほど純朴なのである。みなで写真を撮ろうというときに、お金がかかるからと、遠慮していると、沖田総司が「写真代はみんな一緒に払うから大丈夫だよ」というと、生き生きとして写真を撮る。愛嬌がある。そんな人間が、最後は義に殉ずるのであるが、最後のシーン、吉村の独り語りがずっと続くのだが、ほとんど死にそうなのに、語りすぎだろうというほど長台詞があり、ちょっと冷めてしまった。主演の中井貴一は素晴らしかった。浅田次郎原作で、それにそう書いてあったのかもしれないが、どうにかならなかったのだろうか。中井貴一といえば、とがりまくったダウンタウンが「鼻デカピッチリ横分け先生」ってあだ名をつけていたな。

 沖田総司堺雅人斉藤一佐藤浩市吉村貫一郎の妻「しづ」に夏川結衣、大野次郎右衛門に三宅裕司、と名優揃いで見応えがあった。また着物や調度がきれいでした。

 

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