今日の十分日記

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原点回帰の雑記ブログ。十分で書ける内容をお届けします。十分以上書くときもあるけどね。十分以下もあるし。

ジャコメッティ展ーー十分日記21

 

久しぶりにパソコンで記事を書いています。

ここのところ、iPadでちょいちょいと書いていました。

それにしても起動が遅い。パソコン自体の起動は昔に比べれば格段に速くなりました。しかし、立ち上がってから作業開始までが長い長い。長さが日に日に増しているようです。替え時ですな。実はカミサンのパソコンもいかれてきていて、二人ともノートだし、パーツの増設では間に合わないようです。

 

だだっ広い空間。

効き過ぎた空調。

美術館のシーズンがやってきました。

夏と秋は特に面白い展示が多いので、行きたくなりますよね。

今年はジャコメッティという彫刻家の展示が新国立美術館で行われています。まずはどんな作品なのかというと。

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ピンぼけですみません。こんな感じです。

こんな感じの作品がいっぱい並んでいます。

www.tbs.co.jp

ジャコメッティはスイス出身の彫刻家です。とはいっても、絵も描いています。彼のような現代美術の作家の展示会の場合、なぜか展示の冒頭で普通の絵が飾られます。たぶん、「彼は適当に作品を作っているのではなく、きちんとデッサンなどの技術があるのですよ」というのをアピールしているのだと、個人的には思っています。アンディ・ウォーホルでも、ルオーでも、普通の絵がなぜか飾られるのです。展示の質としては、外した方が統一性があって美しいのですがね。

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これは撮影フリーの展示物です。

周囲の人々と比べてもらえばわかると思いますが、ずいぶんと大きいですよね。

しかし、ジャコメッティの作品で有名なものは極端に小さい物です。実際にありましたが、大人の人差し指くらいの大きさのものでした。

また極端に細長いフォルムでも有名です。

面白いのが、意図してジャコメッティがこのような作品を作ったのではないというのです。ジャコメッティはモデルを目の前に、作品を作ることが多かったそうです。モデルは妻や弟など家族や矢内原伊作など友人がつとめることが多かったそうです。なぜなら、ジャコメッティはモデルを長時間拘束し、同じポーズを取らせるために、そういう気の置けない人々でないと、できなかったそうです。

そのモデルを、彼は忠実に再現しようと試みます。そうすると、なぜか小さく、細長くなってしまうのだそうです。

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こんな風にね。

これはなんとなく感覚が分かりますよね。

小説などを書いていても、頭の中で描いたシーンと、実際に言語になって出てきた文章と、一致などしないのです。「あれ、違うな」と思っていても、「まあいいか」と世に出してしまう。私などの末席の小説書きでもそうなのですから、ジャコメッティなどになるともっと差が出るのかもしれません。その差が個性なのかもしれません。

この状態を非常に評価したのがサルトルです。

サルトルといえば「実存主義」です。簡単に説明する、という暴挙をあえて行えば、「世界というのは自分が存在する以前から存在するわけではなく、自分が存在することによって発生する」という考え方です。批判は受け付けません。

ジャコメッティの作品と通じますよね。もっとも、ジャコメッティはただただ忠実に目の前のモデルを再現していただけですが。

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一九六〇年代以降、アートの世界が変わります。

それまでは、「どう描くか」が主題だったと個人的には思っています。

ところが、六〇年代以降は「面白いと思ったものを提示する」というのが、アートのあり方となりました。つまり、実存的になったのです。

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ただ、そんな難しいことは置いておいて、面白いフォルムの作品群を、ぜひお子さんと見に行ってほしいです。どうしてかというと、大学入試現代文の評論で使われることがあるからです。見たことがあるのとないのでは雲泥の差になりますよ。

色々な(子どもからすれば)変わった物を見せると、刺激になって良いですよ。夏期講習にいくだけが勉強じゃないです。

 

正面からではなく、横からも見てほしいです。

四角い平皿のような展示物があって、「頭部」だと説明されています。ただ、平皿の正面にあるくぼみも、顔のようには感じられず、どうしても頭部には見えないのです。しかし、横に回り込むと、後頭部の膨らみがある。「ああ、頭部だ」と納得するわけです。

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ジャコメッティはこのような作品を作る前にはシュールレアリスムの画家でした。シュールレアリスムと決別して、このような世界にやってきます。

そこで言ったことが面白い。

シュールレアリスムの連中と決別してよかった。独り引きこもって作品と対峙する充実感たらない」的なことを言います。非常にわかります。今は、交流することが是とされていますが、なんでもかんでも人と交わればいいというわけでもない。特にこういう世界に生きれば。交流することがよいのは、営業の仕事くらいのものだろう。独りで何かを熟成させる時間が人には必要なのだと思います。

 

あと、小さな作品も大きな作品も、かならず台座の上に乗っています。

個人的にはこの台座に興味を持ちました。台座のフォルムは様々でした。

胸像の写真がありますが、同じような胸像が、ものすごく高い、細長い台座に載っているということもあります。なんとなく、そのときの空間がそこに表現されているような気がしました。

実際に目の前に居る人間や、街を行き交う人々を描いたのだ、という視点でこの作品展を見てみると、非常に面白いと思いますよ。是非。

 

そうそう。

金曜日の昼前あたりに着きました。

千代田線の乃木坂の改札を出ると、臨時のチケット売り場がありました。

「うわ、混んでるか」

と思ったのですが、それほど混んでいませんでした。ただ、このようなチケット売り場がある以上、休日は混んでいるのかもしれません。

 

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